表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第1話「俺たちのパソコン室」

2006年。

荒川静香がイナバウアーで金メダルを取って、野球で日本が世界一になった年。

スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表するのは、まだ少し先の話。

スマートフォンなんてなくて、

mixiとか2ちゃんねるとか、そういうのも、俺たちにはまだ遠かった。

俺たちにとっての世界は、この若葉小学校がすべてだった。

でも――

あの頃、たしかに思ってた。

ここじゃないどこかに、もっと面白いことがあるって。


チャイムが鳴る。廊下に一気に人があふれる。

「早く行かないと5年に場所とられるぞ!」

誰かがそう叫んで、みんなが走り出す。2時間目と3時間目の間、20分間の中休み。自由の時間だ。


若葉小学校4年生のミズとタクとシンジは、校庭で遊ぶわけでも、教室に残るわけでもない。休み時間になると必ず、3階のパソコン室に集まる。

3面の壁に沿って並んだグレーの長机。その上に、白いデスクトップがずらっと並んでいる。無機質なそのレイアウトは、ほかの教室とは違う近未来感を醸し出していた。ミズは、違う世界に来たかのようなこの教室が好きだった。

3人が起動するのは「CP-014」とシールが貼られたパソコン。特にこだわりがあるわけではないが、廊下から死角になるポジションを選んでいたら、自然とCP-014を使うようになった。なぜ、死角になるポジションを選ぶのか。理由は単純だ。休み時間に児童のみでパソコンを使うことは禁止されているからだ。だから、部屋の電気もつけない。とはいっても、窓から陽射しが差し込んでいるため、ある程度の明るさはあり、パソコンを操作する分には全く問題がない。

禁止と分かっていながらも、3人は中休みにパソコン室に侵入して、パソコンを立ち上げる。別に3人とも家にはパソコンがあるから、わざわざ学校で触る必要はない。それでも、ケータイを持っていない3人にとって、話しながらパソコンをできるのは、この場所のこの時間しかないのであった。

マウスを操作するのは、小太りで汗かきのタク。梅雨が明けたこの季節、当然エアコンをつけるわけにはいかないので、タクはタオルで汗を拭きながらパソコンを触る。2人はあまり近づきたくなかったが、近づかないと画面が見られないので、仕方なく近づく。

「これ知ってる?」と切り出すのはいつもタクからだ。高校2年生の兄から教わったことを自慢げに話す。一人っ子のミズにとって、それがちょっとうらやましかった。

「ワ〇ップ?なにこれ?」クラスでも1番背が低いミズは横からひょこっと顔を出して画面を覗く。

「そんなのよりおも〇ろムービーズ見ようぜ」と、のっぽのシンジは眼鏡を触りながら上から言ってくる。

「これほんとやばいから!ポ〇モンの未公開情報とか載ってるんだよ!」

9月に発売されるポ〇モンの新作、コロコ〇コミックにも載っていないような新しいポケ〇ンのことが、このワ〇ップというホームページには書いてあるらしい。

「まじで?どうせ嘘だろ」シンジも食いついた。

どうやら色々なゲームの情報が集まっているホームページらしい。ミズは、今やっているファイ〇ルファン〇ジーⅫという文字を見つけて、ちょっと見たいと思ったが、今はポケモンの流れだしやめておいた。家に帰ってからこっそり見よう、そう決めた。

「ほらこれ!」

タクが開いたページに貼られていたのは、雑誌のページの一部を撮ったような写真。そこには、カモネギというポケモンの進化系が登場すると書いてあり、その新しいポケモンのデザインが載っていた。後に分かることだが、これはガセだ。

「…なんかださくね?」シンジが一気にしぼんでいく。「カモネギの進化系とか別にいいよ~伝説のポケモンとかないの?」

「せっかく教えてやったのに…ワザップ見てればいつか公開されるかもしんないじゃん」そんなシンジを見て、タクもふてくされる。

「これさ、誰が公開してんの?」ミズは言う。

「さあ、兄ちゃんが言うには、こういうのは雑誌の会社の人がこっそりネットにあげるらしいよ」

「本当だったら、すごいね」先にこういう情報を知れる人っていいな、とミズは思った。


「あ、ちょっと俺、行かないといけないとこあんだ」シンジはそう言って立ち上がった。右手に持っている何かを後ろに隠している。目ざといタクはすぐに気づいた。

「シンジ何持ってんだよ」

「いや、なんでもない」

「いいから見せろよ!」

そんなごまかしが効くわけもなく、タクはシンジの右手に持っている何かを取り上げようと立ち上がって近づく。シンジも必死で抵抗する。

「なに隠してんだよ!友達だろ!」

「うわっお前、汗やめろよ!」

二人が小競り合いをしている隙に、小さなミズがひっそりとシンジの後ろから近づく。

「もらい!」

パッとシンジが右手に持っていたノートをミズが奪い取った。

「おい、ミズ!」

「ミズナイス!」

「シンジ、お前これ・・・」

シンジが持っていたのは全面ピンクのノート。真ん中には、目が大きな女の子とマスコットキャラクターがかわいく描かれている。

「きら〇ん☆レボ〇ューション自由帳だって!!女子じゃん!」

タクは笑いながらノートを指さして言った。

それは、今年の4月に始まった女の子がアイドルを目指すというアニメのキャラクターだった。少女漫画が原作で、今、女子の間で流行っているらしいということは、ミズも知っていた。

「俺のじゃねえよ!まどかの!家に忘れてたから今から届けに行くんだよ!」

まどかとは、シンジの妹で若葉小学校の2年生だ。

「いやあシンジくん、ごまかさなくていいんですよ~」

タクは分かっていながらもまだおちょくっている

「うるせえ馬鹿!」

そう言って、シンジはパソコン室を飛び出していった。その様子を笑いながら見るタク。

「いやあおもしれえ」

「そうね」ミズは、タクに合わせるように笑う。

こういうことがあると、自分にも兄弟がいたらどんな感じだったんだろうと、いつも考えてしまう。タクみたいに兄がいたら、色々面白いものを教えてくれたのかな。シンジみたいに妹がいたら、口では馬鹿にしつつも世話したのかな。一人っ子のミズにとって、妄想がすべてだった。


「ミズ、おも〇ろムービーズでも見ようぜ」

「ん?あ、ああ」我に返るミズ。

残った2人は、再びパソコンに向き合う。どんなに色々見ても、結局最後はおもしろムービーズにたどり着くのだった。

「あれ見ようぜ!ど〇えもおおおおおおおんって叫ぶやつ」

タクはそう言いながらものすごいスピードで画面をスクロールしていく。どのあたりにあるのか覚えているくらい何回も見ているフラッシュ動画だ。洋画の空耳に合わせてドラ〇もんが出てくるというだけだが、絶妙に癖になる。

「小小系列は?」

きょとんとしているタク。貸して、と言ってミズはマウスを操作し始める。

「なにこれ?8個もあるじゃん」

それは、棒人間がカンフー映画のように敵を倒していくストーリー仕立てのフラッシュ動画だった。見た目は棒人間でコミカルだが、首が取れたり、血が出たりとグロテスクな演出もある。

「親に見つかって、続きが見れなかったんだよ」

「これ面白い?ドラえもんの方が笑えんだろ」ぼーっとし始めるタク。

それを無視して、ミズは夢中で見ていた。

主人公の棒人間が基地に侵入して、次々と敵を倒していくが、罠にはまりたくさんの敵に銃口を突き付けられるところで、次の動画に続くという展開。昨日ミズは家でここまで見ていて、母親に怒られて中断せざるを得なかった。いったいこの後どうやって主人公は切り抜けるのか、今日1日そのことが気になっていたのだ。

続きの動画を見始める。主人公は劇的に弾をよけながら、確実に敵全員を撃っていく。しかし、ボスには逃げられてしまう。

(おお、すごい!どうなるんだ!)

主人公と敵のボスのカーチェイスが始まる。あと少し!というところで主人公は向かいから来た新手の敵に追突されてしまった。それでも諦めず、敵の車によじ登る主人公。

(いけるか!倒せるのか!?)

しかし、主人公は急ブレーキで振り落とされてしまう。

(ああ…)

敵の車はどんどん遠くに逃げる中、途方に暮れる主人公。これで動画は終わった。

「え・・・?」

「これで終わりなの?」

自分が言おうと思ったことが突然、後ろから聞こえてきた。

ミズとタクが振り向くと、後ろには1人の少女が立っていた。

男子を入れてもクラスで1番か2番目に背が高いだろう。ジーパンと無地のTシャツがスラっとした体型を強調していた。そして、日本人とは思えないきれいなブロンドヘア。初めて会う女子に、ミズとタクは何も言えずにいた。

「どうしたの?」

「…えっと、瀬川だっけ?」タクが恐る恐る聞く。

「うん」

ミズもようやく記憶と結びついた。名前は瀬川アリス。今月、隣の2組に転校してきたらしい女子だ。なんでもアメリカとのハーフらしいということで転校してきた日は話題になったが、ミズとタクがいる1組が直接関わることはほとんどなく、たまに目に入るくらいの認識だった。

「で、これで終わりなの?これ?」

「あ、うん…そうらしい。なんか続きもなさそうだし」

「ええー。こんな終わり方ないよー」

一体いつから見てたんだ、というか女子がパソコン室に何の用があって来たんだ、しかも一人で、ミズは次々と疑問がわいてきたが、何も聞けないでいた。

「おい、お前チクんなよ」そのころ、タクはすっかり普段の威勢を取り戻していた。

「チクるって?」

「先生に言うってこと」女子はすぐチクるからな、とタクはグチグチ言い続ける。

「言わないよ」

「お、おう」

タクの目をじっと見て返事をしていたアリス。穏やかな口調と表情だが、女子と話すことに慣れていないタクは、まっすぐな返事に対してたじろぐことしかできなかった。ミズもそんなアリスに対して、目を見れないでいた。

アリスは、目線をそらし、パソコンの画面の右下に表示された時刻に目をやる。

10時35分23秒。

「あ、でも、」アリスは話し始める。

「1分10秒後に先生が来るから、早く片づけたほうがいいよ」

「え?」ミズは聞き返す。なにを言っているんだ?

「じゃあね」

気が付いたらアリスはドアのところにいて、手を振って、廊下に消えていった。


パソコン室に取り残された2人。

「あいつ2組の転校生だよな?」

「うん」

なにが起きたかわからない状況に、タクは確認をする。

「え、なんでいんの!?こわ!ってかいつからいた!?」何かが爆発したかのように叫びだすタク。

「俺動画見てたからわかんないよ!タク気づかなかったの?」

「いや、全然!え、なに?幽霊!?」

「幽霊ならもっとやばいでしょ」

「転校生こわ!イミフすぎる!女子なのにパソコン室なんで来んだよ…」ぶつぶつと言い続けるタクの言葉は耳に入りつつも、ミズはアリスの言葉を思い出していた

『ええー。こんな終わり方ないよー』

ミズは一人くすっと笑った。

分かる。俺もそう思ってた。

「おおい君たち!何してんだ!」

「ゲッ!高木先生!」

タクの声で我に返るミズ。一人の男が近づいてきていた。

我らが担任、高木先生。声が廊下に漏れていたのか、バレてしまった。

「休み時間にパソコン使っていいんだっけー?」

「いや違うんですよ社会の調べものしていて…」

タクが精一杯の言い訳をするが無駄だ。パソコンの画面にはでかでかとおも〇ろムービーズと出てしまっているのだから。

「ほらさっさと出なさい!」

「ったく、あいつのせいだろ・・・」

タクはぶつぶつ言いながらドアのほうに向かって歩いていく。その後ろをついていくミズ。

ミズはふと、パソコンの画面を見た。

10時36分33秒

あいつ…なんで先生が来ること分かったんだ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ