第1話 ありえんほどにエイリアン ①
放課後に、非日常が飛来する音がする。
さっさと家に帰って、魔法少女アニメを頭にぶちこんでさ。授業という毒電波を受けて疲れた脳を回復させないと。そんなことを思っていたら。
「UFO?」
そう発したのは隣の席のセイナ。
私は首がもげるほどの勢いで窓の外に視線を送った。
窓の外には、嘘みたいに透き通った空が浮かんでいる。
そんな、おっきなおっきな空に、豆粒ほどのなにかが浮かんで漂っている。
「よく見つけたね。あんなん」
私が言うとセイナは、うんまあね、と適当に返事をした。
彼女と一緒に目を凝らす。空に浮かぶその豆粒は、ゆったりとした動きで遠くの山の方へと飛んでいっているように見える。
ここから見ただけでは、あれが鳥なのかゴミ袋なのか風船なのか飛行機なのかUFOなのかそれ以外のなにかなのか、まだわからない。
だから。
「どうして、UFOだと思ったの」
私のこの疑問は至極真っ当なものだろう。
セイナは一瞬目を泳がせてから、落ち着いた声で言葉を返す。
「委員長の影響かな」
そうか。セイナは委員長と仲がいいのであった。
あの、委員長のくせにオカルトが好きな井黒委員長。
オカルト研究部……という名の、委員長しか部員が存在せず、かつ学校にも認められていない謎の部活に所属している……と勝手にのたまっている奇人、井黒委員長。
オカルトが好きな委員長なんてこの世に存在しないはずなので、彼女の存在自体がオカルトなのではないかともっぱらの噂となっている。私の中で。
「まあ、とにかく私はいくよ」
魔法少女グッズがじゃらじゃらと付いたスクールバッグを手に、私は立ち上がった。
「どこに? なにしに?」
「追いかけるの」
私は、大統領みたいに偉そうに空の豆粒を指さした。
「追いかけてどうすんの」
私は、ふふんと笑い、たっぷりと含みを持たせて言う。
「宇宙人に改造してもらうんだ」
「なにに? ……って、訊くまでもないか」
私の顔に、陽光に負けないほどの笑みが浮かぶ。
「勿論、魔法少女に」
「ふーん。がんば」
小さく吐き捨てるセイナ。
セイナは、中学生になったというのに未だに病的な少女趣味……ならぬ魔法少女趣味を持つ私のことを蔑まない、いい奴だ。というか、私なんかと話してくれる凄くいいやつだ。というか、私なんかのことを気味悪がらない凄く凄くいいやつだ。
セイナに手を振って教室を出る。なんとなく去り際に彼女の顔を窺うと、セイナはどこか浮かない表情を浮かべていた。
あ。誘ってほしかったのかなと思い。
「セイナもいくー?」
どでかい声を投げたら。
「いくか!」
と怒鳴り返された。そっかー。
肩を落としている私に、セイナが声をかけてくる。
「本当に、いくの?」
そう言う彼女の眉は下がり、私のことを心配してくれているのがよくわかる。
「いくよ!」
はにかんで、私はセイナにさよならを告げた。
私は早歩きで廊下を移動しながら、謎の飛行豆粒を見失わないよう、窓から空を見続けた。
知らぬ間に、心臓が歓喜の悲鳴をあげている。
ああ、本当に、私の世界に非日常が飛来してしまった!
小学生の頃の私は、それはもう飛散な毎日を送っていた。
学校では蹴られ、家では殴られ。私の安心できる空間はどこにもなかった。
なんでそんなにみんな私を嫌うんだろうか。そんなにむかつく顔してる? 私。
学校でいじめられ始めたきっかけは、私の顔に青あざがあったからだとかそんなしょうもないものだった。その青あざは私の両親が殴って作ったものだから、もっとしょうもない話だ。
学校でのいじめから逃げ、家でのいじめから逃げる。私は、家でのほとんどの時間を布団の中で震えて過ごしていた。希望なんて、なにもなかった。
警察とか児童養護施設だとか。色々と相談できたんだろうけれど。当時の私にそんな知識はないし、それになにより、子供も大人も全員が怖くて、誰のことも頼ることができなかった。
ある日曜日のこと。両親が二人とも出かけて家にいない日があった。二人は仲が悪いので、二人とも違う場所にでかけたのだろうけれど、そんなことはどうでもよかった。いつぶりかの自由な時間に、私は胸を躍らせていた。
とりあえず、私はテレビをつけてみた。
そこで私は、出会った。
魔法少女に。
テレビの中で悪と戦う魔法少女たちは、なによりも輝いて見えた。
冴えない子も、暗い子も、お馬鹿な子も、地味な子も。みーんな皆。魔法少女に変身すれば、かっこよくってかわいくって。皆の人気者だった。
私は、そんな魔法少女たちのことが大好きになった。
親に隠れて、魔法少女が出るアニメはかかさずに録画し、こっそり一人で見ていた。
そしていつしか、私の魔法少女が好きという思いとともに、魔法少女になりたいという思いも生じ始めた。
魔法少女は私に、生きる意味を与えてくれた。
私は魔法少女になるために、絶対に死ねなくなった。
だから私は、どんなに酷い目に遭っても自分で命を絶つような真似は絶対にしなかった。
私の心はいつも、魔法少女とともにあった。
その後、私は階段から落ちてとあることに気が付くのだが。今は、それはいいだろう。