第11話 ワハシュ
相川の埋葬は無事に終わった。
明るくなってきたころ、サラリーマンに催眠アプリのスマホを探させて、無事に回収した。
そんなに遠くまで投げられてなかったようだ。
このサラリーマンはもうお役御免。
最後に家に帰るよう指示を出して、催眠を解除した。
もう二度と命を粗末にしないように命令しておこうかと考えたが、やめた。
こいつの人生はこいつのものだ。無責任な道徳心を押し付けたくはない。
「運転しろ、母さん」
「……」
「おい、どうした」
「い、いや……だ」
嫌だ?
まさかこいつまで催眠が解けたのか?
というより、解けかけている?
「ハ……ク……ごめんな……さい……」
無視してホロンに電話をかける。
相川を殺めたことは、もう伝えてある。
私もその場にいたかったー。なんて残念がっていたが。
『もしもしー。また私の声が聞きたくなっちゃったのかにゃ〜ん♡♡』
「母さんの様子が変だ。自我を取り戻しつつある。どうなってる」
『あー、脳の負荷でしょ。短い期間での度重なる命令や、本能が拒むような指示のせいで頭がおかしくなりつつあるんだよん』
「もう催眠状態にできないのか?」
『いや、より強力に重ねがけすれば大丈夫だよ、たぶん』
あっそ。
頭がおかしくなりつつある、ね。
違うだろホロン。こいつはとっくに頭がおかしいんだ。
「ゆ、許して……ハク……」
許してか。
催眠解除すると催眠中の記憶は消えるが、催眠中は記憶が維持される。
まぁ当然といえば当然か。
「私は、わたしは、ただ……自由になりたかった、だけなの」
涙が頬を伝う。
久しぶりにみたな、こいつの泣き顔。
「お、お、お、おとう、さんが、騙されて、借金、しなければ」
そうかもな。
父さんが自害するよう煽ったのはこいつだが、元凶は騙したやつだ。
「ハク……わかって……」
「おい」
アプリの画面を見せる。
知ったことじゃねえんだよ。
誰がお前なんぞを許すかよ。
【これからも永遠に俺の奴隷でいろ】
「ぐ、ぐごごごご」
母さんモドキの口から泡が吹き出す。
白目をむいて痙攣して、さすがにドン引きしていると、
「…………はい」
顔から感情の一才が消えた肉人形へと成り果てた。
「よし、車を出せ」
今ならまだ、ミコの起床に間に合う。
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アプリを手に入れて、3日目。
朝、7時。
母さんモドキが調理した焼き魚定食をいただいていると、パジャマ姿のミコがやってきた。
「おはようございます、兄さん」
「おはよう、ミコ」
「ふあ〜、今更眠くなってきました」
「いまさら?」
「昨日ぜんぜん眠れなくて。お母さんもおはようございます」
母さんモドキが微笑む。
無理やり頬を釣り上げような不自然な笑み。
正直、あそこで母さんモドキも殺してしまおうかとも考えたが、最も重要なのはミコの平穏。
なのでしばらくは催眠で操って、善良で優しい母親を演じさせることにする。
ときがくれば、消す。
「あれ? 兄さん、彼女さんの家にお泊まりしたのでは?」
「あ、あぁ。途中で喧嘩しちゃってさ、深夜に帰ってきた」
「けんか? ユリネさんでしたっけ? えっ? まさか兄さん……」
「ん?」
「もう、兄さんってば。そういうのはムードが肝心なんですよ!! うふふ」
「勉強になるよ」
ミコも朝食を食べ始める。
「あの、兄さん」
「ん?」
「なんだか、最近、お母さんの元気ないように思うのですが。ぼーっとしているというか」
「そうか? 眠いんだろ。俺の代わりに朝ご飯を作るって、自分から言い出したんだ。そっと見守ってやろう」
「うーん。でも……」
「またあの悪夢の話しか? もう忘れろよ。……ここだけの話し、母さんが元気がないのはパート先でいい感じだった人にフラれたかららしい」
「そ、そうなんですね。じゃあそっとしておかないとですね」
二度と元気な本当の笑顔を見せることはないがな。
「兄さんは?」
「ん?」
「すごくヤツレてますけど……」
さすがに見抜かれてるな。
嫌でも思い出す。
相川の断末魔。朽ち果てた肉体。
俺は……もう戻れない。
「言ったろ? 彼女と喧嘩したからだ。それより、期末テストはどうだったんだ?」
「期末ですか? ふふ、優秀な兄さんが家庭教師をしてくれていますから、余裕です。このままなら普通に兄さんの高校入れそうです」
「もっと上の高校入れば良いのに」
俺が通っている学校も進学校で偏差値は高めだが、二駅となりにはもっと上の高校がある。
俺はバイトを優先したかったから、近いところを選んでしまったが。
「また兄さんと一緒に登校したいので」
「ブラコン」
「シスコンの妹ですから」
それは否定しないでおく。
食事を済ませて家を出る。
アパートの敷地から出たところで、
「ハクきゅん♡」
待ち伏せていたホロンが駆け寄ってきた。
「鬱陶しいな」
「昨晩は大変だったねぇ。でもでもー、私がいればあんなことにはならなかったのに」
「黙れ」
「これから大変だねえ。本当なら相川を利用してお金儲けするはずだったんでしょ?」
わかってんだよそんなこと。
喋るな、耳障りだ。
「あの人、近藤のことある程度聞き出せた?」
「あいつらが知る限りはな」
「私には聞かないの? 私はハクきゅんに嘘はつかないよ?」
「どうせ見返りを求めてくるだろう。たぶん、とんでもなくデカいのが」
「そりゃそうだよ。近藤を抹殺しコウダイやユリネへの復讐まで終わらせたら、私のこといらなくなるでしょ? そんなのやだよ。私は、今この状況を楽しんでいるんだもん」
やはり知っているのか。
こいつは言わば悪魔。契約を交わせばどんな知識も教えてくれる。
「それで? 一応聞いておくが、何をしたら近藤のこと教えてくれるんだ?」
「私と結婚して子供を三人作ること。そうすれば、ハクきゅんは復讐が終わっても私からは逃げられないでしょ?」
子供を捨てられる人間じゃないだろってか。
つくづく、こいつも邪悪なやつ。
いつか消す。
「やっぱり無理だな。俺はミコ以外の生命体の面倒は見ない。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない。とにかく、滅多なことではお前の力は借りないよ。ワハシュをくれただけで充分だ」
「ワハシュ?」
「催眠アプリの名前。起動するとき、小さく文字が出る」
「へー、気づかなかった」
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ホロンとはクラスが違うので下駄箱で別れる。
昨日はバタバタして学校を休んでいたから、コウダイやユリネと会うのはあのコンビニ以来だ。
いつコウダイにワハシュを使うか考えながら扉を開けると、クラスの女子たちの冷めた目線が一斉に向けられた。
中心には、椅子に座っているユリネ。
なんだ? コウダイのやつもニヤニヤしている。
ユリネの友人が近づいてくる。
「真月くん、浮気したってホント?」
「は?」
「ユリネから聞いたんだけど、ホントなの?」
女子からの疑うような視線。
ユリネが「もういいよ」と止めに入る。
こいつ……なるほど、先手を打ってきたな。
自分の浮気をバラされる前に、俺に浮気の容疑をかけたわけか。
こいつ、人望あるからな。
もしここで浮気したのはユリネだ、と反論しても、苦し紛れの嘘に聞こえるか。
「よくないよユリネ、もし本当ならちゃんと叱らないと」
「ていうかユリネが嘘つくわけなくね?」
「真月、地味なやつだなと思ってたけど……引くわ……」
好き勝手言いやがって。
一方的な情報だけを鵜呑みにするバカどもが。
いっそこいつら全員に催眠を……。
ダメだ、背負うものがある以上、万能の力を過信して身を滅ぼすわけにはいかない。
まだワハシュについて完全に理解できていないんだ。
ここは下手に攻撃的にならず、大人しくしているのが得策。
なにか反撃の一つでもしてやりたいが……今は抑えるんだ。焦ってはいけない。
取るに足らないザコのクズ。そういうふうに思わせておくんだ。
「ユリネ、あのときのことキチンと謝りたい。お互い、話し合いが足りていなかったよな」
まるで浮気を認めたかのような言動。
ユリネも若干驚いているみたいだ。
「それでもやっぱり俺はお前が好きだ。必要なんだ。……だから、今度の土曜も、ユリネとデートをしたい。ユリネのわがまま、許すから」
ユリネとコウダイが目を合わせて笑う。
彼氏公認セフレの誕生、とでも言いたげに。
あぁ、自分でも驚いている。
俺は、こんな連中を彼女や親友だと思っていたんだ。
女どもが、俺を蔑むように見つめてくる。
まるでクラスから隔離されたような、切り離されて捨てられたかのような感覚。
毎日通っていた教室が、歪んで見える。
「そうだね、これからもよろしくね、ハク」
これからもよろしく?
勘弁しろよ。お前は、お前たちはもうすぐ終わるんだよ。
相川や母さんモドキのように。
人生最後の絶頂さ。
死刑囚が最後に良いもの食うようなものさ。
しかし、どうしてユリネは俺の彼氏でい続けたいのだろうか。
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「そんなの、ハクきゅんがイケメンだからに決まってるよ」
昼、ユリネと飯を食う気にはならなかったので、屋上でホロンと食べることにした。
コンビニで買ったメロンパン。
相川のポケットマネーで買った。
「イケメン?」
「ハクきゅんはイケメンだよ。あのコウダイよりもね」
あんまり意識していなかったが。
「女はね、誰もが羨むイケメンを侍らせていたいの。何でも言うことを聞くイケメンがほしいの」
「それが、俺」
「そう。ペットであるし、ステータス。コウダイような女から尽くされるタイプと、ハクきゅんみたいに女に尽くしてくれるタイプ。両方欲しいんだろうね」
「しょうもない」
「それで、いつ撮影を開始するの?」
「今度の土曜。デートであいつらを人気のない場所に連行して、行う」
相川はいないが、代わりの販売ルートならきっと見つかるはずだ。
ていうか、あいつの他の部下か何かに催眠をかける手もある。
「撮影の協力をしてほしいなら、見返りを……」
「いらないだろ。俺だけで充分だ」
「ふーん」
「……ん?」
くんくんとニオイを嗅ぐ。
なんか……臭うな。
洗っていない犬の臭い。
「あ、ハクきゅん、あそこ」
ホロンが屋上の隅を指差す。
気づかなかった。あのボサボサ髪の子が、一人でお弁当を食べていた。




