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夕日の沈むとき

今は4月25日。

例年よりだいぶ肌寒かった今年の4月はやっと快適にすごせるようになってきた。

授業も終わりみんなが帰りだすころには太陽は役目を終え、暖かな日光を振りまきながら月にその役目を譲ろうとしている。

今は生活を過ごすにはちょうどいい気温だ。

こういう日はゆっくりと図書室で本でも見るに限る。


目の前を見る。

そこには何をするでもなくぼーっと外を眺める女子高生が一人。

頬杖を突きながら、ただ黙って窓の方に顔を向けている。

ただそれだけなのだが不思議とそれが絵になっている。

窓の向こうから優しくのぞく夕日の光が、顔を包み彼女の端麗さを引き立たせている。


「……暇なら先に帰っていいよ」

「ん?あー、まあもう少しいるわ」


私がそんな風に声をかけるとミナはそう言って再び窓のほうを見る。


私がミナと出会い早一年がたった。

入学してからひょんなきっかけで仲良くなった私たちは今もこうしてつるんでいる。

他に友達はいるものの、私にとってミナは一番仲がいいと自信を持って言える。


ミナは不思議な人だ。

入学した当初たまたま近くにいたミナを見たとき驚いた。

あまりにも顔がよかった。


それはクラスの他の人も同じだったようで、すぐにミナは注目の的となった。


しかしあまりにも綺麗すぎるためだろうか。それとも本人の気質か。

どこか近寄りがたい感覚もあり、彼女に話しかける人は意外にも少なかった。

ミナ自身も一人でいることを苦にしているわけでもなく、のほほんと過ごしていた。



そんなわけでミナの友達は数少ない。

この高校で言えば私と後一人いるぐらいだろうか。


だからこのような綺麗な人間と友達でいられることに優越感とも背徳感ともとれる不思議な感情を抱いていた。



放課後に図書室に来た私たちはだらだらと過ごしている。

正確に言えばだらだら過ごしているのはミナで私は本を読んでいるが。


ミナは本も読まず頬杖を立てながらぼーっとしている。

本を読んでいる私に配慮してるのか定かではないが会話することもなく、もちろんスマホを見ているわけでもない。

かといって退屈している様子でもないが。


こういう不思議なところも近寄りがたい雰囲気の一助となっていると思う。

まあそこが良いところなんだけど。


私は今小説に目を通している。


しかし私はいつものように集中して読むことができなかった。

目の前にいる私の親友、ミナについて考えているからだ。



さかのぼること2日前。

授業中にグループワークを行った時だ。


グループワークの課題もそこそこにグループの皆で駄弁っていると、何の拍子かクラスで一番かわいいのは誰かという話になった。


「やっぱ青川じゃね。めっちゃかわいいし。まじで推しだわ」

「お前それ1年の時から言ってんじゃん。好きなの?」

「いやあ?推してるだけ」

「は?きも~」


こんな感じで和気藹々と盛り上がっていたが。


「てかさ~いいよねー。顔いい人って。人生得しすぎでしょ」

「それな。マジ不公平、終わってるわ」

「てかさ、門原さんってどうなの。やっぱ苦労していない感じ?」


門倉とはミナの苗字だ。

私に振られた問いかけに私が答えようとすると。


「いやあの顔はやばいよ。絶対人生イージーだよ」

「まああの顔だと楽勝だよなー」



そんなことを同級生たちは言うのであった。

私はそれに同意しようとして、しかし言葉が出なかった。

なんとも言えない気持ちが私の中に渦巻いていたからだ。


そんな同級生の言葉を聞いてから、私はなぜだかミナのことをずっと考えている。


ミナを見ると確かにそんな考えが浮かぶのもわかる。

綺麗で、精巧で、まるで透き通った水のよう。

去年ミナの出身地に連れて行ったもらったのだが(ミナは島出身だ)、そこできらきらと輝く海と空を見たときと同じような感覚を覚えていた。


こんな凄い人と友達だということに改めて驚きだ。


そんな精巧な彼女は、きれいな、私の友達はいったいどういう思いを抱えて生きているんだろう。


皆の言う通りなんの苦労もないのだろうか、そういう感じでも不思議ではないのがミナの怖いところだ。


あののらりくらりとした、有り体に言って変人な彼女ならどうなのだろうか。


そんなことがなぜだか頭から離れない。

気分転換に図書室でもいこうと思ったのだが、こうしてミナと一緒にいるとこの考えもついてくる。


まるで一心同体の影のようだった。



「帰るか。そろそろ」

「うーん」

当然小説に集中できることもなく、帰りの時がやってきた。

ミナに一声かけると窓のほうに視線を向けたまま返事をしていた。

一体何を考えているのだろう。

夕日に照らされ、淡く輝くミナの顔は何も物語ってくれない。


本を返し、私たちは校舎から出る。

夕日は沈みかけ、夜の訪れを感じさせていた。


部活生も練習が終わり、帰路につく頃のようだ。



私たちもとりとめのないことを駄弁りながら歩いていく。


最寄り駅へと向かう途中には駅をまたぐように階段がかけられている。

この階段を使わないと駅舎には行けない。

そのため私たちは日常的にここを利用している。


最初はきつかったが、今では慣れたものだ。


今日もいつものように階段を上がっていく。


通路の途中まできたとき、不意にミナが足を止めた。


ミナは黙って足を止め手すりにもたれかかる。

視線の先には、今にも沈みそうな夕日。

後数十分もすれば完全に沈んでしまうだろう。

そんな夕日をミナは見ていた。


私は「なにしてんの」と声をかけようとしてやめた。

突然こんな事をするのは今に始まったことではない。


なので代わりに私もミナの隣で手すりにもたれる。


少し肌寒い風が通り抜け、私たちの髪がなびかせる。


「夕日が沈む時ってさ」

突然ミナが声をかける。


「少し、怖いんだよね」

「……なんで?」

突然の発言に驚きつつも私も言葉を返す。



「なんかさ、このままもう太陽がみれないんじゃないかって」

「そんなこと……」

ない。と言おうとして、言えなかった。


常識的に考えればそんなことはあり得ないだろうが、なぜだか確信が持てなかった。


確かにどうしてまた日は昇ると言えるのだろう。

どうして明日がまた来ると言えるのだろう。


今までがそうだったから?

それが、当たり前だから?


そんな考えが私の中を駆け巡った。


ミナといえばこちらを見ることもなく物憂げな表情で沈みゆく夕日を見つめている。


そんな彼女を見て、ふと今日の出来事を思い出す。


グループワークの時のあの一幕。あの発言を。


「絶対人生イージーだよ」


本当に?

本当にそうだろうか。


顔が良いだけで、人生を楽に過ごせるのか。

持たざるものからすればそう思えるかもしれない。


でも違う。

たとえ、住む世界が違っていたとしても。

悩みや不安を感じている。


私と同じように。他のだれかと同じように。

生きづらさや劣等感や孤独感を抱えているかもしれない。


なぜならミナは私と同じ人間だから。

顔が良い以前に私と同じ人間だから。


そこに違いなんてありはしない。



だから。

「確かに……怖いよね」

私は彼女の理解者であり続けたい。



轟音をたてて電車が動き出す。

私は家の近くの最寄り駅で降りて、ミナと別れる。


妙に小奇麗な駅舎を出て、帰路につく……前に。

空を、見上げる。

陽はすっかりと沈み、穏やかな暗闇が空に映し出されている。

そして空を飾るようにきれいな星がいくつも瞬く。


とてもきれいだ。

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