第6話 決意の夜
ひとまず、催眠状態の相川と母さんに命令を下して、死んでいるカス2名の遺体を相川の家の浴室に移動させる。
かなり便利だな、このアプリ。
催眠というより、服従させるアプリだろう。
どういう仕組みだ?
それから二人に血まみれの床を、重曹できっちり掃除させながら、俺は布団で眠っているミコを見下ろしていた。
まだ、この子は気絶したままだ。
その数十分ほどの間に、俺はホロンから己の正体を聞かされた。
ちなみに飯はカップラーメンを食った。
「さて、ホロン。おおよそのことはわかった。この世界は、人の意志によって生み出された。倫理観のおかしい連中が、俺が破滅する様を見たくて。ーーそしてお前はいわゆる上位世界からやってきた。お前自身がそれを思い出したのは、ついこの間」
「信じてくれたのん?」
「ほとんどの神話において、世界は神に作られている。それが事実でしたってだけだろ。最も、神というより悪魔だろうがな。正直そこのところはどうでもいい。俺は俺の目の前に広がる世界で生きるだけだ」
「んふーっ!! ハクきゅんのそういうドライなとこ、しゅき♡♡」
鬱陶しいな。
抱いたのはただの性欲処理。
馴れ馴れしくするなよ。
正直完全に鵜呑みにはできないが、少なくとも今のホロンは昔のホロンとは確実に違うし、催眠アプリも超常的な代物なのは間違いない。
「で、これからどうするのハクきゅん。まずはユリネやコウダイに復讐する?」
「復讐……それも望みの一つではあるが、他にいろいろ優先すべきことがある」
「優先?」
「ミコの幸福だ。お前の話が本当なら、俺は疫病神。とりあえず目先の危機は回避したが、俺と深く関わるミコはいずれ破滅する。俺と同じように」
「まあね。そういう因果だから。屠殺の順番を待つ家畜みたいなものなの」
「かといって、ミコと距離を取り、放置するわけにもいかない。故にやるべきは、俺がいなくてもミコが平和に、ひとりで、幸せになれる環境を構築すること。簡単に言えば、敵を全滅させて金を残す」
「敵? 金?」
「これからの生活費、高校、大学進学関連の費用、その後就職が難しかった場合にかかる諸々の金。……多く見積もっても2億は欲しい。それだけあれば、たとえ不測の事態が起きようとーー」
「ふーん」
つまらなそうに相槌をうつ。
お前の望みや興味なんてどうでもいいんだよ。
「まぁ、催眠アプリがあればいくらでもお金を盗めるよね」
「盗む場合もあるだろうが……単に金を用意すればいい話じゃないんだろ。ミコの害となるガン細胞も取り除かなくては、逆に取られるかもしれない。敵ってのは、そういうこと」
「うーん?」
「あのとき、相川はコウダイの名を口にした。ユリネとの浮気のこともな。ついさっきの出来事なのに知っていたということは、あのふたりが裏で繋がっている証拠だ。いったいどういう関係なのかは知らないが……。十中八九、例の犯罪グループ七法印とやらが関与している。相川の知り合い、母さんモドキが頼った『あの人』というのも気になる。たぶん、ミコを破滅させるために存在している男なのだろう」
いや、ミコだけじゃない。
相川の話が本当なら、父さんの死にも関係している。
父さんを騙し、母さんモドキを狂わせた元凶。
いま俺やミコが苦労しているのは、そいつのせいなのだ。
「犯罪グループのリーダーか、幹部か。なんにせよ、『その人』及びそいつらを全員ぶっ潰せば、ミコを傷つけるやつはいなくなる。違うか?」
「さぁ?」
「知らない割にはニヤニヤしているな。ハッキリさせよう、お前は俺の味方なのか?」
「んひ、んひひひひ♡♡ 味方だよ。でも、仲間じゃない。私はね、推しピが頑張っている姿がみたいの。悩んで行動して勝利して、やがて神になる。その過程を側で見守っていたいの」
「協力はしないと?」
「するよ。するする、もちろんする!! でもでも、必要最低限。ハクきゅんだけじゃどうにもならないときとか。だけど、そうじゃない場合は私も見返りを求める。私への愛情表現がほしい。キスとか、愛してるよとか、エッチとか。だってせっかく推しと同じ次元に生きてるんだよ!! 無条件に尽くすだけじゃもったいないにょ〜!!」
面倒くさい女だな。
俺を推してるなら脳死で力を貸せば良いのに、無駄に賢しい。
「けどね、安心して。私は勝利と幸福を授ける女神だから。必ずハクきゅんをハッピーにしてあげる。ハクきゅんが応援したくなるキャラであり続ける限り」
神様気取りか。
つまりは同じ方向へ進んでいるビジネスパートナーといった具合かな。
できる限り、強欲に自分の利益を優先しつつ、俺をサポートする。
あくまで対等な専属契約。
「ちなみに私にアプリは効かないよ。バッチリ対策済みだから」
「だろうな。じゃなきゃ、そんなに強気に気持ち悪いこと口にできないだろ。そしておそらく対策済みということは、アプリの効果が効かないのは体質ではないということ。……であれば、俺もお前から催眠されないようにできるってわけだ。どうせもう一個持っているんだろ? お前は賢しいからな」
「んふふ♡♡ あぁ〜、性的興奮しゅる♡♡ ハクきゅんメガネかけてチェスとかしてみて、写真に撮りたい!!」
確定みたいだな。
いろいろ計画を練る前に、アプリのスペックを検証しないとな。
どこまで命令に従えるのか、持続時間は、一度に何人を操れるのか。
裏で繋がっている邪悪なクズ共を一掃するためには、確認しないと。
「はぁ……」
ホロンに近寄り、抱きしめる。
「ひゃ♡」
耳元で、囁いてやる。
「すぐにお前を好きになれはしない。けど、お前とは良好な関係でいたい。お前の本当の名前、教えてくれ」
「キラキラネームだから恥ずかしいよぉ♡♡ ホロンのままでオッケーだよ」
「そっか。お前が石狩ホロンの肉体を乗っ取ってくれてよかった」
「なんで?」
「俺がはじめて好きになった女だから」
「うひーーーー♡♡♡♡ なにが知りたいの? なんでも教えあげりゅ♡♡」
「さっきの問いに答えろ。コウダイのグループを潰せばミコが襲われることはない。そうだな?」
「うん。コウダイや相川が属するグループのトップこそ例の『あの人』。そいつがいなくなれば、ミコちゃんはとりあえず安全。もちろん、絶対じゃない。まったく関係ない通り魔に襲われる可能性もあるからね」
つまり、俺の人生におけるラスボスってわけだ。
「けど、いくら催眠アプリがあっても『あの人』を倒すのは容易じゃないよ。特定のヒロインと仲良くなれば、あの人に接触する機会が増えるけど。そういうルートに入るから」
「特定のヒロイン?」
「ほら、髪がボサボサの」
あぁ、あの臭う子か。
あいつと仲良く? まぁ考えておくか。
「じゃあこれからハクきゅん的には、例の『あの人』や不安要素を倒してからお金儲けするってこと?」
「いや、時間がもったいないからな、捜索と金策は同時に行いたい。社会の裏側にいる人間を探すには、こちらも裏に踏み込まないと」
「?」
「まず相川に七法印について聞き出す。その上で、場合によってはやつらより大きな組織を作り、商売を乗っ取る形で喧嘩を売って、戦争に持ち込む」
「なんの商売をするの?」
「相川は表には出せない裏ビデオの業界に詳しいらしい。コウダイ曰く、例のグループも裏ビデオで稼いでいる。ならまずは、アプリで専属俳優2名を作って、違法AVからはじめてみるか」
「誰に催眠アプリを使うの?」
「コウダイとユリネだ」
「……いいの? 人の意思を操って尊厳を奪うなんて、悪魔のやることだけど」
「なにを今さら。お前だってそれを望んでいるくせに。なってやるよ、人の法、世界の法をひっくり返して、ミコのためだけの世界を構築する。……俺は、叛逆の神となる」




