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 この世界には魔法が存在している。


 とはいっても誰もが使える訳ではなく、名家や偶然才能を持って生まれた者だけのもの、そして弛まぬ努力を積み重ねた者だけが使えるものだ。


 魔法がもたらしたのは豊かな暮らしだけではなく、蔓延る凶暴な魔物もまたその産物。


これは人と魔物が息巻く残酷な世界で生きる1人の少年の『選択』の物語だ。




住宅の密集したスラム街。魔法で栄えた都市の影で、スラムは今日も置き去りにされていた。


 魔法も魔物も存在せず、地方では誰もが知るほど治安が悪い。今にも崩れそうな壁が所狭しと並び、高い壁と淀んだ空気が太陽の光を遮る。漂う死臭にも慣れた。


僅かに見える空を見上げる少年は未来に希望をもてず、人生に価値を見い出せずにいた。


 くすんだ緋色の髪を持ち、身体はやせ細り、所得はほぼなく、盗みを行って食いつなぐ日々。親は騙されて死んだ。それでも誰かが困っている光景を見ると、理由もなく視線を逸らせなくなる自分がいた。


「アンドレ」という自分の名前だけがこの世界に彼の存在を留まらせた。


『……人を助けなさい』


 それだけが、妙に耳に残った。

 声の主の顔は思い出せない。

 それが誰だったのかも、なぜそんな言葉を言われたのかも分からない。


 ただ、その言葉だけが、胸の奥に沈んでいく感覚があった。


 (……夢か)


 

 そんなある日、アンドレはスラムを抜け出した。そこを出れば何かが変わる、そう信じて。


 何度か太陽が姿を消した末、深い森に辿り着いていた。食事もあまりとれておらず、身体は限界にさしかかっていた。


 なんの計画も具体的な目標もなしに飛び出すなんてなんと愚かであったか。自分の望んでいた場所はどこであったか。分からない、結局何がしたかったのか。


 走り続けた足は限界を迎え、ついに膝が地面に付いた。意識が遠のく。しかし苦ではなかった。やっと解放される。


 もしかしたらずっと天国にでも行きたかったのかもしれない。呼吸が遅くなる。来世とやらの存在を夢みながら目を閉じた。






 目を覚ますとそこは見慣れぬ場所であった。眩しい朝日の差し込む、落ち着いた雰囲気の民家の一部屋。


眠っていたのは誰かが捨てたようなへたった布団ではない、ふかふかのベッドは初めての感触だ。


 まだ状況が掴めずにいた時、部屋に白髭をたくわえた老父が入ってきた。アンドレが起きているのに気づくとひどく安心した様子をみせた。


 どうやら老父がいうには、狩猟にいったところで少年が倒れているのを見つけ、保護したらしい。


 さらに少年が倒れていた経緯を話すと、老父はあてがみつかるまで適切な時間の労働を条件とし、養ってくれることとなった。なんと心優しい人だろうか。少年は心から感謝の言葉を述べた。


 老父はあと1週間は安静にするように言うと、パンとスープを渡した。久しぶりにパンを口に運ぶ。それは硬く、弱った顎では中々噛みきれなかったが、噛む度に涙が零れた。


 特にやることもなく窓の外の落ちていく日を眺めていた時、再びドアが開いた。そこに立っていたのはアンドレと歳の変わらなそうな、紺色の髪をした少年であった。


「やっと目を覚ましたのか!」


 いきなり元気のいい声を出したかと思えば、物凄い勢いで質問攻めをくらった。


「俺、アスターっていうんだ!名前は?どこから来たんだ?ってか体調大丈夫か?」


 多分、悪い奴ではない。アスターの話によると、どうやら彼も数年前に孤児でいるところを引き取られたらしい。


 ここら辺は集落となってはいるが街といえるほど発展はしていない、落ち着いた田舎のようだ。さっきまで近くの街に鉱石を売りに行っており、今帰ってきたらしい。


 アスターが街で見聞きした面白い話をしてくれる内に外はすっかり暗くなっていた。夕食を食べ終わるとアスターはアンドレをこっそりと家の外に連れ出した。


 家々の明かりがぽつぽつと消えゆく道を抜け、彼らは丘の上に辿り着いた。寝転がると生い茂った草の匂いがする。アスターは落ち着いた声で話しかける。


「俺、この場所好きなんだ。嫌なことがあった時はよくここに来て、ぼんやりと空を眺めてる。そうすると、不思議と心が紛らわされるんだ。ほら、特に今日は星がみやすいだろ」


 その日は新月で星がよくみえた。アンドレに重くのしかかる、漠然とした暗い虚無感や絶望が心なしか少しはマシになった気がした。


 思い出してみればスラムではゆっくり空を眺めるなんてことはなかった。じっと星を眺めるアンドレにつづける。


「会った時からずっと暗い顔をしてたからさ。少しは元気でたならよかったよ。互いに過去に何があったかなんて関係ない。これからの新しい人生を生きるんだ。

この場所は俺だけの場所だったが、今日からは俺たちだけの場所だな。これからよろしく、アンドレ」


「こっちこそ…アスター!」


「やっと元気な声がでたな」


 アスターは安心したように微笑んだ。

 

 空に浮かぶ名もしれぬ星々は2人を仄かに照らし続ける。アンドレにとって忘れられぬ夜となった。




 

 アンドレとアスターは一緒に歩くと必ず予定の時間より遅れてしまう。アスターが道行く困った人を順番に助けるためである。


理由を聞くと、彼は決まって善いことをすると気持ちが良いから、と言うのだ。

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