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危機

 アンドレが家に来てから数日後、身体も問題なく動くようになってきたため、鉱山の坑道でアスターと共に働くこととなった。


 日に日にアンドレは元々の明るい性格に戻っていった。


 連日つるはしを振り続け、くたびれる日々を送る。大変だがこんな日々が続くと良いと思っていた。

 


 そんなある日、転機が訪れる。老父の頼みで村から少し離れ、朝から森にきのこを採りに行っていた。実はアンドレは昔から食べ物に毒が含まれてるかどうかを判別するのが得意であり、スラムで暮らすのに大いに役立っていた。


 昨日の雨によりまだ湿った土と葉をかき分けていると、ふと、大きな黒い影が動くのがみえた。獣か?姿だけなら熊のようであるが違うことは明らかだ。


黒い靄を纏い、この世のものとは思えぬおぞましい気配を撒き散らしながらゆっくりと歩いていた。


アンドレはすぐに木の後ろに身を隠した。激しい心音がアラートのように身体中に鳴り響く。


その化け物はアンドレに気づいていない為、このまま過ぎ去るのを待てば助かるだろう。帰ったら老父に何か知っているか聞いてみよう。


そう思った矢先、化け物の視線の先に少女がみえた。彼女の金色の髪は遠くからでも目立っている。


 (どうする、助けを求めるか!?だが周りに人や家はない。呼びに行っていたら間に合わない。いや、そもそも無理して助けなくても――)


 彼女は足がすくんで動けないようだ。


 (馬鹿か、俺は)


 気がつくとアンドレは化け物と少女の間に割って入っていた。不思議と思考はすっきりとしていた。


「さて、どうする…」


 アンドレは特に有効な策がなかった。だが、人に命を救われておいて、人の命を見捨てるなんて出来るはずがない。


この数日は間違いなくアンドレという存在を変えていたのだ。


「走れるか?」


 そう問いかけると少女は頷いた。


 彼女の手首を掴むと合図と同時に半端に舗装された道を走り出す。少し遅れて追ってくる化け物を横目にしながら思考をめぐらす。


 (図体でかいし、初速は遅いが最高速度はかなり速そうだ…、このまま走っても追いつかれるな。なら……)


 スラムの経験により逃走は得意であった。走りながら機転を利かすのも。走りながら斜面を見下ろすと落ち葉が溜まっているのがみえた。


 (昨日は雨だったんだよな、ならあそこは……賭けてみる価値はある!)


 「足元、気をつけて!」


 アンドレはそう叫びながら斜面を下り濡れた落ち葉の溜まり場を走り抜ける。足元が滑る、だがこれでいい。これだからいい。


獣は足を滑らし倒れ、山を揺らし、鳥が飛び立つ。先程まで不自然なまでに静かだった森は騒がしくなる。チャンスだ。


その隙に再び斜面を登り走りやすい道に戻ろうとする。


しかし、少女も足を滑らし、アンドレも共に倒れてしまった。


立ち上がった化け物はやっと稼いだ距離をぐんぐん縮めてくる。恐怖で足が震え、上手く立ち上がれない。


それでも諦めず、泥まみれになりながらも前へ前へ、少しでも遠くへ進もうとする。


振り返るとそこには、すぐそこまで迫った獣と諦めたような表情をする少女。


アンドレは最後の力を振り絞って少女を地面を滑らすように思い切り遠くへ飛ばした。自分を襲っている間に逃げられるだろう。


 そこからは身体も動かせぬ程一瞬であったが思考だけが時間を遅らせるように素早くめぐった。


(柄にもなくヒーローを気取ってしまった挙句救えなかったな。なんで初対面の奴にここまでしてしまったんだ。俺が慈悲深いからか?そんな性分じゃないだろ。あの表情をかつての自分と重ねてしまったのか?

そもそもこの化け物は何なんだ?分からない、分からない。まあ、どうでもいいか)


 最期に浮かんでくるのはやっと出来た家族のような、友のような存在だった。アンドレにとってはそれだけで悪くなかったと思える。


 化け物の爪が皮膚を切り裂かんと触れた次の瞬間、視界を白に染める眩しさの光線が飛んできた。

すぐそこにいたはずの化け物は既に数枚の毛皮に成り果てていた。光の出処の方からに歩いてきた、青年はアンドレに近づきながら話しかける。


「間一髪。よかったよ間に合って」


 アンドレはまず感謝を伝えようとするが先程の恐怖で身体が震えて上手く声が出せなかった。


「あー、無理に喋んなくていいよ。とりあえず、治療しないとね。ここ泥による細菌感染の危険があるから。向こうの娘はともかく君、背中からがっつり血でてるしね」


 アンドレが背中を触るとべったりと血がついた。そしてショックの余り気絶した。



 

 目が覚めると知らない部屋のベッドの上だった。数日前にも似たような経験をした気がする。


するとさっきの青年が話しかけてきた。


「具合はどう?って良くはないか。自分の容態も近くにいたも問題ないから明日には退院出来るよ。先生は今外出してるから代わりに僕が居る。

まず、ここは魔法学校の保健室だよ。僕はそこの生徒で、君の居た森は元々魔物が居るって噂があったからたまたま張り込んでたんだ。そういえば君の地方だとあんまり魔法学校に関わりないから馴染みなかったりする?あっちの方はみんな魔法そっちのけで山掘ってるからね。何年か前に行った時も君と同じぐらいの子が鉱山で働いててさ、偉いよね〜…………」


 青年はずっと話続けていてまた意識が遠くなりそうだった。アンドレは遮るように言葉を発した。


「あの、さっきから魔法とか魔物とか、何の話ですか…?」


 青年は驚いた顔をして黙ったあとゆっくりと聞いた。


「マジ?」

「マジです…」

「マジか…」


 青年は少し考えたあと、口を開いた。


「じゃあ、明日また詳しく教えるよ。ところで魔法使えなさそうだけど僕が来るまでどうやって耐えてたの?あっ、自己紹介忘れてた!僕の名前はトビアス。よろしく!」


「俺はアンドレって言います。必死に逃げてただけですよ。トビアスさんが来てなかったきっと死んでいました」


「助けになれてよかった。……君最後、家族でもない他人優先したよね。なんで」


「自分でも、分かんないです。身体が勝手に動いちゃったというか、俺元々そういうのじゃないんですけど」


「そっか。悪いことじゃない。でもそれを活かすには力が必要だ」


 アンドレは黙り込む。その通りだ。その行動は勇敢ではなく、無謀であり、もっと別の方法があったかもしれない。

トリビスは続ける。


「人を救いたいのだったら手段は沢山ある。どれを選ぶか、そもそもどれも選ばないというのも君の自由だ。だがもしその中の魔法に興味あったら、うちの学校に来ないか。魔法はあの化け物に一発食らわせることのできる『技』だ。年中人員不足なものでね。返事はまた明日聞くよ。今日はもうゆっくり休みな。また明日」


 そう言って手を振ると部屋から出ていった。


 カーテンに囲まれてみると静かであった。気持ちを整理するには丁度いい。


魔法はよくわからないが学校というのは昔耳にしたときに自分とは縁のない世界だと思いつつもどこかで憧れを持っていた。


だがきっと学校に入れば新たな日常となりつつあった暮らしは途絶える。家から学校までの距離を考えれば家を出ることになる。


やっと出来た繋がりを断つのは…、などと考えているとカーテン越しに隣のベッドからか細い声が聞こえてきた。


「あの…、アンドレさん、ですよね……。私リリィといいます。さっきはありがとうございます。怖くて動けなくなってたところを……。実は情けないことに私もこの学校の生徒なんです。

私は初めての単独での魔物討伐だったんですけど、トリビス先輩は私が心配でこっそりつけてきてたんです。私はすぐに気づいて、自分一人でも出来ることを証明するべく目の届かない森の奥まで逃げてたら、元々の討伐予定より強い魔物と出会ってしまって。……だから、今回の出来事は私のせいでもあるんです」


 しばらくの沈黙を挟み、アンドレがその言葉を上手く否定する言葉を考えていると、リリィはさらに気迫のなくなった声で話す。


「結局杖折られちゃって、詠唱も声がかすれてできなくて。やっぱり私はまだまだです。先輩は尾行がバレてないと思っていて、私に恥を欠かせないよう嘘をついたのでしょう。すみません、話しすぎました。とにかく、本当に助かりました」


 話を聞くとさっきの青年はこの学園の生徒としては1番の強さをほこっているらしい。その一方で少女は学業が上手くいかず、特に気にかけてもらっているそうだ。


 (学校も色々大変なんだな……)


 溜まっていた疲れが一気にのしかかってきて、瞼を閉じさせ眠りにつかせた。

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