召喚主は……最低男!?
私の名前は音無理沙子。フツーに大学を卒業して、フツーに就職して、フツーにパソコンに文字を打ち込んでた。それから、フツーに休みの日を満喫していた。
私のフツーが姿を消したのは、そんなフツーの休日だった。
「――あり? ここどこ?」
見渡す限りの山、森、木。それ以外に何にもない、私は何故か大自然のど真ん中に放り出されていた。部屋着の短パンからむき出しの脚が、土に当たってひんやりする。妙にリアルな感触。
「……ああそうか。山に行きたいって思ってたから……。」
混乱したのか、本気でそう思ったのか、そう思い込もうとしたのか……。とにかく私は、なんの説明にもなってない独り言を呟いた。
「なんだろ、夢かな。まいっか。明日も休みだし、お昼寝しちゃお……。」
ぱたりと倒れ込む。体中に土が付いても、どうせ夢だしってことで私は何も気にしなかった。……妙にリアルだけど。
「――……、……!」
どこかで人の声がする。でもそんなことより、空気がおいしい。土もひんやりしていて気持ちいいし、しばらくこの夢見ていたいかも……。
「ほう、女一人とは珍しいな。随分とみすぼらしいが……。」
声が近い。誰だようるさいなあ。
とりあえず私は寝返りを打つ。そして――
頬に当たるナイフの刃によって、私は飛び起きた。
「なっ……ナイ、フ……!?」
嘘でしょ!なんて最悪な悪夢なの!!
「へへへ、嬢ちゃん。どうしてこんな山奥で一人でいるのかは知らねえが……運が悪かったな。」
顔に傷のある大男が、私の頬にナイフをぴたぴた引っ付けてくる。その後ろでは、二人の男たちが気色悪くニヤニヤ薄ら笑いを浮かべている。どの人相も、チンピラ……いや、むしろ山だから山賊そのものだ。
夢を見始めてからまだ5分と経ってないはずなのに……。
そういえば、夢に全然知らない人なんて出てくるものなんだろうか。……どこかのドラマかなんかで見たのかな。
私は、全く夢だって思ってるもんだから、どうにも危機感がなかった。もちろん怖いけど。
そんな鈍い私に危機感が訪れたのは、手首を掴まれてからだった。
「大人しくしてろ。命までは取らねえよ。」
男の力はかなり強い。正直、これはヤバいって確信した。
「痛ッ……! ちょ、離しなさいよ!!」
私は精一杯抵抗するけど、さすがに男三人組には敵わない。どうしよう、夢なら早く覚めて……!
「ッ助けて――!!」
思わず大声で叫ぶ。こんな鬱蒼とした森の中で、誰かが来てくれるとは思わないけど……でも。
「ああ、いたいた。ったく余計な手間取らせやがって……。」
ガサガサと草木を掻き分けて来る人影。
「てめーら、それは俺の所有物だ。手を離せ。」
その人は、少しウェーブがかった薄い茶褐色の短髪で、モスグリーンの軍服っぽいものを着ていて、腰には少し大振りな黄金の剣を差していた。精悍で、それでいてゴツくない顔つきは軍人そのもので、正直、見惚れちゃうほどカッコいい。
「ああ!? てめェ、ひよっこ軍人が俺ら三人に勝てるとでも思ってんのか?」
顔に傷のある、山賊リーダーっぽいのが、軍人さんに向かって叫ぶ。
「イキがってんじゃねェよ、若造!!」
山賊Bが、背中に担いでいた棍棒を手に取る。ちょっとちょっと、ヤバいんじゃないのこれ。
「死ねえエェ!!」
山賊C、果敢に殴り掛かる。
「……ったく、ここまで来るのにもアホみたいに疲れたってのに、まァた面倒事増やしやがって。面倒くせえ。」
軍人さんは、なんともヤル気のなさそうな表情をしていた。
「あぶな……!」
山賊Cが、軍人さんを襲う。身体が大きくて、軍人さんがよく見えない。
でも、私の心配は杞憂に終わった。
「ぐああっ!?」
山賊Cは無様に吹っ飛んだ。その向こうに、蹴りを入れた時のままの姿勢で立っている軍人さんがいた。
「……カッコいい……。」
私はこういう強い人に弱いんだと初めて知る。
「てめェら、俺は疲れてんだ。殺さない程度にしか手加減できねーぞ。」
軍人さんは、剣を抜く。ピカピカに磨き抜かれたそれは、武器というより美術品のようだ。
「やっちまえ!!」
リーダー&山賊B、棍棒や斧を武器に走り出す。なんだかとっても、敗北フラグ。
鮮やかな剣舞。軍人さんは、あっという間に山賊トリオを山積みにしてしまった。
「――おい、お前。」
剣を鞘に戻した軍人さんは、私の目の前までやって来て、じっと見下ろしてくる。はあ、下から見てもカッコいい……。いけない、髪の毛から服まで土だらけなんだった! もう、もっと可愛い服着てればよかった……。
私は土を払い、髪を整えて、改めて彼を見上げる。
けど、ここで一つ問題がある。
私は、今の今まで、彼ら――軍人さんと、山雑魚トリオ――の会話の内容を、全く理解してないということだ。
でも、そんなことはどうだってよかった。だって、彼はカッコいいから。(我ながら浅はかな思考だ。)
何を言われるんだろう。私はドキドキしながら彼の言葉を待っていた。ほっぺが熱い。緊張の一瞬。
軍人さんの次の言葉は、こうだった。
「……お前、ブサイクだな。」
――……な゛。
言葉は通じなくとも、悪口を言われたということだけは理解できた。これって人類の神秘だ。
……そろそろ私は、これがただの夢じゃないとわかり始めてきた。