記憶
「誰か、助けてくれ」
魔物に襲われる男は必死に叫ぶも、周囲の人はどんどん離れていく。
しかし、その流れに逆らって走っていく一人の青年が現れた。
魔物が接近に気づいたのは手にした剣で切り捨てられた後だった。怪我がないことを確かめると、礼も待たずに立ち去る。
男はあっけにとられながらも呟いた。
「あの、茶色のマント……。まさかあの人が助けに来てくれるなんて」
空が暗くなったあと、ようやく魔法学校に帰ってきた青年を迎え入れたのは仲間たちであった。
「お疲れ、今日もすごい活躍だったな」
「それにしても、お前も強くなったよな。俺も頑張らないと」
青年は少し謙遜したあと部屋に戻った。
魔物の勢いは年々増すばかりでここ最近は魔物討伐に忙殺する日々を過ごしているが、それでも今晩は外せない用事がある。
先に着いていたのはリリィだった。
「リリィも居たのか」
「最近お忙しいと聞いたので来るなら夜かと思って。私もついさっき着いたばかりなのでちょうど良かったです」
2人は石の前で手を合わせた。静かな空間に虫の鳴き声が響き、秋の風が身に染みる。
「……今日で1年だよな。先輩が亡くなって」
リリィは小さく頷いた。
1年前、トリビスは若くしてこの世を去った。
突然のことのように感じたが、思い出してみれば兆候はあった。どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。
彼の友人から聞いた話によると、アンドレやリリィに会う少し前、心身を酷く傷める事件があったらしい。
救いきれなかった命を遺族に責め立てられたことを、真面目な彼はそのころからずっと悩み続けていた。
その末、弱りきった身体はついに流行病に負けてしまったそうだ。
魔法は何故、本当に大切な人は守れないのだろう。
アンドレは声を出さず、静かに涙を流し続けた。
トリビスの言っていたことの意味が、やっとわかった気がした。
アンドレが街を歩いていると、不穏な話が耳に入ることが多くなった。その中でも一際目立ったのは事件の話だ。
「最近金持ち狙いの事件が多いらしいぜ」
「ああ、昨日は俺の贔屓の店の社長がやられた。だが不思議なのは金は盗られてないということだ」
「正直、あいつも身内には優しいが黒い噂は絶えなかったからな。次は俺らかもしれないぜ」
「おいおい、俺らはそもそも金持ちじゃないっての。ハハハ――」
(犯人は金目当てじゃないのなら何故富豪ばかり狙う。思想犯か?一体何を考えて)
などとアンドレが考えていると、すれ違う人と肩がぶつかった。
「すみませ――」
アンドレが謝罪しようとした時、目を見張った。
横目でこちらをみる紺色の髪をした青年は驚くほど旧友の面影を感じた。
再び話しかけようとすると、逃げた。追いかけるも中々追いつけない。
手を伸ばし、肩にかけようとした瞬間、その隙間に馬車が割って入った。
その青年の影は既に人混みの中に消えていた。
ふと足元をみると、一冊の本が落ちていた。
表紙は汚れていて、何の本か分からなったが捲った瞬間に気づく。
(これは……あの孤児の日記。あの時、確かに家に置いてきたはず。やはりあれはアスター……なのか)
最後のページを見た時、そこに記されたのは犯行予告だった。
『明日、時計が夕暮れ《ヴェスペラ》の鐘が鳴る頃、以下の者に制裁を下す。一人で来なければさらに多くの犠牲がでるだろう』
場所の地図が書かれている。
アンドレは今回の被害を受ける男について調べ始めた。
名はジェフ・ウィリアムス、58歳男性、自身の経験から孤児院に金銭的な援助をしているが一方で、貧民に法外な利子で金を貸し付け搾取をしているらしい。この時期になると毎年、森にある別荘に一人で過ごすそうだ。
(どうしようもない人間だが、このままだと本当に殺されるかもしれない。……もしあの影がアスターで、この本を落としたのもアスターであったら尚更だ。彼に殺しをさせる訳にはいかない)
次の日、地図に記された時間にその場所に向かうと小さな丸太小屋があった。
近くの川が流れる音以外は不自然なほど静かで異様な雰囲気を放っていた。ドアをノックしても反応がなく、ドアノブを捻ると鍵はかかっていない。
ゆっくりと開き、その隙間から覗くとロープで椅子に縛られた一人の中年の男性と紺色の髪の青年が紅茶を飲みながら座っているのがみえた。
「来たか、少し早いな。アンドレ」
その声を聞いた瞬間、あって欲しくない想定が現実であることを確信した。
「アスター、だろ。何を、してるんだ」
動揺が隠しきれない。
「何って、見ての通りだ。ここに来たってことはもう読んだだろ。お前をおびき寄せるためにあの本を落としたんだ。丁度いい機会だったからな。」
「全部、お前だったのか。どうして、こんなことを」
途切れ途切れになりながらも聞く。
「こいつは罪を犯した。こいつの貸し付けた借金のせいで村が1つなくなっちまった。だが法律は罰するどころか守る。だから代わりに俺がやるんだよ。理由は分かったろ」
「いや、一番大事なことが分かってない。以前のお前なら法律の方を変えたはずさ」
「俺のような貧民がなれるわけないだろ。お前はまだ現実をみていないのか。綺麗事だけで成り立てばいいがな。それに俺はお前とは違う」
返す言葉がなく、話を逸らす。
「あの日記みたんだろ。今でも老父のことが憎いか」
「別に。元からそんな恨んじゃいない。あの日記を見たところで俺の心は変わらなかった。俺はこの世界が正しいと思ったことが一度もない。弱者は常に強者に搾取され命を落とす。お前なら分かるだろ。たまたまお前には才能があったからいい。だがそうでなければ今頃どうなっていた?」
「それは……」
浮かんでくる正義の言葉は、彼の語る現実の壁に阻まれ口に出せなかった。
「結局そんなところさ。別にお前にも手伝ってもらおうだなんて思ってない。お前は弱者を助け、俺は卑劣な強者を葬る。それでいい。俺とお前は別の道を歩んでる」
「じゃあ何故、俺をここに呼んだ」
「決別するためさ、過去の俺とな。俺は今からこいつを殺す」
アンドレが叫ぶ。
「やめろアスター!どんな理由があろうとも殺しは駄目だ。そいつらと同じ側になってしまうぞ!」
「なら自分の正義を証明しろ。この俺を殺してな。もちろんお前が向かってくるのなら、俺は俺の正義を振りかざす。――俺はもう引き返せない」
アンドレは少し考えたあとに言う。
「……1週間後だ。1週間後に戦おう。時間と場所は――分かるよな」
「ふん、そこまでしてこの男を助けたいか。どこまでもお人好しなやつだ。だがいいだろう。決着にはあそこ以外に適した場所はないからな」
そこに立つのは既に敵であった。
アスターが家からでた後、アンドレはすぐに縛られていた男を助け病院に連れ込んだ。
幸い大きな怪我はなく、一時的に意識を失っていただけであった。しかし目覚めた後、男は語る。
「全く酷い目にあった。おい、助けてくれたのはお前だろ。褒美をやる。何が欲しい、金か、名誉か?」
アンドレは何も言わずに病室を出ると、握りしめていた拳を壁に叩きつけた。
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