第31話 魔法少女ルーちゃんの日常。と、その崩壊。 ⑪
ゲトガーと同化し、魔法少女となり強化された私の顎の筋肉は、易々とブリギオルの右耳を食らいちぎった。
「あ、アホ! お腹壊すぞ!」
ゲトガーが焦ったようにそう言った。
そういう問題?
「お前は本当にクレイジーだな! 人間に寄生したエイリアンを食うならともかく、こいつは混じりけのないただのエイリアンだぞ! 少しは躊躇とかしないのかよ!?」
「もごもぐ。……しないよ?」
ブリギオルの右耳をよく咀嚼し、飲み込む。不味っ!
ブリギオルは、私とゲトガーに体のあらゆる場所を食べられても、なにも反応しない。ただずっと、世界を収束させながらゲトガーの名を呟いている。
「私はね、ゲトガー。こんな場所で死ぬわけにはいかないんだよ?」
だって……。いや。
もう、言うまでもないでしょ?
ブリギオルの顔を見つめながら、私は、まっすぐな瞳で言ってやった。
「私は、魔法少女になるためなら、神だって食らってやる」
「ルー……」
ゲトガーは、小さく笑って。
「お前は本当に、お前だな」
「なに、それ」
私とゲトガーの二人で食べ始めてから、ブリギオルの再生速度を私たちの捕食スピードが上回り始めた。
ようやく状況に気が付いたのか、ブリギオルが目をかっ開き、私を射らんばかりの勢いで睨みつけてくる。
その頃にはもう、ブリギオルの体は、全体の半分ほどが穴だらけであった。
よく見ると、この閉じられた世界の端々にも綻びが見られ、ひび割れた空の隙間から本当の空がこちらを覗き見ているではないか。
「地球の小娘……。ゲトガーはともかくお前が私を食らうとはなんたる狼藉か!」
ゲトガーはいいのかよ。こいつ、ゲトガーのこと好きすぎるだろ。
「いくら私を食らったところで、私はお前の中で、ゲトガーの中で、きっと――」
「うるひゃーい」
私は、ブリギオルの口をかじり取った。宇宙間最低のキス、終了。
「おい。辞世の句ぐらい残させてやれよ」
「無理」
それから私は、ブリギオルの鼻を、目を、耳を、脳を、頭に乗った人形を、食らいに食らった。
血、肉、骨、骨、脳、脳、脳。
色んな味と感触が、舌の上でワルツを踊る。
「オェッ……」
えずいたのは私ではない、ゲトガーだ。人の首でえずくな。
「お前……。よく脳みそなんか食えるな。さすがにそれは俺でも無理だぞ」
「栄養ありそうだし、力付きそうだし」
人形を飲み込んでから改めてブリギオルを見る。
ブリギオルは口を失った顔で、空いた穴からどうにかこうにか言葉を発していた。
「……縺ョ蜈ア縺輔l縺ヲ縺?↑縺?縺九ェ」
「……?」
もしかすると、ブリギオルは最期の力でデルデドに交信を行ったのかもしれない。
「ゲトガー。今、ブリギオルはなんて?」
「魔法少女に気を付けろ、と」
「ふぅん」
「お前、これからデルデド全員に命を狙われるぞ」
「ふふ。ありがたいね、むしろ」
そんなことを話しながらも、私たちは数分間ブリギオルの体を食し続けた。
「お?」
いつの間にかブリギオルの上半身は、私とゲトガーの口によって消失していた。
ブリギオルはその場に膝を突き、下半身だけとなった体でゆっくりと田園に倒れ込む。
それ以降もしばらく観察していたが、ブリギオルの下半身が動く気配はなかった。
さらさらと。空から世界が降ってくる。
崩壊した世界が、崩壊する。
ハンマーで叩かれたガラスみたいに、夕焼けの欠片が、空の残骸が、田園の切れ端が、カラスの残滓が振り落ちてくる。
世界の欠片の先に、本当の私たちの世界が現れた。
本当の夕焼け。天使の瞳みたいな太陽が、私たちの影を水面に落としていた。
暮れなずむ田園地帯での、存外あっけのない幕切れ。
壊れた世界は田園の上に積み上がり、まるでここだけ地震でも起きたみたいに見える。
この土地の所有者には悪いことをした。まあ、博士に相談すればなんとかしてくれるか。博士が信用できる存在なら、だけれど。
私は背中から田に倒れ、あぜを枕代わりにした。
「疲れたー」
強張っていた体から、一気に力が抜け落ちる。
とにかく、まあ。
私たちは。
最強のエイリアン、ブリギオルをなんとか撃退することに成功したのだ。
大空の下、私は腕で額の汗と血を拭った。
「なあ」
「なに」
「敵を食って倒す魔法少女なんているのか?」
「……。いるよ」
「どこに」
「ここに」
「はい。馬鹿」
「馬鹿じゃない! ……。いや、私馬鹿だわ。反論できないわ」
「ステッキもほとんど使ってねぇし。お前もう、魔法少女というよりただのバーサーカーだろ」
「はーい。うるさいうるさいうるさーい。ブチ殺しますよー」
そんなどうでもいいことを話している間に、ブリギオルの下半身は徐々に塵みたいにほぐれ、風に乗ってどこかへと消えていってしまった。
(――なんだか、ブリギオルほどのエイリアンの上半身を食ったってのに、それに見合うほどの力が付いてない気がするのは気のせいか)
「どうしたの、ゲトガー」
「ん、ああ。なんでもない」
(――杞憂だといいが)
「ふぅん?」
私たちは田園に寝そべって、偽りのない空を仰いだ。
残陽が、私たちを照らす。
私は、田と空で灯るオレンジを目に閉じ込めながら言う。
「ていうか、ゲトガー。どさくさで私の名前呼んでくれたよね?」
「んん? そうだっけか?」
とぼけるゲトガー。
「呼んでよ、今」
「なんでだよ」
「呼んでよ? 私たち友達なんでしょ?」
(――コイツ。俺がいない間も意識あったのか?)
「……。ルー」
「……ふふ。もっかい」
(――めんどくさっ!)
「ルー。はい、これでいいだろ」
「いいよ」
私は笑って伸びをした。体の節々が、尋常じゃないほど痛む。
「で、ルー。これからどうするんだ?」
「そうだねぇ」
私は、ボロボロの自分の体を見渡す。穴を開けられた腹の傷はまだ閉じきってないし、腸の間には、詰め込まれた生物と無生物がいっぱい。それに、両腕も両足もまだ完全には再生しきっていない。
「とりあえずは、私の体から世界を抜かないとね」
肩に刺さった夕焼けの欠片を見つめながら、そう言った。




