第10話 ありえんほどにエイリアン ➉
ルドヴィグに背を向けると、目の前に石階段があった。私は、階段を一気に二十段ほど駆け上がり、森の巨人と無理やり視線を合わせた。
「じゃあ、いくよ。ゲトガー」
「ああ。任せろ」
ゲトガーが言って、続ける。
「見た目はどんなのがいい? 鞄に付いていたストラップのような姿か?」
ゲトガーは、私のスクールバッグに付いている大量の魔法少女グッズを見て覚えてくれていたようだ。かわいいとこあるじゃん。
「任せるよ。魔法少女の初めての変身姿は、魔法少女自身も視聴者も知らない方が楽しめるんだから」
「そうか。今は力が足りないから、変身は一部だけだぞ」
「十分」
私は、目前に迫る動く大山へと対峙しながら言う。
「神聖なる私の血をどうぞ。エイリアン」
「ありがたく受け取ってやるよ。人間」
右手の平を、ゲトガーが巣食う首元にあてがう。ゲトガーは口を開きかけ。
「吸いづらい。手首にしろ」
「贅沢なやつッ」
私は、汗を拭う時のようにして、手首をゲトガーに向けた。
「いくぞ」
「うん」
対峙するは、幽谷の化身。
ルドヴィグが振りかぶった、文字通り山ほどの量の幹の拳が、蛇のような動きで私に向かう。
しかし、私はそれを前にしても。
瞑目。
それはまるで、祈りを捧げるかのように。
私は別に、神を信じているわけではないけれど。
でも、一応祈っておこう。
先代の、魔法少女たちに。
首にいるゲトガーの牙が、私の手首に食い込む。それは簡単に私の柔肌を貫き、肉を露にさせ、鮮血を噴出させる。
ゲトガーが、私の血を取り込む。
「……」
ゲトガーが。
(――小娘が)
私の体を満たしていく。
(――俺の体を満たしていく)
「……変身」
次の瞬間。
一瞬にして石階段は崩壊した。
ルドヴィグの木の拳が、私ごと階段を貫いたのだ。
轟音を立てながら崩壊する階段。剥落する石細工と木々。崩落する、世界と私。
しかしそれでもルドヴィグの追撃はやまず。
千の拳が雨のように降ってくる。
圧倒的物量の差。圧倒的体躯の差。圧倒的出力の差。圧倒的スペックの差。
全身を殴打されながら、私は空に思いを馳せる。魔法少女に思いを馳せる。
完璧な寄生を行ったルドヴィグと、人間かも寄生生物かもわからない、半端な私たち。
そう。勝てない。勝てるわけがない。
でも。
しかし、それでも。
私は、私は。
「あははっ!」
笑っていた。
……様変わりした、自分の右腕を太陽に掲げて。
煌めく陽光が、肥大化した私の爪を照らす。
そこには、ゲトガーの牙のような鋭い爪が生えていた。否、ゲトガーの牙は美しい白亜のそれだが、私のその爪は。
漆黒。黒曜の爪であった。
変化は爪だけではなかった。
右肘の辺りまでが、黒色のレースをあしらわったドレスのような服装に変じているのである。それ以外は制服のままだが、今までただの凡人であった私には大きすぎる変化だった。
体中に力がみなぎり、心に希望が灯り出す。
私は、ついに。
……魔法少女に、なったのだ!




