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第6話 ありえんほどにエイリアン ⑥

「人生、最高の日だ」


 空を仰ぎ、恍惚とした表情で私は囁いた。


 私にとっては、UFOがきたことも。宇宙人に遭遇したことも。委員長がやられて宇宙人に体を乗っ取られたことも。今度は自分が殺されかけそうになっていることも。結構かなりとっても、どうでもいいことだった。


 それよりも、私にとっては。


 ――魔法少女になれるかもしれない、人生で一番のチャンスが訪れたことがなによりも嬉しかった。


 枝冠付き委員長と、牙の宇宙人ゲトガーが私のことを注意深く見ているのがわかった。

 しかし、それは私も同じだ。私は、彼らの動向……いや生態というべきか、を、観察していた。ここからは、一瞬のミスが命取りとなるであろう。


 気を付けなければ。

 魔法少女になる前に、死んでしまうわけにはいかないから。


「さっさとやれ。ゲトガー」

「あ、ああ」

 

 戸惑いながらもゲトガーは、ゆったりとした足取りでこちらに近づいてきた。

 狙ってくるのは、やはり腹だろうか。やつらの会話から、脳は傷つけないであろうことはわかっている。


 私は左手を体の前で構え、右手はスカートのポケットに突っ込み、中にあるボールペンを掴んだ。

 奴の挙動からは一切目を離すことができない。私がするべきことは、ゲトガーに体を奪われるよりも前に――。


 次の瞬間。目の前に赤が広がった。

 一度の瞬きの間に、ゲトガーが一息に距離を詰めたのだ。ゲトガーの、牙の生えた右手の中では、血と、肉の塊がぬらめき光っていた。


 自分の腹部を確認するが、そこに穴は開いていない。しかし、どこかから流れ出た血で、私の制服には紅色の花が咲いていた。


 遅れて、やっと気が付いた。

 声が出せないことに。息ができないことに。喉を襲う尋常ではない痛みに。


 ……自分の喉の肉が、一瞬にしてゲトガーに抉り取られたということに。

「……ぁ」


 声とも息ともつかないものが、ない喉から漏れ出る。口と首からは絶えず血が流れ続け、私の足元を血で満たしていく。


 私は思わずその場に座り込んだ。スクールバッグを落とし、魔法少女たちのキーホルダーや人形が血に濡れた。ごめんね、汚しちゃった。


 意識が遠のいていく。心臓が鳴る度に、喉の辺りから血が噴出する。

 これはまずい、さすがに死ぬかもしれない。


 しかし、私に恐れはなかった。やっぱりあいつは、私の体を乗っ取る気だ。上手くいけば、このまま……。


「どうして笑っていられるんだ……?」


 ゲトガーは、血塗られた笑顔を浮かべる私のことを、困惑と、少しの興味の混じった目で見つめていた。


 私に近づいたゲトガーは、私の傷口に触れようとした瞬間、牙の生えたその手の動きを止めた。


「ルドヴィグ。こいつなにかキナ臭くないか? なにか企んでるんじゃ……」


 そうしてゲトガーは、枝冠とエイリアン付き委員長を一瞥。あいつの名はどうやら、ルドヴィグというらしい。


 ……って。今はそんなことはクソほどどうでもいい。はやくしろ。死ぬって、私。マジで。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。はやく私の体を乗っ取れ。


 ……はやく私を、魔法少女にしろ!


 血走った私の目を見て、ゲトガーは一歩分距離を取った。おい。逃げるなよ、馬鹿。引くなよ。高尚なエイリアン様が、たかが人間ごときによぉ……。


「はやくしろ。そんな死にぞこないになにができるというんだ?」

「だが」

「まさかとは思うがゲトガー」

 交錯する二人の宇宙人の視線。空気が一気に張り詰める。


「そんな死にかけの小娘一人に臆しているとでもいうのか?」


 嘲笑でもするかのように吐かれた偽委員長ことルドヴィグの言葉。

 それに対してゲトガーは、憤懣(ふんまん)やるかたなしといった様子で、八つ当たりのように私の方を向いた。


 ゲトガーは、牙だらけの右手を私の喉に、否。喉のあった空間に突っ込んだ。


「……ぉ、ぁ」

「お前はもう、二度と自分の意思で笑えなくなる」


 ゲトガーの右手の牙が喉の肉に食い込む。

 私の口から、声やら涎やら血やら肉やらが溢れ出ていく。魂までもが抜けてしまいそうな痛みであった。


 ゲトガーは、先ほどのルドヴィグのように、自分の体を粘性の物体に変化させた。 

 そのままゲトガーは、私の体の内を侵食していく。得体の知れないものが自分の体の中を這う感覚は奇妙で気持ちの悪いものがあった。


 しかし、私は魔法少女の変身バンクを思い出した。変身する際に魔力が体内を駆け巡っているのだと思い込むと、宇宙人が私の体内を駆け回っているという事実も、とても微笑ましいものに思えてくる。逆に、気持ちいいくらいだ。


 ゲトガーは、空洞のままだった私の喉を再生し始めた。委員長の腹の傷を治したルドヴィグのように、やはりゲトガーも寄生先の人間の体を再生できるようだ。


 こいつらは恐らく、死んだ人間には寄生できないのであろう。まあ、寄生されればその人間は死んだようなものなのだろうが。


 喉の傷が回復した私は、ゲトガーに意識を乗っ取られる前に行動しようと、スカートのポケットの中に突っ込んだ手を上に振り上げた。


 その瞬間。


「……?」

 男の、声が聞こえた。


(――女)

 ん? なんだ? どこかから声が聞こえる。これは、ゲトガーの声か?


(――もう、この体は俺のものだ)

 は?


(――もうすぐお前は、自分の意思で思考できなくなる。自分の意思で動けなくなる)

「うる……さ、ぃ」


 徐々に、徐々に。

 遅効性の神経毒が体に満たされていくかのように。

 ゆっくりと。

 私の体は動かなくなっていく。


 いや、違う。動かなくなっているのではない。

 私の意思で体を動かすことができなくなってきているのだ。

 私の体という型にセメントでも流されたのかと思うほどに、体の自由が利かなくなっていく。


「……」


 声、が出せない。

 やば、い。

 意識、が。

 持って、か、れ。


 る。


「……」


 最後、に。

 私、は。


 右、手、に。

 持った。


 ボールぺ、ン。

 ……を。


(――じゃあな。小娘)


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