第12話 新米魔法少女ルーちゃんと愉快な仲間たち ①
どうやら私は空中で気を失っていたらしく、お眠から目が覚めたときには、数十メートル先に地面があった。あれ。やばくね?
強烈な風を全身に浴びながら、私は声を絞り出す。
「ゲトガー。もう一度変身いける?」
「無理だな。俺もお前も力を使い切っている」
「え?」
死?
こんなところで?
せっかく魔法少女になることができたのに? そんなぁ。
ま。死ぬ前に一度魔法少女になれたんだからいっか。と、目を瞑ろうとした瞬間。
視界の端に、手押し車を押す女性の姿を発見した。
「危ない!」
私が叫ぶ前から彼女は私の存在に気が付いていたようだ。
彼女はこちらにひらりと手を振ってから、逃げるどころか私の落下地点に向かって走り出した。
逃げて! と叫ぶ暇もなく。私は手押し車の三角溝の部分にお尻から着地してしまった。わぉ、ジャストフィット。
強烈な痛みと衝撃が私の臀部及び尾骨及び内臓各所に及ぶかと思われたが、なぜか衝撃はほとんどなかった。
むしろ、質のいいクッションの上に座ったような感覚さえある。よく見てみると、その手押し車には分厚いクッションが敷かれていた。なんで?
「やはり、博士の発明品は超一流だ」
と、上から声がした。手押し車に乗っかったまま上を向く。
すると、先ほどの女性の顔が真上に見えた。下からのアングルでも相当美人に見えるから、正面から見ると更に綺麗に違いない。
その女性は、私を乗せたまま手押し車を押して移動を始める。
「あの。助けてくださってありがとうございます。おかげで私はまだ魔法少女でいられます」
「? 礼はいいよ。私は博士の命に従っているだけだから」
先ほどからこの女性が言う、博士とは一体何者なのだろうか。
彼女はその博士のことを随分慕っているようだ。助手かなにかだろうか。
「えーと。どこに向かってるんですか?」
「もう一人女の子がいたよね? その子を探しているんだ」
恐らく、委員長のことだろう。
しかし、巨体になったルドヴィグを見てここまできたならともかく、この人はどうして委員長のことを知っているのだろうか。
「いつから見ていたんです?」
「悪いけど、君たちのことをつけさせてもらっていたんだ」
「そうなんですか?」
この山に入ってから私が見た人影は、彼女のものだったのかもしれない。
「うん。エイリアンに興味を持つとろくなことにならないからね。事の顛末を見守るためにつけたんだけど、助けるのが遅くなって一人犠牲になってしまったね」
「助ける……」
長袋のようなものに入ってわかりづらいが、よく見ると彼女は背中に刀のようなものを帯刀していた。
「戦えるのなら、どうして私と委員長の戦いに手を出してこなかったんですか?」
「それは、貴重なデータを取るため」
「データ?」
女性はそこで一度押す力を緩め、手押し車を停止させた。そのまま、彼女は私に向かって顔を近づけてくる。
「君のような中途半端な状態のエイリアン憑きは見たことがない。君を研究所に持っていくと、博士はさぞ喜ぶだろうね。……ただ、興味を持ちすぎないかが懸念点ではある……」
最後に彼女は舌打ちをした。怖い。
私は、首のゲトガーにだけ聞こえるような小さな声で。
「……ゲトガー。これ、私たちこれから実験されるんじゃないの?」
「今のうちに殺しとくか? この女」
「いやぁ。命の恩人だしねぇ。この人たちによって私の命の危機が訪れない限りは殺さないよ」
「なにか?」
と。私とゲトガーの声に気付いた様子の女性が上から睨みを利かせてきた。
「いやぁ。なんでもないですよ。お姉さん綺麗だなーって。そうだ。お姉さん名前はなんですか?」
「私は、椎名群雲。君は?」
「私は、閏ルーです。馬鹿みたいな名前でしょ。馬鹿な親に付けられました」
言ってから、私は自分の首に存在するギザ歯を指さした。
「こっちがゲトガー。きばまるって呼ぶと喜びます」
「喜ばねぇよ、脳みそスカスカガール」
ゲトガーが吠える。
「陰から見ていたが、それは本当に寄生紋なんだな。エイリアンとの共生を成功させるとは、興味深い」
「共生じゃなくて、私が住まわせてやってるだけです」
「共生じゃなくて、俺が住まわせてやってるだけだ」
ゲトガーと私の声が重なった。
「ふむ。では、君たちが一緒にいるのは利害の一致というやつかな? 普通なら、そんな中途半端な状態になったら、どちらかが発狂してもおかしくないだろうが」
(――コイツの頭がおかしいだけだ。クソが。俺はいつでも発狂しそうだよ)
「利害の一致かぁ。そうですね。私はゲトガーのおかげで夢だった魔法少女になることができましたし、ゲトガーはその力のおかげで私に殺されないしで、ウィンウィンの結果ですね」
「いや、俺にメリットゼロなんだが……」
(――なんだよ。殺されないのがメリットって)
「なんだ。君たちは出会ったばかりだというのに、もう随分と仲がいいんだね?」
「よくないです!」
「よくねぇ!」
「あっはっは」
カラカラと笑いながら、椎名さんが再び手押し車を押し始める。
「で、魔法少女になった、というのはふどういうことだ? 彼らの変身能力のことか?」
「そうです。ゲトガーは、私に変身とステッキと魔法を与え、私を魔法少女にしてくれたんです」
「魔法少女にしないと殺されるからな」
「ふぅん。それはよかった」
「でも、ゲトガーの力が足りなくて、私まだ、右腕しか魔法少女になることができないんです」
「誰かのせいで脳みそごと俺の一部が溢れ出し、誰かのせいで寄生が中途半端になったからな」
「たはは。ごめんって」
「ごめんですむか、アホウ」
「ねえ、ゲトガー。どうにかして、私が完全な魔法少女になる方法はないの?」
私が言うと、ゲトガーはしばらく沈黙してから、一言。
「あるには、ある、が……」
「なに? 教えてよ」
「これを教えると、俺は一族全てを敵に回すこととなる。だから教えられない」
「えー。今更じゃない?」
「……」
ゲトガーはなにかを思ったのか黙考。
「まあ、それもそうだな。今更なにが敵に回ってももう怖くはないか」
(――むしろ、この小娘を敵に回すのが俺は一番恐ろしいまであるぞ。すぐ殺そうとするし。自分ごと。……しかし、もしブリギオルがこの星にきたら……。クソっ。そんなこと考えても仕方がないか)
「俺たちを食らうことだ」
「え?」
「お前たちが言うところの……エイリアン。それを食らい、お前の中のエイリアンの濃度を高める。そうすれば俺の力は増し、お前を完全な魔法少女に変身させてやることができる」
私は、首で喋るゲトガーの言葉にあんぐりと口を開けるしかなく、視線のやり場を失った。
なんとなく上を見ると、椎名さんもきょとんとした顔で私を見下ろしていた。
「えっと、ゲトガー。それってつまり……」
「なんだ?」
私は、目一杯息を吸ってから。
「魔法少女になるには、宇宙にいるエイリアン全員食べればいいってこと!?」
「……」
「……」
一瞬にして訪れる静寂。ゲトガーと椎名さんが黙ってしまった。
(――だからこいつには言いたくなかったんだ)
「馬鹿。なにも全てのエイリアンを食らう必要はない」
「あ。そう? とりあえず、エイリアンを食べていけば少しずつゲトガーの力が戻って、魔法少女になれる部分が増えるんだね」
「簡単に言うと、そうだな」
「ん? ってことは」
「なにか思いついたの? 閏さん」
上から、椎名さんの声。
「はやく委員長を探そう! 椎名さん! ゲトガー! できれば今日中に!」
「そんなに張り切らなくてもそのつもりだけど、どうしたの?」
私は、森中に響く声で叫んだ。
「腐っちゃう前に、はやく委員長を食べなくちゃ!」
椎名さんが、ぽかんと口を開けて、私ではなく私の首を見た。
「彼女、かなりキテるね」
「だろ?」
(――ようやくまともな感性を持った人間が現れたか)




