第4話 ありえんほどにエイリアン ④
「……。?」
なにも言葉が出なかった。なにも感情が溢れてこなかった。
目の前の光景を、脳が情報として処理できなかった。
委員長は、腹と口から冗談みたいな量の血を吐き出していた。彼女はもう委員長ではなく、穴の開いた血風船でしかなかった。
ぐるりと委員長の目が上を向き、彼女は自分が作った血の池に倒れ込んだ。血と泥が、私の頬に跳ね踊る。
どうやら委員長の腹に穴を開けたのは枝の宇宙人であるらしく、彼の右腕は木の幹に変形していた。一瞬にして腕を伸ばし、委員長の腹を貫いたのであろう。
「おい。やりすぎだろ。死んだらどうする」
と、牙の宇宙人。
「大丈夫だろ。死ぬ前に乗っ取れば。それに、脳は傷つけていない」
「面倒なことになったな。迷彩機能が壊れるからこんなことに……」
「今はそんなことを言っても仕方ないだろう。ノータイムで人間と出会えてむしろ幸運だったと思おう。それに、飛行船はもう駄目だが、この森には既に迷彩を張り巡らせている。誰もやってはこん」
枝の宇宙人は、緩慢とした動作で委員長の元へと近づき、そして。
――彼女の腹の中へと潜り込んだ。
一瞬、なにが起こったのか理解することができなかった。
枝の宇宙人は、自身の体を水と泥の中間程度の堅さの液状物体に変形させ、委員長の腹の穴に自分を滑り込ませた。
それはさながらアメーバのようで、粘着質の物体が委員長の体を弄ぶのは見ていて気持ちのいいものではなかった。
しばらくすると、目を疑いたくなる現象が起こった。委員長の腹の傷が、徐々に肉で埋まっていったのだ。再生している、と表現するほかないだろう。
そうして委員長は、なんの前触れもなく目を開けて、ゆっくりと立ち上がった。
「ほら。死んでなかった」
両手を広げ、首を鳴らす委員長。いや、さっきまで委員長だったもの。そいつは、体の試運転でもするみたいに、自分の手や足を、木や枝、それから別の生き物の手足のように変形させてみせた。
そいつの頭の上には、枝と葉で編んだような、花冠ならぬ枝冠が乗っていた。枝冠は、委員長の頭頂部からそのまま生えているように見える。
「委員、長……」
私の口から乾いた声が漏れる。
私は今、なにを目にしている? 目の前で起きていることは、現実なのだろうか?
委員長がエイリアンに殺され、そして。
「乗っ取られた……?」
私が言うと、委員長だったものは口元に下卑た笑みを浮かべた。
「よし。初めにこいつの体を奪えたのは運がよかった」
「どういうことだ?」
「いや、なんでもない」
私の質問を枝のエイリアンが軽くいなし、続ける。
「ゲトガー。そっちの女の体はお前にやる」
「ふん。俺は残り者か。……まあ、こいつらが盟約者ではないことを祈るよ」
ゲトガー、というのが牙の宇宙人の名なのであろう。それにしても、盟約者? というのはなんだろうか。
枝の宇宙人に呼ばれた牙の宇宙人――ゲトガーが、歩いて私の方に向かってくる。
ゲトガーが、私に向かって口と思しき場所を開いた。
「おい。逃げ出すなよ、女。殺すわけじゃないから安心しろ。ただ、お前の体がお前のものじゃなくなるだけだ。……。おい、お前」
そこで、ゲトガーは動きを止めた。彼の顔色はわからないが、ゲトガーの声音から、私のことを訝しんでいることがありありと伝わってくる。
「どうした、ゲトガー」
「お前」
呟き、ゲトガーはこう続けた。
「どうして笑っている?」
私は、思わず自分の口元を手で押さえた。しかし、その手から零れ落ちるほどに、口の端が切れるのではないかと思ってしまうほどに。私の口に浮かぶ笑みは、大きなものだったのだ。
委員長が、宇宙人に殺された。殺された委員長は、宇宙人に体を乗っ取られた。
これって。それって……。
「……ふ。ふ」
笑みだけでなく、思わず声が漏れてしまった。
凄い。凄すぎる。よかった。UFOをおいかけてよかった。宇宙人に出会えてよかった!
「おい。なにを笑っている」
牙の宇宙人、ゲトガーの声に怒りの色が混ざる。
「え、だって」
やばいよ。だって。だって、これって。
痛いほどに心臓が鳴っている。これは、恐怖からくるものではない。歓喜からくる鼓動だ。
私は満面の笑みを浮かべて、二人の宇宙人の前でこう叫んだ。
「私、魔法少女になれるじゃん……ッ!」
二人の宇宙人は、お互いに顔を見合わせた。
「恐怖でイカれたか?」
ゲトガーが言う。
イカれた?
イカれたのではない。私は、とうの昔に。
あの、階段から転げ落ちた日に。
生まれ変わった。
いや、生まれ直した。
だから、私の脳ミソに異変が生じたのはきっと。あの日なのであろう。




