第2話 ありえんほどにエイリアン ②
空に浮遊する豆粒を追いかけて駆けて、十分ほどが経った。豆粒はふらふらとした足取りで、変な軌跡を描きながら私の通う中学校からほんの少し離れた山へと向かっているように見える。
運動神経がそれほどよろしくない私は、息も切れ切れになりながら豆を追っていた。しかし途中で、案外歩きでも余裕で豆についていけることに気が付いた。
呼吸を整えながら道を往く。
もしもUFOがどこかに着陸し、もしもそこから宇宙人が出てきたら、一体どうなるだろう? 宇宙人に見つかったら、宇宙人は私を殺すだろうか。私の体を使って実験してくれるだろうか。楽しみ。
とにもかくにも。襲われた時に対抗できるよう武器を携帯しておこう。
しかし、自分の鞄の中を漁ったが、武器になりそうな物はなにも入っていなかった。当たり前だ。スクールバッグに武器をしのばせる中学生がいてたまるか。
ないよりはマシであろうと、私はシャーペンとボールペンを一本ずつスカートのポケットにしまった。
しばらく歩くと、歩道の中央に突っ立っている人間を見つけた。その人物は額に左手をあて、右手を空に掲げるようにしている。
よく見ると、黒髪ロングのその人物は私と同じ中学校の制服を着ていた。
彼女の横を通り過ぎる際にもっとよく見てみると、彼女は我が校が誇る二大奇人の一人、井黒猫子委員長であった。ちなみに、セイナ曰くもう一人の奇人は私らしい。なぜ。
井黒委員長は唐突に目をかっ開き、なにやら聞き慣れない言語を呟き始めた。
「逾槭?逾ュ螢?↓蟇?j」
あ。関わらないでおこう。
速攻で私の天才脳内コンピューター(容量1ギガバイト)がそう結論を出した。
私はダッシュでその場を離れようとした。恐らくだけれど、UFOよりも宇宙人よりもきっと、井黒委員長の方が危険だ。
しかし、一生懸命アスファルトを蹴っているのに全く前に進まない。私が立つ地面だけ巻き戻しでもされているのかな、などと意味のわからないことを思っていたら。
「閏さんね?」
と。私の制服の裾を掴んだ委員長が言った。あ、だから走れなかったのね。
委員長は気だるげに言う。
「こんなところでなにをしているの?」
あまりにもこちらのセリフすぎて腰を抜かしそうになった。
が、ない腹筋をフルに活用してどうにか耐えることに成功した。筋トレしなきゃ。
なにをしているのかと問われたら、魔法少女になるためにUFOみたいななにかを追いかけているとしか言いようがない。正直に言ってもいいのだろうか。
粕浦中学校二大奇人の一人である委員長に嘘をつくと、ただの凡人である私は委員長の手によって直々に、学校七不思議の埋め合わせの一枠とかにされかねない。あ、私も二大奇人なんだっけ、他称。
だからまあ。このときの私の中には委員長に嘘をつくという選択肢は一切なかった。
「いや、豆粒をおいかけていたんだ」
「豆粒?」
委員長の眉が八の字に曲がる。ちなみに、委員長はめちゃくちゃ眼鏡をかけていそうな声をしているが、意外にも眼鏡はかけていない。
「うん、豆粒。あれ」
呟き、改めて首を上に向ける。
するとそこには、澄んだ好晴をバックに浮かぶ、ナンが浮かんでいた。
おっと? 先ほどまでは豆粒だったのに、いつのまにナンに進化したんだ? ナンって、カレーとかと食べるあのナンね。美味しいんスかね? ナン。
「もうだいぶ近づいているわね」
委員長のその言葉で、豆粒がナンに進化したのではなく、豆粒がより地上に近づき大きくなったように見えただけなのだとすぐに気が付くことができた。
……って、あれ。
「ねえ、委員長。あれ、マジにUFOじゃね?」
私たちの頭上に浮かぶ銀色のそれは、オーソドックスなアダムスキー型の円盤であった。つまり、フライパンの蓋の上に呼び鈴を乗っけたような見た目の、誰もが想像するあの形である。
少しだけ違うのは、ほんのりと横長の形をしているというところだろうか。だから私はこの謎の物体を、豆粒やナンに見間違えてしまったのだろう。
微かに煤けた円盤の外装が陽光を跳ね返し、大きなその機体が私たちの上に影を作った。
委員長は、円盤から目を離して怪訝な表情を作った。
「閏さん。あなた、UFOだとわかっててここまで追いかけてきたんじゃないの?」
「そうかもとは思ったけど、まさか本当にUFOだとは思わないし。委員長はUFOだとわかってたの?」
「そうね。私ならフェイクか本物かくらいはすぐにわかるわ」
「ほぇえ」
強がりとか知ったかでないのなら、さすがはオカルトマニアといったところか。
あ。そういえば。
「委員長。さっきの宇宙言語みたいなのはなに?」
「宇宙言語よ」
宇宙言語だった。
宇宙言語ってなんだよ。
「まあ、それはいいけど。委員長こそこんなところでなにをしてたの?」
「決まってるわ。UFOを見かけたから交流のために交信を試みながらここまでおいかけてきたのよ」
「……そう」
委員長ってここまで電波ちゃんだったの? さすがは奇人井黒猫子。
「それじゃあ私は山に向かうけれど」
委員長はそう言って、腕組みをしてその場でふんぞり返る。
彼女の背景では、山の上に離陸しようとしているナン型UFOの姿が。UFOをバックに偉そうにつっ立っている委員長の姿はなんだかとっても様になっていて。
非日常は、魔法少女はもう、すぐそこまで迫っているのだと無理やりに思わされた。
「閏さん。あなたもくる? やめておいた方がいいと思うけれど」
「いく」
「ここから先はなにが起こるか私にもわからない。私だって、本物のUFOを見たのは初めてなの」
「いく」
「命の保証もできないわよ」
「いく」
「UFOの中にエイリアンが乗っていたら、私たちにどんな反応をして、どんな対応をしてくるのか、私も未知数だわ」
「いく」
「それこそ、身体改造されたり脳にマイクロチップを埋め込まれたり、死よりも酷いことをされるかもしれないわ」
「いく!」
「それでもあなたは、いくというの?」
「いく」
すると、委員長は残念そうに自分の眉間を揉んだ。
「……そう。なら、山には私一人でいくわね」
「いくって言ってんでしょ!」
委員長は、めちゃくちゃ大儀そうに目を細めて私を睨み見ていた。なんでだよ。