私の「好き」は、魔法でできている
リーゼ・ベルナーは、机の上に置いた小さな銀色の板へ指先を向けた。
薄く魔力を流すと、固かった金属が少しずつ柔らかくなる。柔らかくしすぎれば形が崩れるので、表面の色と指先に返ってくる感覚を確かめながら止める。そのまま別の術式へ切り替え、両端をゆっくりと内側へ曲げた。
「もう丸くなった?」
隣の椅子に座っていたミラが身を乗り出した。
「まだ。ここが少しずれてる」
「分かんない」
「分かるよ。右の方がちょっとだけ高いから」
「同じに見えるけどなあ」
リーゼは答えず、金属の片側だけに魔力を集中させた。ほんのわずかに形が変わったところで術式を止め、机に置いて角度を確かめる。
今度は表面を削るための魔法を使う。細く、弱く、できるだけ一定に。
魔力が強すぎれば溝が深くなり、弱ければ模様が途切れる。前にそれで何度も失敗したため、今では最初から強く流すことはしなかった。
机の端には、曲がりすぎた金属片や、彫刻を失敗したものがいくつも置かれている。隣には下書きした図案が数枚あり、そのさらに下には、町の図書館から借りてきた装飾品の図鑑が開いたままになっていた。
「今度は何の模様?」
「草のつるの部分」
「花じゃないの?」
「花もつけるよ。最後に」
「小さいやつ?」
「うん」
リーゼは細い溝を一本ずつ彫っていった。三本目まで進んだところで一度止まり、紙に描いた図案と見比べる。少し違う気がして、端の一部分だけを消すように削り直した。
家の台所では、母が湯を沸かしている。薪に火をつけるのではなく、指先から小さな着火魔法を飛ばしただけだった。ミラも薄暗くなってきた部屋を見て、壁際の灯具に明かりをつける。どちらも、この町では珍しいことではない。水を汲むときにも魔法を使うし、洗濯にも使う。荷物を運ぶ店では浮遊魔法が使われ、商店では計算を補助する術式も広まっている。
昔はそうではなかったらしい。火を起こすにも、かつては火打石を使い、その後は火を起こすための道具が作られた。魔法そのものも、昔は限られた人間だけが扱うものだったという。
それが変わったのは、魔法を教える学校が各地に作られてからだった。人は誰でも多少の魔力を持っている。その動かし方を幼い頃から学ぶようになり、さらに魔力の制御を補助する魔道具が普及したことで、今では多くの人が簡単な魔法を使える。
着火する。水を出す。物を冷やす。その程度なら、刃物の扱いを覚えることと大きくは変わらない。
ただし、魔法が使えることと、どんな魔法でも自在に扱えることは別だった。学校で教わるのは、金属を少し柔らかくしたり、簡単な形に曲げたりする程度までで、それ以上になると知識と鍛錬が必要になる。
リーゼがアクセサリー作りに使っている加工魔法も、その先にあるものだった。削る深さを細かく調整し、複数の術式を順番に組み合わせて形を整えていく。術式そのものは誰でも学べるが、十歳でそこまで自在に扱える子供はほとんどいない。
リーゼが使っている術式の中には、母ですら名前を知らないものもいくつかあった。
「できた?」
ミラの声に、リーゼは手元へ意識を戻した。最後に小さな青い石を中央へ置き、固定する。石を傷つけないよう魔力を弱く調整し、その周囲だけを金属で包み込んだ。仕上げの研磨魔法を使うと、くすんでいた銀色の表面に光が戻った。
「……できた」
「見せて」
リーゼが差し出すと、ミラはすぐに手に取った。細い蔓が輪のように絡まり、その間に小さな花が三つ彫られている。中央には淡い青色の石が一つだけ嵌め込まれていた。
「これ、今までで一番好きかも」
「前もそう言ってなかった?」
「リーゼのアクセサリーは全部が最高傑作なの!」
「ふふ。ありがとう」
ミラが当然のように答えたで、リーゼは少しだけ笑い、机の上を片づけ始めた。
家の棚には、これまでに作ったアクセサリーがいくつも並んでいる。指輪、髪飾り、小さな留め具、腕輪。箱の中にも入りきらなくなったものがあり、母が使わなくなった木箱を渡してくれたこともあった。
御伽話の挿絵で綺麗な髪飾りを見れば、それに似たものを作ってみたくなった。町で貴族らしい女性が身につけていた首飾りが目に入れば、家に帰ってから覚えている範囲で図案を描いた。
もっと綺麗にできないかと思えば本を探したし、知らない模様があれば図鑑で調べた。そうして作っているうちに、棚がいっぱいになっていった。
母が二人分の飲み物を持って部屋に入ってきた。
「また増えたわね」
「今日は、一個だけ」
「毎日一個ずつ増えたらすごい量よ」
「そりゃそうだけど」
母はそれ以上何も言わず、机の空いているところへカップを置いた。
リーゼが作り始めた頃から、母はいつもそうだった。失敗しても口を出さず、うまくできても騒がない。ただ材料が足りなくなれば一緒に買いに行き、本を借りたいと言えば図書館まで付き合った。
リーゼにとって、アクセサリー作りはそういうものだった。自分の部屋で作り、ミラや母に見せる。それがリーゼのアクセサリー作りだった。
数日後、近所の子供たちがリーゼの家を訪ねてきた。
「ミラ、いますか?」
玄関先でシドが声を上げると、リーゼの母が顔を出した。その後ろには、近所の子供たちが三人ほど並んでいる。
「いるわよ。リーゼの部屋にいるから、呼んできましょうか?」
「俺が行きます。おじゃまします」
そう言ってシドが入ろうとしたところで、奥からミラが出てきた。
「何?」
「外行こうぜ。みんな来てる」
「今、リーゼと遊んでるんだけど」
「だから呼びに来たんだって。リーゼも来ればいいじゃん」
「聞いてみる」
ミラが引き返すと、シドたちもその後について廊下を進んだ。
「え、あんたたち来るの?」
「いいだろ、別に」
ミラがリーゼの部屋の扉を開ける。
「リーゼ、みんな外で遊ぶって――」
その後ろから部屋を覗き込んだシドが、途中で足を止めた。視線の先には、棚いっぱいに並んだ髪飾りや腕輪、指輪があった。
「何これ! すげー!」
その声につられて、後ろにいた子供たちも一斉に部屋を覗き込んだ。リーゼは反射的に棚の方を見た。
「アクセサリーだよ」
「それは見たらわかるよ。なんでこんなにあんの?」
ミラが先に答えた。
「全部リーゼが作ったやつ」
「え?」
その一言で、後ろにいた子供たちまで一斉に部屋へ入ってきた。
「これ全部?」
「リーゼが?」
「店のやつじゃなくて?」
「これ見ていい?」
「こっちすごい」
隠していたわけではない。ただ、これまで誰かに見せようと思ったことがなかっただけだが、急に人が増え、リーゼは椅子から立ち上がることもできずに固まった。
「触っていい?」
「う、うん」
一人の女の子が髪飾りを手に取り、光に透かすように眺めた。
「これ好き」
「私、こっちが好き」
「石入ってるの」
「これ本物の宝石?」
「小さくて欠けてるクズ魔石だよ。そんなに高くないやつ」
答えるたびに別の質問が飛んでくる。最初は恥ずかしさもあり、早く帰ってほしいと思った。けれど、子供たちは誰もがアクセサリーを褒めてくれた。
「これ、リーゼが考えたの?」
「本を見ながら真似して作ったものあるけど、色んなのを参考に自分で考えて作ったやつもあるよ」
「すごいじゃん」
何度も同じ言葉を聞いているうちに、リーゼは少しずつ顔を上げるようになった。
シドは他の子供たちほど騒がず、一つの腕輪を手に取っていた。指で縁をなぞり、裏側まで確認している。
「これ全部魔法で作るの?」
「うん、削ったりするのも魔法」
「へえ」
シドは腕輪を元の場所へ戻した。
「ばあちゃんのと全然作り方違うな」
「シドのおばあちゃん、アクセサリー作ってるんだよね」
「うん。手で作るやつ」
リーゼもその話は聞いたことがあった。シドの祖母は昔から町で仕事をしている職人で、貴族から注文を受けることもある、凄い人らしい。
「でも、これすごいな」
シドはそう言った。その言葉が嬉しくて、リーゼは少しだけ笑った。
帰る時間になっても、子供たちは名残惜しそうに棚を見ていた。
「これ欲しいな」
一人の女の子が、小さな花の飾りを指した。
「持っていっていいよ」
「え?本当にいいの?」
「うん、いっぱいあるから。みんなも欲しいのある?」
「え!俺これー」
その一言から、他の子供たちも自分の好きなものを選び始めた。リーゼは一人ずつに渡した。どうせまた作れる。それに、自分が作ったものを嬉しそうに持って帰ってくれることが、思っていたより楽しかった。
「お礼におやつ持ってくるから、また遊ぼう!」
「またアクセサリー作ったら見せてね!」
「うん」
子供たちが帰ったあと、ミラが笑った。
「人気者じゃん」
「違うよ」
「みんな凄いって言ってた」
「アクセサリーがでしょ」
「アクセサリーを作った、リーゼを褒めてたんだよ?」
「そうなのかな」
そう答えながらも、リーゼは少し嬉しかった。自分だけが好きだと思っていたものを、たくさんの人が綺麗だと言ってくれた。人に見せるのも、悪くないのかもしれない。そう思った。
翌日の夕方、母が少し困った顔でリーゼを呼んだ。居間には近所の大人が二人来ていた。
「あの髪飾り、本当にリーゼちゃんが作ったんですって?」
「はい」
「十歳で?」
「はい」
母が答えるたびに、相手は感心したようにリーゼを見る。
「こんなもの、大人でもなかなか作れないでしょう」
「売れるわよ」
「きちんと値段をつけた方がいいわ。欲しい人、絶対いるもの」
リーゼは母の横に座ったまま黙っていた。褒められていることは分かる。けれど昨日の子供たちとは違い、大人に囲まれると何を言えばいいのか分からなかった。
その夜、父が帰ってきてから、家族で話をした。
「少しくらいなら、やってみてもいいんじゃないか?」
父はかなり嬉しそうだった。
「でも、この子はまだ十歳よ」
「分かってる。大量に作らせるわけじゃないか」
「人に売るとなれば、今までとは違うでしょう」
「それも分かってるよ」
父はリーゼを見た。
「リーゼはどうしたい?」
急に聞かれ、リーゼはすぐには答えられなかった。
「嫌なら、やらなくていいんだぞ」
「……売れるの?」
「欲しいと言ってくれる人はいるみたいだな」
「私の作ったのを?」
「ああ」
それを聞くと、昨日とは別の嬉しさがあった。ただ綺麗だと褒めてくれるだけではなく、お金を払ってでも欲しいと思う人がいる。
「少しだけなら」
「やってみたい?」
「うん」
母はまだ心配そうだったが、最終的には反対しなかった。知り合いの雑貨店に頼み、ごく少数だけ置いてもらうことになった。
リーゼは今までと同じようにアクセサリーを作った。ただ、少しだけ違った。
これまでは完成して気に入らなければ、そのまま箱に入れて終わりだった。売るとなると、誰かが身につけることを考える。尖った部分がないかを確かめ、留め具が外れないよう何度も調整した。
店に並べたものはいくつか売れた。父は喜んだし、近所の大人たちも、やはり才能があるのだと言った。リーゼ自身も嬉しかった。
それまで自分とミラだけのものだったアクセサリーが、少しずつ外の世界へ出ていくような気がした。
その頃、町では別の種類のアクセサリーも増えていた。
魔法で大量に加工された安い商品だ。同じ形のものを短時間でいくつも作る術式が広まり、以前より安い値段で指輪や髪飾りを買えるようになっていた。
それを喜ぶ人もいた。一方で、評判の悪いものも多かった。
「昨日買ったやつ、もう石が取れたよ」
「また魔法製か」
「ああいうのは見た目だけなんだ」
「有名な職人の意匠をそのまま真似した物もあるらしいぞ」
「簡単に作れるようになると、ろくなことをしない奴も出る」
シドは市場でそんな話を聞いた。祖母と材料を買いに来ていたときだった。祖母は何も言わず、必要な金属だけを選んでいた。
シドはその手を見る。指は太く、ところどころ節が硬くなっている。家の工房では、その手で毎日金属を削っていた。細い刃物を使い、何度も角度を確かめ、ひとつの模様を彫るのに長い時間をかける。子供の頃から修業してきたのだと聞いていた。
「最近は魔法で何でも作るからな」
近くの店主が言った。
「何十年も修業してきた職人からすれば、たまったもんじゃないだろう」
祖母はそれにも答えなかった。だが、シドの中には店主のその言葉が耳に残った。
数日後、近所の子供たちが集まって遊んでいたとき、話題はまたリーゼのアクセサリーになった。
「この前、お母さんが店で見たって」
「もう売ってるんだって」
「リーゼ、職人みたいだな」
誰かがそう言った。シドは少しだけ顔をしかめた。
「でも、リーゼは魔法で作ってるだろ」
リーゼは彼を見た。
「うん」
「ばあちゃんみたいな職人とは違うじゃん」
「それは……そうだけど」
「魔法がなかったら作れないだろ?」
リーゼは何も言わなかった。それは事実だった。
「おばあちゃんは何年も練習してるんだぞ。手で削ったり、石を嵌めたりしてさ」
「知ってる」
「リーゼのは魔法でやってるんだろ」
「うん」
「じゃあ、同じじゃないじゃん」
シドは自分が正しいことを言っているつもりだった。でも、それだけでもなかった。
祖母が何十年もかけて身につけたことを、十歳のリーゼが簡単にやっているように見えることに納得できなかった。だから、リーゼが褒められていることも少し面白くなかった。
「魔法なら子供でもこんなの作れるんだろ」
「誰でもじゃないよ」
ミラが口を挟んだ。
「でも魔法があるから作れるんじゃん」
「だから何?」
「それって、何年も頑張った人たちに比べて、努力して作ったって言えるのかなって思っただけ」
その言葉を聞いた瞬間、頭を強く打たれたような衝撃が走った。
言い返したかった。魔法だって練習したし、最初から思い通りに金属を曲げられたわけではない。力を入れすぎて壊したこともあれば、石を割ったこともある。模様を失敗して、何度も削り直したことだってあった。
本も読んだし、図案も描いた。どうすればもっと綺麗になるのか、自分なりにずっと考えてきた。リーゼは、それを努力だと思っていた。
けれど、魔法がなければ自分には何も作れない。それもまた、本当のことだった。
「リーゼ、帰ろ」
ミラが言った。
リーゼは黙って頷いた。
その日、家に帰ってからも机には向かわなかった。
翌日も、作りかけの髪飾りが机に置かれていたが、手に取る気にならない。
三日目には、リーゼは材料を箱へ入れた。金属片も、宝石も、加工用の道具もまとめて片づける。図案の紙も重ねて、その上に本を置いた。
母は何も言わなかった。ただ、店から追加の注文が来ていることだけを伝えた。
「今は作りたくない」
「分かったわ」
「売るのも、やめたい」
「お父さんと話しておく」
母は理由を聞かなかった。
その日のうちに店へ連絡し、追加分は断ることになった。
ミラが遊びに来ても、リーゼは別の本を読んでいた。
「もう、アクセサリー作らないの?」
「うん」
「ずっと?」
「……分かんない」
ミラは机の横に置かれた箱を見た。
「シドがあんなこと言ったから」
「……言ってたこと全部間違いじゃないし」
「間違ってるよ」
「魔法がなかったら、私作れないよ」
「だから何なの」
「おばあちゃんは魔法なくても作れる」
「それとリーゼが努力してないことは別でしょ」
リーゼは本を閉じた。
「私も努力してないなんて思ってない」
「じゃあ、それでいいじゃん」
「でも、みんな魔法で作ったアクセサリーって聞いたら、簡単に作ってるって思うんだよ」
市場で売られている安いアクセサリーの話は、リーゼも聞いていた。
すぐ壊れるもの。誰かの作品を真似したもの。同じ形を大量に作ったもの。それも全部リーゼの作る「魔法で作ったアクセサリー」だった。
「ずっと見てた私が知ってるよ」
ミラはむっとした顔で言った。
「何回も失敗したの知ってるし、勉強してたのも知ってるし、変な金属いっぱい作ってたのも知ってる」
「変とか言わなくていいでしょ……」
「本当じゃん」
リーゼは少しだけ口元を緩めたが、すぐに本へ目を落とした。
「努力してないって言うなら、シドが同じの作ればいいんだよ」
「シドも魔法は使えるよ」
「じゃあ作ればいい」
「そんな簡単じゃないよ」
「でしょ?」
ミラが言った。リーゼは答えなかった。しばらくして、ミラが急に椅子から立ち上がった。
「じゃあ、みんなでアクセサリー作ればいいじゃん」
「みんなで?」
「同じ魔法があれば簡単に作れるんでしょ。だったらみんなでやってみればいい」
リーゼはミラを見た。
「でも」
「私も作る。シドも呼ぶ。他のみんなも」
「教えられないよ」
「いつも私に教えてるじゃん」
「ミラは見てるだけでしょ」
「じゃあ今度はちゃんとやってみるよ」
ミラはそう言うと、リーゼが断る前に部屋を出ていった。その勢いに取り残され、リーゼはしばらく動かなかった。
机の横には、材料を入れた箱が置いてある。片づけたばかりのその箱を、リーゼはそっと見つめた。
その日の夕方、シドは祖母の工房にいた。
祖母はいつものように作業台に向かい、小さな金属片を細い刃物で削っていた。窓際には使い込まれた道具が並び、壁際の棚には途中まで作られた指輪や留め具が置かれている。
シドはしばらく黙ってその背中を見ていたが、やがてポケットから小さなブローチを取り出した。
「ばあちゃん、これ見て」
「ん?」
祖母は道具を置き、シドからブローチを受け取った。
銀色の台座に細い蔓模様が彫られ、その中央に淡い青色の石が嵌め込まれている。祖母は表から眺めたあと、裏返して留め具を確かめ、指先で縁をなぞった。
「綺麗な仕事だね」
「リーゼが作ったんだ」
「ああ、この前話していた子かい」
「うん」
祖母はもう一度ブローチを見た。
「十歳だったね?」
「そう」
「大したものだよ。石もちゃんと真ん中に入ってるし、縁も引っかからないように丸めてある。裏側まで綺麗だ」
シドは少し眉を寄せた。
「でも、それ魔法で作ったやつだよ。手で削ったんじゃない」
「なるほどね」
祖母は驚くでもなく、ブローチを窓から差し込む光にかざした。
「それなら、作っているところを見てみたいね」
「えっ?」
「私にはこういう加工魔法は使えないからさ。使えたら、一度くらい魔法で作ってみたいものだよ」
シドは祖母の顔を見た。
「ばあちゃんが?」
「そうだよ」
「でも、ばあちゃんは手で作れるじゃん」
「手で作れるからって、別の作り方を知りたくないわけじゃないよ」
祖母は笑いながらブローチを作業台へ置いた。
「これ、魔法なら簡単に作れるんだろ」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって、魔法だから。最近、店にもいっぱいあるし。すぐ作れるから安いんだって。壊れやすいのも多いし、他の職人の真似をしたのもあるって」
「それは本当だね」
祖母はあっさり認めた。
「便利な魔法ができれば、それを使って雑な仕事をする人間もいる。たくさん作れるからって、ろくに確かめずに売る人もいるだろうね」
「ほら」
「まぁ、手で作ってた時だって粗悪なものはあったけれど……でもとにかく、このブローチが粗悪なものだなんてのは思わないよ」
シドは黙った。祖母はブローチを指先で押さえ、蔓模様の部分を指差した。
「これを私が作るなら、まず金属を薄くして、形を切って、少しずつ曲げる。それからこの細い溝を彫る。このくらい細ければ、刃先を何度か替えるだろうね。石を嵌める場所も先に測っておかないと、最後に合わなくなる」
「うん」
「魔法で作るなら、金属を柔らかくする魔法を使って、それから形を整えるんだろう。この模様は削る魔法かな。これだけ細い線を均一に入れるなら、かなり弱く調整しないと深くなりすぎる。石を固定するときも、強すぎれば石が割れるだろうね」
シドは祖母の話を聞きながら、ブローチを見た。
「なんでそんな詳しいの?ばあちゃん、魔法でアクセサリー作ったことないんだろ?」
「ないよ」
「じゃあ、なんでそんなに分かるの?」
祖母は少しだけ笑った。
「私はアクセサリーを作るのが仕事だからね。使わなくても、今どんな作り方があるのかくらいは勉強するよ。新しい道具が出れば見るし、新しい加工法ができれば調べる。知らないままでいたら、職人だって仕事にならないさ」
祖母は自分の手を持ち上げた。長く仕事を続けてきた指には、小さな傷や硬くなった部分がいくつもある。
「私が長いこと使ってきたのは、この手と道具だ。でも魔法を使う人は、魔法の扱い方を覚えなくちゃいけない。どこまで曲げるか、どれだけ削るか、どの順番で使うか。魔法だって技術だよ。手と同じで、使い方次第さ」
「でも、魔法なら子供でもできるじゃん」
「簡単な魔法ならね。シドだって火くらいは点けられるだろう?」
「できるよ」
「じゃあ、このブローチを作れるかい?」
シドは答えなかった。
「……やったことないから分かんない」
「そうだね。やったことがないなら、簡単かどうかもまだ分からないね」
祖母は責めるようには言わなかった。シドは作業台の端を指で擦った。
「でもさ。魔法で作ったら、心がこもってないっていうか……努力してないっていうか」
自分で口にしてから、少し声が小さくなった。祖母はすぐには答えず、もう一度ブローチを手に取った。
「このブローチ、もう一度よく見てごらん。シドはずっと私のところでいろんなアクセサリーを見てきたんだから、分かるだろう。本当に、町で売られている安い魔法製のものと同じに見えるかい?」
シドは祖母の手の中にあるブローチを見た。
細い蔓の模様は途中で不自然に途切れることなく、中央の石を囲むようにまとまっている。石ばかりが目立ちすぎることもなく、裏返せば留め具まできちんと収まっていた。
「……見えない」
「そうだろうね。安いものの中には、とにかく大きな石をつけたり、細工を増やしたりすれば綺麗に見えると思って作られたものもある。でもこれは違う。石の大きさも、模様の位置も、全体の形に合わせて決めてある。身につけたときに傾かないよう重さまで考えてあるよ」
祖母は蔓模様を指先でなぞった。
「こういうものは、魔法で作れるからって勝手にいいものが出来上がるわけじゃない。何をどこに置けば綺麗に見えるのかを知らなきゃ作れないし、それを思った通りの形にする技術もいる」
「でも、リーゼはまだ十歳だよ」
「十歳でも、知りたいと思えば勉強はできるだろう?」
祖母は笑った。
「この子はたぶん、ずいぶんいろんなものを見て、考えて、作ってきたんだろうね。だから私は、これを努力して作っていないとは思わないよ」
祖母はブローチをシドへ返した。シドは手の中のブローチを見た。リーゼに言った言葉を思い出した。
『それって努力して作ったっていうの?』
あのとき、リーゼは何も言わなかった。ただ下を向いていた。シドはブローチを掌の上に載せたまま黙った。
そのとき、工房の外から大きな声がした。
「シドー!」
聞き慣れた声だった。
「シド、いるー?」
シドが顔を上げる。
「ミラだ」
「ずいぶん元気な子だね」
祖母が笑う。もう一度、外から声が飛んできた。
「いるなら出てきて! 話あるから!」
シドはブローチをポケットへ戻した。
「行ってくる」
「ああ」
工房を出ようとして、シドは一度だけ振り返った。
「ばあちゃん」
「何だい?」
「魔法で作ってるところ、本当に見たい?」
「見たいね。知らない作り方を見るのは面白いから」
シドは少し考えてから頷き、ミラの待つ外へ向かった。
工房の外へ出ると、ミラが腕を組んで待っていた。
「遅い」
「ばあちゃんと話してたんだよ」
「じゃあ、ちょうどいい。明日、リーゼの家に来て。アクセサリー作るから」
シドは一瞬、ポケットの中のブローチを握った。
「リーゼが?」
「みんなで」
「みんな?」
「シドも作るの」
「俺も?」
「そう。魔法があれば簡単に作れるんでしょ?」
ミラは少し挑むような顔で言った。シドは言い返しかけて、やめた。さっき祖母から言われたことが、まだ頭に残っていた。
「……分かった。行く」
「じゃあ明日ね」
ミラはそれだけ言うと、来たときと同じ勢いで走っていった。
翌日の昼過ぎ、リーゼの家には以前アクセサリーを見に来た子供たちが集まった。
居間の大きなテーブルには、リーゼの母が用意した薄い金属板や小さな石、加工に使う道具が並べられている。どれも練習用の安価な材料で、失敗しても問題のないものだった。
リーゼはテーブルの端に座り、集まった子供たちを見ていた。
「私、教えられるほど上手じゃないよ」
「いつも作ってるじゃん」
ミラが隣から言う。
「作るのと教えるのは違うし」
「分かんないところがあったら聞くだけでいいよ」
「でも……」
「大丈夫だって。私も最初から何にも分かんないから」
自信満々に言われた言葉はあまり安心できる理由ではなかったが、リーゼは断りきれずに頷いた。
シドは少し離れた椅子に座っている。目が合うと、すぐに視線を逸らされた。リーゼも何も言わなかった。
「じゃあ、これ使えばいいんだよね?」
一人の子が金属板を手に取り、すぐに指先へ魔力を集めた。
「待って」
リーゼが止める。
「まだ魔法使わないの?」
「先に何を作るか決めるから」
「丸くしてから決めたら駄目?」
「駄目じゃないけど、あとで石を入れたいとか模様をつけたいってなったら、厚さとか大きさが足りなくなるかもしれないよ」
「そんなのも考えるの?」
「うん」
リーゼは紙と鉛筆を人数分配った。
「まず形を描いて。髪飾りでも、腕輪でもいいけど、最初はシンプルなブローチとかのが作りやすいと思う」
子供たちは思い思いに紙へ線を描き始めた。丸いもの、花の形、星のような形。最初から細かく描く子もいれば、何度も消している子もいる。ミラは大きな花を描き、その中央を指した。
「ここにこの赤い石、いれたいな」
「それだと石が大きすぎるかも」
「なんで?」
「この大きさの金属だと、石を留めるところが足りなくなるから」
「じゃあ花を大きくする」
「そうしたら重くなるよ」
「じゃあ石を小さくする」
「そうそう、そんな感じ」
「もう難しい」
ミラが言うと、周りの子供たちが笑った。リーゼも少し笑った。
それから模様を決め、石を使う子は色と位置を決めた。図案ができると、リーゼは一人ずつ確認していった。
「ここ、曲線をもっと緩くした方がいいと思う」
「どうして?」
「この角度だと曲げるときに一気に力をかけないといけないから。初めてだと歪んじゃうかも」
「じゃあこう?」
「うん。それならたぶん大丈夫」
シドは黙って紙に小さな盾のような形を描いていた。
中央には一本の線があり、その両側に細かな模様を入れている。リーゼは隣へ立ち、しばらく図案を見た。
「この模様、細すぎるかも」
シドが顔を上げる。
「彫れない?」
「できるけど、削る魔法をすごく弱くしないと潰れると思う」
「リーゼはできる?」
「たぶん」
「じゃあ俺もやる」
リーゼは少し迷った。
「最初はもう少し太くした方がいいと思う」
「やってみないと分かんないだろ」
「それはそうだけど」
シドは消さなかった。
「じゃあ、やってみる」
「うん」
図案が決まると、ようやく金属を加工する。子供たちは普段から簡単な生活魔法を使っている。金属を柔らかくする術式も、学校で基礎だけは習っていた。
「これくらい?」
ミラが魔力を流す。
「ちょっと強い」
「え?」
リーゼが止めるより先に、金属板の中央がぐにゃりと曲がった。
「あ」
「だから強いって言ったのに」
「戻せる?」
「戻せるけど、何回もやると薄くなるから気をつけて」
別の子は反対に魔力が弱く、何度力を加えてもほとんど曲がらない。
「全然動かない」
「もう少しだけ強くして」
「これくらい?」
「急に強くしないで。少しずつ」
「リーゼ、いつもこんなのやってるの?」
「うん」
「面倒くさい」
その言葉に、リーゼは思わず笑った。
「慣れたらそんなに面倒じゃないよ」
形を作ったあとは表面を削る。ここからはさらに失敗が増えた。
模様を彫ろうとして線が途中で太くなったり、左右を同じ形にしたつもりが一方だけ大きく削れたりした。石を入れるための窪みを深くしすぎて、石が沈んでしまった子もいる。
「リーゼ、これどうしたらいい?」
「ちょっと見せて」
「こっちも変になった!」
「待って。順番に見るから」
最初は遠慮していた子供たちも、いつの間にか次々にリーゼを呼ぶようになっていた。
リーゼはそれぞれの手元を見て、なぜ失敗したのかを考えた。
「ここは魔力を強くしたから、途中で広がったんだと思う」
「同じ強さでやったよ」
「たぶん手を動かすのがここだけ遅くなってる」
「そんなのなんで分かるの?」
「私もよくその失敗したから」
リーゼは自分の机に残していた失敗作を思い出した。
初めて彫刻の魔法を使ったときは、一本の線をまっすぐ引くことすらできなかった。力を入れれば深く削れ、怖くなって弱めれば線が消えた。
何度もやっているうちに、指先から流す魔力の量と、手を動かす速さを一緒に考えるようになった。
今ではほとんど意識せずにやっているが、初めて触る子供たちへ説明しようとすると、自分が覚えてきたことを一つずつ言葉にしなければならなかった。
「ここから曲げるときは、端だけ柔らかくして」
「全部じゃ駄目?」
「全部柔らかくすると、持ってるところまで曲がっちゃうから」
「石を入れるのは?」
「まだ。先に周りを磨いた方がいいよ。石を入れてから研磨すると、石まで削るかもしれないから」
「すごい。考えることたくさんじゃん」
「うん」
答えてから、リーゼは自分でも少し驚いた。別に難しいことをしているつもりはなかった。作りたい形にするために必要だから覚えただけだった。
シドはほとんど口を挟まず、自分の金属板と向き合っていた。最初に描いた細い模様をそのまま彫ろうとしている。魔力を流した瞬間、一番外側の線が大きく削れた。
「くそ」
「強すぎるよ」
リーゼが横から言う。
「弱くしたつもりなんだけど」
「このくらい」
リーゼは自分の指先にごく細く魔力を集めて見せた。
「そんなに弱く?」
「うん。細い線ならこれくらい。途中で途切れそうになっても、いきなり強くしないで」
「やってみる」
シドはもう一度試した。今度は線が細く入ったが、途中で少し曲がった。
「曲がった」
「手を動かす方ばっかりに意識がいきすぎたんだと思う」
「魔力も見ないと駄目なの?」
「そう。両方」
「無理だろ」
「何回もやってたらできるようになるよ」
リーゼがそう言うと、シドは手元を見たまま黙った。
何度か失敗したあと、ようやく一本の細い線が最後まで通った。
「できた」
シドが小さく言った。
「ほんとだ。すごいね」
「一本だけでこんなにかかるのか」
リーゼは答えずに頷いた。
シドは自分の作りかけのブローチを見たあと、リーゼの胸元へ視線を移した。そこには以前リーゼが作った、小さな花の飾りがついている。
細い線が何本も重なり、花びらの形を作っていた。シドはもう一度、自分の一本だけの線を見た。祖母が言っていたことを思い出した。
『やったことがないなら、簡単かどうかもまだ分からないね』
夕方になる頃には、どうにか全員の作品が形になった。
最初に描いた図案とは違っているものも多い。ミラの花は片側の花びらが大きく、石も少し中心からずれていた。それでも本人は満足そうだった。
「見て。できたやつ。初めてにしては上手くない?」
「上手いと思う」
「リーゼが直したところもあるけど」
「ちょっとだけだよ」
「じゃあほぼ私よね」
「うん」
「売れるかな」
「それは無理じゃない?」
リーゼがすぐに言うと、ミラが笑った。他の子供たちも、自分の作品を見せ合っている。
朝から何度も失敗していたせいか、最初に材料を前にしたときのように「魔法を使えばすぐできる」と言う子はいなくなっていた。
片づけを始めると、シドがリーゼのところへ来た。
「リーゼ」
「何?」
シドは手にしたブローチをポケットの中で何度か裏返した。
「この前、悪かった」
リーゼは黙って彼を見る。
「簡単に作ってると思ってた」
「……うん」
「魔法使ったら、すぐできるんだと思ってたから」
「うん」
「見たことなかったし」
少し言い訳のように聞こえて、シド自身もそう思ったのか、一度口を閉じた。
「努力してないって言って悪かった」
リーゼはすぐには答えなかった。シドは視線を逸らし、自分の作ったブローチを見ている。
「おばあちゃんがすごいって思ってるのは、変わらないけど」
「私も、すごいと思うよ」
シドが顔を上げた。
「本当に?」
「だって私、手で彫ったりできないもん」
「でもリーゼは魔法でできるじゃん」
「うん」
以前なら、その言葉だけで少し嫌な気持ちになったかもしれない。けれど今は、同じようには聞こえなかった。
「やり方が違うんだと思う」
それだけ言うと、シドも頷いた。
「ばあちゃんがさ、リーゼの作ってるところ見たいって」
「シドのおばあちゃんが?」
「うん。魔法でどうやるのか知りたいって」
リーゼは目を丸くした。
「私のでいいの?」
「いいんじゃない? ばあちゃん、リーゼのブローチ褒めてたし」
それを聞くと、少し恥ずかしかった。
数日後、リーゼはミラとシドに連れられて、シドの祖母の工房を訪れた。家の奥にある工房は、リーゼの部屋とはまるで違っていた。
壁には大きさの違う金槌ややすり、細い刃物が並び、作業台には小さな台座が固定されている。使い込まれた道具には細かな傷があり、それぞれが何のために使われるのか、リーゼには分からないものも多かった。
「いらっしゃい」
祖母は三人を迎えると、リーゼを見た。
「あなたがリーゼだね」
「こんにちは。はじめまして」
「シドから聞いてるよ。ブローチも見せてもらった」
リーゼは少し緊張して頭を下げた。
「上手だったよ」
「ありがとうございます」
「今日は私の方も見ていくかい?」
「はい」
祖母は作業台へ座り、途中まで作っていた小さな飾りを見せた。金属の表面に細かな模様を入れるところだった。細い刃物を当て、ほんの少しずつ削っていく。リーゼは横からその手元を見た。
一度に進む距離は、自分が魔法で削るときよりずっと短い。それでも線は途切れず、同じ幅のまま続いていく。
「……すごい」
「そうかい?」
「こんなに細く、ずっと同じ幅で削れるんですか」
「長くやっているからね」
祖母は刃物を止め、別の細い道具へ持ち替えた。
「ここは道具を替えるんだよ。このままだと曲がりにくいからね」
リーゼは身を乗り出した。
「曲がるところだけ?」
「そう。真っ直ぐな線と曲線じゃ、同じ刃だとやりにくいんだ」
「魔法でも、曲線は少し弱くします」
「へえ。どうして?」
「同じ強さだと内側だけ深くなりやすいから」
「なるほどね」
今度は祖母の方が興味を持ったように聞き返した。
二人はしばらく、同じような模様を手で作る場合と魔法で作る場合の違いを話した。
リーゼには知らないことがたくさんあった。金属の硬さによって使う刃物を変えること。石の裏側まで見て、光の通り方を考えて留め方を決めること。手で金属を曲げるときには、表面だけでなく内側の歪みまで確かめること。
どれも自分にはできない。けれど、不思議と嫌にはならなかった。祖母もまた、リーゼがどの加工魔法をどの順番で使うのかを質問した。
「私はその魔法は使えないからね。聞いているだけでも面白いよ」
祖母はそう言った。リーゼは工房に飾られていた完成品を一つ見せてもらった。
銀色の細い蔓が幾重にも重なり、その間から小さな花が覗いている。すべて手で作ったものだと聞いても、どこからどう作り始めるのかさえ想像できなかった。
「綺麗……」
「ありがとう」
リーゼは長い間、その作品を見ていた。
自分には作れない。少なくとも同じ方法では、きっと何年練習してもすぐには作れない。
けれど、それは以前シドに言われたときの「自分にはできない」とは少し違っていた。
リーゼの頭には別のことが浮かび始めた。この細い蔓を魔法で作るなら、一本ずつ削るより、先に浅い溝を重ねた方がいいかもしれない。花の部分は同じ形にはできなくても、もっと小さな石を間に入れれば、きっと素敵な雰囲気になる。祖母の美しい作品見ていると、自分ならどう作るだろうと考えてしまう。
気づけば、家に帰ったら図案を描いてみたいと思っていた。
家に帰った日の夜、両親から話があった。
「お店の方には、もう販売を止めると伝えてある」
父が言った。
「うん」
「ごめんな」
リーゼは父を見る。
「何が?」
「お父さん、ちょっと浮かれてた」
父は苦笑した。
「リーゼが作ったものをみんなが褒めてくれて、売れるって言われて、それが嬉しかったんだ。リーゼも少しやってみたいって言ってくれたから、いいことだと思ってた」
「私も、やってみたいって言ったよ」
「そうだな。でも、お父さんは商売にするってことを簡単に考えすぎてた。外に出せば、褒めてくれる人ばかりじゃない。何か言われることもあるし、それをリーゼが受け止められるかまで考えてなかった」
リーゼは少し考えて頷いた。
母が続ける。
「今は、売るために作らなくていいのよ。作りたいものを作ればいいわ」
「もし将来、また売りたいとか、お店やりたいって言ったら?」
「そのとき考えましょう」
母は笑った。
「今は決めなくていいの」
リーゼは自分の部屋へ戻った。
机の横には、材料を片づけた箱がまだ置かれている。
しばらくその前に座ってから、蓋を開けた。金属片。小さな石。途中まで描いた図案。失敗した飾り。全部、以前と同じ場所に入っていた。
翌日、ミラが遊びに来たとき、リーゼは久しぶりに机へ紙を広げていた。
「アクセサリー作るの?」
「うん。今色々案を考えてる」
ミラが横から覗き込む。
紙には細い曲線が何本も描かれていた。シドの祖母が作っていたような模様を参考に、細い線を重ねる考え方だけを使って、リーゼなりに花の形へ変えている。
「すごい難しそう」
「うん、難しいかも」
「魔法でできる?」
「分かんない。今考えてる」
どの魔法を使えばいいのか。
どこから削れば形が崩れないか。
曲線を重ねるなら、先に内側を作った方がいいのか、それとも外側から作った方がいいのか。
リーゼは図案の横に、使う魔法と順番を書き込んでいった。ミラはしばらく黙って見ていたが、やがて聞いた。
「もう、作るの嫌じゃない?」
リーゼは鉛筆を止めた。机の上には、自分で描いた図案がある。棚には、これまで作ったアクセサリーが並んでいる。失敗したものも、気に入っているものも、全部魔法を使って作ったものだった。
「私、魔法がなかったら、アクセサリーを作れないけど……」
「うん」
ミラはあっさり頷いた。
「でも、アクセサリー作りが好きだからやるの」
「うん」
リーゼはまた鉛筆を動かした。
細い曲線を一本足し、その隣に小さな石の位置を書き込む。
「この色、何がいいと思う?」
「青」
「え?また青?」
「リーゼは青が似合うから。リーゼと言えば青よ!」
「……じゃあ青にしようか」
図案ができると、リーゼは箱から金属板を取り出した。
指先に魔力を集める。今度の形は初めて作るので、きっと一度ではうまくいかない。
それでもリーゼは、少しずつ魔力を流し始めた。




