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魔女と王弟の恋愛事情

作者: なみ

 中世ヨーロッパ風の石畳の街、デルタ王国。その王城の一角、塔の最上階が彼女の仕事場。アリエル・フォードはデルタ王国の魔女であり、フォード伯爵家の長女。


 彼女には秘密があった。


 それは――デルタ王国騎士団団長、ジェット・デルタという男への、誰にも言えない想い。そして彼との間に生まれた、小さな命。


 そのすべての始まりは、今から九年前。アリエル・フォードが初めて社交界に出た、仮面舞踏会の夜だった。


***



 タンザナイト色の瞳を伏せ、アリエルは庭園のベンチに腰掛けていた。夜風は涼しく、満開の夜咲きバラが微かに香る。遠くでは宮殿の音楽が華やかに響き、仮面を着けた貴族たちが踊りに興じていた。


 彼女はその喧騒から離れて、1人、グラスを傾ける。


――こんな舞踏会、面白くなんてない。


 心の中で呟く。仮面の奥で顔を隠すのが当たり前のこの夜、アリエルはフォード伯爵家の長女としてではなく、“名無しの娘”として初めて社交の場に現れた。


「……貴女はどうしてそんなに不機嫌なんだ?」


 突然の声に、アリエルはぴくりと肩を揺らし、顔を上げた。


 そこには、背の高い男が立っていた。月明かりを背に、彼の髪は蜂蜜色に輝いている。筋肉質で隙のない立ち姿。鋭く光るペリドットの瞳が、まっすぐに彼女を見ていた。


「……あなた、誰?」

「ジェット・デルタ。騎士団団長だ」


 仮面をつけたまま、堂々と名乗るその男に、アリエルは思わず吹き出してしまった。


「……ふふっ。仮面舞踏会なのに、名乗っちゃうの?」

「こんなところに1人でいては危ないぞ」

「じゃあ、あなたは“危険じゃない”相手なの?」

「さて、どうかな」


 ジェットは笑いながら、アリエルの隣に腰を下ろした。彼の存在が近づくだけで、体温が少し上がったような気がした。


「私、デビュタントに出られなかったの。顔が出せなくて……いろいろあって。だから、これが私の社交界デビュー」

「それで……こんなにお酒を?」

「初めて飲むから、せっかくだし限界までって思ったの。でもダメね、全然楽しくならないの。お酒は楽しく飲みたいのに」


 アリエルの眉が下がり、グラスを見つめるその横顔に、ジェットは静かに笑った。


「大人な考えだな。そんな風に言える娘は、そういない」

「そうかしら? でも……」


 アリエルは少し頬を赤らめ、ゆっくりと言葉を続けた。


「初めての夜だから、少しだけ、夢を見たかったのかもしれない」


 ジェットは言葉もなく彼女を見つめた。風に乗って、タンザナイトの瞳が夜の星を映す。仮面に隠された表情の向こうにある、素の少女のまっすぐな心に、胸の奥が熱くなった。


「君は……不思議な声をしているな」

「声?」

「顔が見えなくても君だと分かる気がする」


アリエルは一瞬、目を瞬かせた。


「……それって、私の声が気に入ったってこと?」

「その通りだ」


 真剣に言うものだから、笑って誤魔化すこともできない。顔が熱い。お酒のせいだけじゃない。


「……じゃあ、次の舞踏会で、また声をかけてくれる?」

「もちろんだ。私は君を、見つけ出す」


 その言葉が、アリエルの胸を強く打った。

この夜を境に、彼女の運命は静かに、けれど確かに動き出したのだった。




 仮面舞踏会は、思いのほか頻繁に開催された。アリエルにとっては、そのどれもが、特別な意味を持つ夜となっていった。


 仮面の下に隠した顔も、名前も、彼には明かしていない。けれど、彼はいつも見つけてくれた。蜂蜜色の髪が揺れて、鋭いペリドットの瞳が仮面越しにまっすぐ彼女を見つけたとき、アリエルは言葉にできないほどの嬉しさに包まれた。


「また会えたな。」

「ええ、また会えたわね。」


 そうして手を取って、彼に導かれるように踊り、歩き、語らう時間。彼の言葉はいつも穏やかで、冗談は少なく、けれどときどき見せる照れたような微笑みに、アリエルの胸は締めつけられた。


 名前も立場も知られないまま、心だけが近づいていく。


 最初はただ、一夜限りの戯れだと思っていた。


 彼は王族で、騎士団団長という高位の人。自分のような、顔も出せず、家の事情で正式な場に出られなかった少女など、きっと相手にはしないはず。


 けど、回を重ねるごとに彼の目は変わっていった。最初のころのような“気まぐれな興味”ではない。もっと、真っ直ぐで、深くて、重たい何かが、そこには宿っていた。


 気づかぬふりをした。気づいてしまえば、心がどうしようもなく揺れてしまうから。


 けれどある日――いつものように、舞踏会の庭園でふたりきりになったとき――彼はぽつりと、思いがけない言葉を口にした。


「……俺は、子供を作りたくないんだ。」


 アリエルは、一瞬、聞き間違いかと思った。


 けれど彼の顔は真剣だった。仮面の下の瞳が、迷いなく前を見ていた。


「兄の息子が成人するまで、王家の後継に何かあったら、俺が繋ぐ立場になる。それを考えたら、俺が誰かと子をなすなんて……危険すぎる。余計な火種を増やすだけだ。」


 理知的で、冷静で、国の未来を真面目に考えるジェットらしい言葉だった。


 けれどその一言に、アリエルの心は鋭く裂かれた。


 まるで、これまでに積み重ねてきた柔らかな想いが、音を立てて崩れていくような感覚。


 理由はすぐには分からなかった。ただ、胸が痛んで、呼吸が苦しくなった。


「……そう、ね。あなたは……王族だもの。」


 なんとか言葉を返したけれど、声が震えていたのを隠せなかった。ジェットがちらりとアリエルを見た。けれど、彼はそれ以上、何も言わなかった。


 代わりに静かな夜風が、二人の間をそっと吹き抜けていく。





 その夜、帰りの馬車の中で無言のままアリエルは視線を下に落とした。


――どうして、こんなに傷ついているの?


 まだ恋と呼ぶには早すぎると思っていた。


 けれど、彼の言葉がこんなにも自分の胸を締めつけるということは。


「……私、彼のこと……好き?」


 自問したその瞬間、涙が頬を伝って落ちた。


 仮面の下に隠れていたのは、誰にも明かしていない想いだった。


 彼に会えることが、こんなにも嬉しくて。


 彼と話す時間が、特別で、愛おしくて。


 彼の一言一言を、心の奥で繰り返していた。


 彼の声が好き。瞳が好き。笑い方が好き。


 そして――彼自身が、好き。


「……馬鹿みたいね。」


 アリエルはそっと呟いた。


 だって、自分が恋した相手は、王族で、騎士団団長で、国の未来を背負う男。


 仮面の向こうの“ただの女の子”になど、振り向くはずもない相手。


 それでも、恋は生まれてしまった。


 たとえ望まれなくても、報われなくても、消えることのない炎のように。



***




 出会いから一年が過ぎ、アリエル・フォードは、魔女としての初めての任務に就いていた。


 場所はデルタ王国王城内、魔力制御塔。その中心に鎮座する大水晶へと魔力を流し、城内の魔術的機構の安定を保つのが、彼女の役目だった。


 とはいえ、実務の大半は監視と調整の訓練に過ぎず、魔力を測る水晶板を覗いては、各部署の流れを確認するだけの地味な仕事である。


「財務執務室、魔力流異常なし……王宮詰所、異常なし……」


 退屈の波が、静かにアリエルを飲み込んでいた。


 そして――ふと思い浮かんでしまったのだ。

 ジェットのことを。


(いま、何をしてるのかしら)


 ほんの一瞬だった。


 水晶の中に、騎士団執務室室内が淡く映る。


 重厚な木の机の向こう、書類に目を通すジェットの姿。


 そして、その向かいにいる男が声を上げた。


「……いい加減、女を抱けよ! でなきゃ、魔に食われるぞ!」


 アリエルは心臓を撃ち抜かれたように、肩を震わせた。


(……なに?)


 水晶板に映るその男――副官、ライブ・ディカント。


 少し長めの金髪を無造作に結い、誰にも遠慮のない物言いをする男。ジェットの信頼も厚い、彼の右腕。


「王弟だからって遠慮してたら死ぬぞ、団長。何年討伐してる? 魔に身体を蝕まれた奴を思い出せ!」

「……わかってる」


 ジェットの低く抑えた声が聞こえた。だが、その顔は苦悩に満ちていた。


「俺が下手に誰かを抱いたら、相手がどうなるか……それが問題だと言っているんだ」

「相手は承知の上だろ。身体を繋げてもいいと思える相手がいるなら、それでいいじゃないか。……まさか、いないのか?」

「……いない」


 その一言が、アリエルの胸を締めつけた。

彼女はそっと水晶板から手を放し、自分の掌を見つめる。


(……そんなこと、知らなかった)


 討伐のあと、魔に蝕まれるという身体の理。知らなかった。誰も教えてくれなかった。


(彼が……そんな思いをしていたなんて)


 胸が痛い。


 痛くて、どうしようもなかった。


 彼の苦しみを知って、それでも何もできない自分が、何よりも辛かった。





 始末書を重たい手で書き上げる。


 無断で部署を覗き見たこと、それが過失とはいえ違反であること。


 ローブのフードを深くかぶり、書類を提出したアリエルはその足で騎士団執務室へ向かった。


 階段を上がり、広い廊下を進み、厚い扉を叩く。


「失礼します……謝罪に伺いました」


ライブ・ディカントが顔を出した。


「ああ、魔女殿。中でお待ち下さい。団長はもうすぐ戻ります」


 肩の力が抜けた。ジェット本人にひとまず会わずに済んだことに、安堵する。

 彼に顔向けできる自信はなかった。


 ライブはふっと笑った。


「覗き見の件ですね。ま、これで処分されることはないですよ」

「……ありがとうございます」


 黙り込むアリエルに、ライブが首を傾げた。


「どうかしたんですか?」


アリエルはぎゅっと唇を噛んだ。


 聞くべきではなかった。

 でも、知ってしまった以上、黙っていることができなかった。


「……ジェット様が、魔に蝕まれている、と」

「……ああ」

「私は」


震える指が、アリエルの胸元の布を握る。


顔を上げ、ローブ越しにライブを真っ直ぐ見つめて――言った。


「……私を、彼に差し出してもらえませんか?あなたの手で」


その場の空気に緊張がはしった。


ライブは、何も言わずに立ち尽くす。

アリエルの声は、かすれていたが、力強かった。


「私は、彼の力になりたい。……誰かじゃなくて、私がいい。私が、彼の苦しみを和らげたい」

「……顔見知りなんですか?」

「……」


肯定と捉える長い沈黙のあと、ライブが溜息を漏らす。


「……君は馬鹿だ。だが――本気なんだろうな」

「はい」

「……じゃあ、俺が手を貸す。ただし、ジェットに拒まれたら、絶対に無理強いはしない。彼は……そういう男だ」

「わかっています」


ライブは目を伏せ、静かに頷いた。








 夜が更け、王城の廊下には灯がまばらにともり、静寂が深く張りつめていた。空気の隙間にさえ、何か重たい思いがひそんでいるようだった。


 アリエル・フォードは、黒のローブのフードを深く被り、ゆっくりとした足取りで騎士団の詰所へ向かう。その歩みは穏やかだが、心臓は早鐘を打っていた。自分でも驚くほどの鼓動に、思わず胸に手をあてる。


(……これでいいのよね)


 不安になる。

 魔女は子をなせない――そう言われたとき、彼はあまりにもあっさりと頷いたのだと、ライブが告げた。驚き、安堵し、そして胸が痛んだ。


 扉の前で立ち止まり、拳をそっと握る。逃げ出したい気持ちと、助けたい気持ちの中で、アリエルは静かに、深く息を吸った。そして、小さく息を吐き、決意を固める。


 コン、コン――木製の扉を軽く叩いた。少しして、中から低くくぐもった声が返ってくる。


「入れ」


 アリエルはそっと扉を開き、中に入った。そこはジェットの私室だった。広くはないが、整然としていて、無駄がない。壁にかけられた剣と、積み上げられた書類。その一つひとつが、彼という男の生き方を物語っていた。


「魔女殿……?」


 書類から顔を上げたジェットが、ローブ姿のアリエルを見るなり、顔をしかめる。


「……帰って貰っていいか? たとえ子がなせなくとも、抱く気はない」


 その声は、冷たく突き放すようだった。


(え? あっさり受け入れたんじゃなかったの……?)


 けれどアリエルは怯まず、静かにローブの留め具に手をかけた。カチリと音を立て、布がほどける。


 黒のローブが床に滑り落ちると、そこには薄い紺色のドレスに身を包んだ彼女が立っていた。


「……アリエル?」


 彼の声が、驚愕に染まった。たとえ仮面がなくても、彼は分かったのだ。


「ごめんなさい。騙すつもりはなかったんだけど……言い出せなくて」


 アリエルは小さく微笑んだ。その笑みには、どこか哀しみが滲んでいた。


 彼女の聞き慣れた声に、彼は椅子から立ち上がりかけたままライブの言葉を思い出す。そして、掠れた声で呟いた。


「……君が……色んな男と……」

「え?」


 その声は小さすぎて、アリエルには聞こえなかった。ただ彼女は、そっと言葉を紡ぐ。


「私、あの舞踏会であなたに会えてよかったわ」


 ジェットの目が大きく見開かれる。あの夜、仮面越しに交わした会話、笑み、踊り――それが今、目の前の彼女と重なっていく。


「……顔を見せてくれ」


 その声には、優しさと、何かを確かめようとする必死さがあった。


 アリエルはほんの少しだけ躊躇ったが、ゆっくりと顔をあげた。タンザナイト色の瞳、艶やかな黒髪、そして左頬に小さな泣きぼくろ。


「……傷は、ないの」


 困ったように微笑みながら、彼女は告げた。


「本当は、顔が見せられない理由は傷ではなかったの。魔女としての正体がばれたら困るから、隠していただけ」


 ジェットは無言で、彼女の頬に手を伸ばした。ごつごつした指が、驚くほど優しく彼女の顔を包む。


「……君の顔に、傷がなくてよかった」


 その言葉に、アリエルは驚いたあと小さく呟いた。


「……ありがとう」


ーーこんな時まで相手を心配するなんて


 そして次の瞬間、彼は彼女を強く抱きしめた。


「え……ちょ、ちょっとジェット? ど、どうしたの?」


 戸惑うアリエルの声が、彼の胸に吸い込まれる。彼の逞しい腕が、彼女の細い身体をすっぽりと包み込む。


「ジェット……」


 見つめ合う二人の視線が重なる。やがて、どちらからともなく、唇が触れ合った。


 静かな部屋に、微かな吐息と衣擦れの音が溶けていく。時は止まり、夜はふたりだけの世界に姿を変える。







***










 デルタ城、王弟専用の執務室。重厚な机の上に、今まさにジェット・デルタが積み上げた報告書の山が、小さく揺れた。


 ――ふにゃ。


 低く甘えた声に、彼は眉を上げた。視線を上げると、いつの間にか机の上に黒猫が一匹、ちょこんと座っている。艶やかな黒毛に、ペリドットのように澄んだ緑の瞳。


「……デイジー?遊びに来たのか?」


 黒猫――七歳になるデイジーは尻尾を優雅に揺らしながら、にゃあと小さく鳴いた。まるで彼の問いに肯定するかのように。


 執務室の隅では、いつの間にか止まり木に止まっている琥珀色の梟――五歳のジョイが、まどろみの中でゆっくりと船を漕いでいた。


 さらに、机の端には柔らかな布団が敷かれた小さな籠があり、中では小さな二匹の蛇――生後半年になる双子のグレイとドリーがとぐろを巻いて眠っていた。


 ちょっとした小動物のジャングル。だが、ジェットにとっては日常のひと幕でしかない。彼が執務にあたるときには、よくこの光景がみれる。


 黒猫と梟は、いつの間にか窓から入ってきていたようだ。気配も音もなく近づく彼らに、何度驚かされたか分からない。そして、籠に入った蛇は、先ほどアリエルが連れてきた。「少しだけ外に出るから、預かってほしい」と。


 以前、蛇の卵を二つ抱えて涙ぐみながらジェットのもとを訪れたアリエルの姿が、まるで昨日のことのように彼の目に浮かんだ。


 ふっと思い出し笑いを浮かべながら、ジェットは机の奥に手を伸ばした。黒猫を肩に乗せ、部屋の隅まで歩いて梟を反対の肩に招く。籠をそっと腕に抱えた。


「……散歩でもするか。」


 にゃあ、とデイジーが答える。肩の上でふわりとしっぽが揺れた。


「殿下、書類は――」


 扉の向こうから、控えていた副官の声が聞こえた。だが、ジェットは軽く首を振る。


「いま俺は、猫と梟とヘビに包囲されている。」


 静かに放たれたその言葉に、廊下の外で控えていた騎士たちが小さく笑った。


 彼はそのまま静かに執務室を出て、石造りの廊下を歩き出した。天井が高く、音が反響するその廊下に、足音と、微かな爪の音、羽ばたきの気配、そして蛇が籠の中で擦れる衣擦れの音が混ざっていく。


 ジェットはときおり、肩に乗った黒猫や梟に声をかける。


「おい……あんまり前に乗り出すな。落ちるぞ、デイジー。」


 にゃあと、柔らかく鳴く声が返る。尻尾で彼の肩をぽんと叩いて安心させるように。


 そのときだった。デイジーがふいに動きを止め、じっと一つの柱を睨みつけた。


 その視線の先、廊下の陰に一人の少女が潜んでいた。


 フィリア・アーノ。  隣国出身の王妃の姪であり、デルタ国の王弟、ジェットの婚姻候補として名が挙がっている少女だった。


 彼女は、その美しい顔を僅かに歪めながら、ジェットの姿を見つめていた。


(なに……あの猫。)


 彼の肩に自然と乗り、甘えるように体を預けるその姿。


 まるで自分の居場所だとでも言わんばかり。何より許せなかったのは、ジェットがそんな彼女に、あんな優しい表情を見せていることだった。


 その顔を、自分はまだ見たことがない。


「……なんなの、あの動物たち。」


 ぽつりと呟いたその言葉は、誰にも届くことなく、ただ石の壁に吸い込まれていった。


 ジェットは何も知らぬまま、庭へと足を踏み入れる。


 空は澄み渡り、陽の光が優しく城の中庭を照らしている。


「……少し、春の匂いがするな。おまえたちも、そう思わないか?」


 肩の上で猫の尻尾が緩やかに揺れ、梟が目を閉じたまま頭を彼の頬にこすりつける。









 王都デルタ城、夜。

 石造りの廊下を抜け、重厚な扉の向こうにある王の執務室は、橙のランプに照らされて温かな空気をたたえていた。

 磨かれた黒石の床に敷かれた深紅の絨毯、その奥の机に寄りかかるようにして、デルタ王ダンは片手にワインを持つ。


「……相変わらず、無表情だな。弟よ」


 赤紫の液体がグラスの内側に張り付きながら傾く。苦笑めいた口調でそう言ったダンに、対面に座る騎士団長ジェットはほとんど反応を見せなかった。


「……用件は、公務ですか」

「まあ、そう堅くなるな。今日は少し、話したいことがあってな。仕事だけじゃない」


 ジェットの瞳が僅かに動いた。彼は黙ったまま、王の言葉の続きを待った。


「おまえ……あの黒猫と梟、まだ飼ってるのか?」


 思いがけない問いに、ジェットの眉がわずかに動いた。


「……ああ」

「もう六年になるだろう?おまえがそんなに長く生き物の世話を続けるなんて、珍しいな。最近は蛇まで増えたって話だぞ」

「……故意に増やしているつもりはない」


 どこか苦味を帯びた声だった。ダンはグラスを机に置き、指先で果実を摘んだ。


「へえ。あれ、どこで拾ったんだったか?黒猫は……確か、シールドの境目だったな?」

「討伐帰りだ。……疲れていた」

「そうだったな。あの頃は、おまえも随分無茶をしていた」


 ふと、会話が途切れる。しばし沈黙ののち、ダンがぽつりとつぶやく。


「……まさかとは思うが、その“ペット”たちに、名前なんかつけてたりしないよな?」


 ジェットは答えず、机の一点をじっと見つめていた。沈黙は、時に言葉より雄弁だ。

 ダンの目が細められる。


「……やっぱりな。おまえ、完全に情が移ってる顔してるぞ」

「情ではない。ただ、呼び名が必要だっただけだ」

「ふうん。で、その呼び名とやらは?」


 言葉を選ぶように間を置いてから、ジェットは低く答えた。


「……デイジー、ジョイ、グレイ、ドリーだ」


 その名を聞いた途端、ダンは思わず口元を押さえて笑った。


「……おいおい、それ、ぜったいペットじゃないだろう。」


 ジェットは答えず、酒を煽る。


「……六年前から、ずっと手元で育ててるんだな。誰にも預けずに」

「……たまに餌をやる程度だ。今は勝手に来て、勝手に帰る」


 少し拗ねたような声だった。ダンはふっと眉を下げる。


「おまえ、だいぶ絆されてるな。……父親みたいだな」


 言われた瞬間、ジェットのまぶたがかすかに震えた。


 あの小さな命たちのぬくもりが、脳裏をよぎる。

 黒い毛並みで懐き、飛びかかってくる子猫。小さな翼で肩に止まり、書類を覗き込む白い梟。くるくると絡みつくようにじゃれる双子の蛇。

 名を呼べばまっすぐに駆け寄り、眠たげに体を預けてくる――それを誰が拒めるだろうか。


「……それでな。動物も良いが、フィリア嬢との縁談、正式に考えてみないか?」


 唐突に投げかけられたその名に、ジェットは眉間に皺を寄せた。ダンは、当然ながら彼女がジェットを好いていることを知っているのだ。


 ジェットは静かに、兄を見据える。


「……俺には、そのような気は――」

「わかってる。ただ、そろそろ身を固めてほしいんだ。おまえが討伐に出るたび、私は不安になる。おまえに正妃を、という声も多い」


 静かに言い聞かせるような兄の声音に、ジェットは拳を握る。


「国のためにおまえは十分すぎるほど尽くしてくれた。もう私の地盤は揺るがない。だからこそ、おまえ自身の幸せを考えてほしい。好きな女もいないなら、尚更だ。フィリアは見目も良く、性格も悪くない。何よりおまえを好いている」


 その言葉に、ジェットはゆっくりと視線を逸らす。ほんの一瞬だけだが、瞳が揺れた。


「ん?……どうした?フィリアが嫌なのか?それとも……」


 ダンの声が一段低くなった。


「まさか……おまえ、気になる女がいるのか?」


 その問いに、ジェットの手に力が入った。

ダンはその反応を見逃さない。


「……いたのか。知らなかったぞ。何故公にしない?身分の問題か?ならば私がなんとかしよう。兄弟だろう。おまえの望みくらい――」

「いえ……いません」


 遮るように、ジェットは答えた。その声は、どこか苦しげだった。


 彼女――アリエルは、魔女だ。

 魔女は一人の男では力を維持できないと、あの日、彼女自身が言ったではないか。

 恋慕を抱くことすら、間違っているのだ。……だが彼女以外はいらない……。


 あの夜、ローブの下から現れた彼女の綺麗な瞳。

 夜を越えて抱きしめた、静かで確かな温もり。


 魔女であるアリエルと、王族である自分が、共に未来を描くことは叶わない。

 だからこそ、彼は言葉にできずにいた。


 ダンは黙って弟の横顔を見つめる。

 そして、ただ一言、静かに告げた。


「……おまえが“幸せになりたい”と願うなら、私はどんなことも惜しまない」


 ジェットの指先がかすかに震えた。

 だが、その返答は――まだ、胸の奥深くにしまわれたままだった。










 まだ夜の気配が残る早朝。

 城門の外には討伐隊の馬が並び、静かな緊張感が漂っていた。


 その中の一台――馬車の荷台には、誰にも気づかれぬように黒い影が忍び込んでいた。


(……父様、また危ない場所に行くなんて。じっとしてなんて、いられないわ)


 それは、黒猫の姿をした少女――デイジーだった。

 母には言っていない。いや、言えばきっと止められた。だからこそ、こっそりと魔力を抑えてついてきたのだ。


 馬車がごとりと揺れて動き出す。

 彼女は毛布の隙間に身を丸め、しっかりと前足を組んで、耳を澄ませていた。


 討伐地は、かつて村だった廃墟。

 魔獣の唸り声が響き渡り、血と灰の匂いが立ちこめ、空気は重く淀んでいる。そこに潜む魔獣は人の気配に警戒し、姿を隠していた。


「囲め! 三班は右へ!」


 ジェットの鋭い号令が響く中、デイジーは岩陰からその様子を見守っていた。

 魔力を隠すのは、もはや限界に近い。それでも――目を離せなかった。


 父の剣が、魔獣の爪を受け、甲高い金属音が響く。

 その一瞬、別方向からもう一体の魔獣が背後に跳びかかった。


(危ない――!)


 ジェットの本来の強さを知らないデイジーは、思わず猫の姿のまま飛び出し、魔獣の顔に鋭い爪を突き立てる。


 魔獣が咆哮し、ジェットが振り返った。


「……デイジー!?」


 次の瞬間、ジェットの瞳が大きく見開かれる。

 魔獣の牙が、彼女の小さな身体を貫いたのだ。

 彼は即座に彼女を奪還しながら、魔獣に渾身の一撃を見舞う。

 黒い血が飛び散り、最後の一頭が絶命した。


「何してる……! なんで、ここに……!」


 デイジーは小さくふるふると震えながら、じっと抱きあげる父を見上げる。


「デイジーッ!!」


 血の気が引く音が、耳の中に響いた気がした。

 次の瞬間、ジェットの目の前で黒猫の身体が淡い光に包まれて変化していく。


――魔法が、ほどける。


 そう直感で感じた彼は、黒猫をくるむように外套をかぶせた。

 そこに現れたのは、小さな少女。黒髪は泥と血で濡れ、頬には傷を負い、胸元には深く抉られた痕があった。


「……う、そ……だろ……?」


 震える声が漏れる。

 その顔は――とてもアリエルに似ていた。

 だが、瞳は――王家にしか現れない、ペリドットの色。


「……デイ、ジー……?」


 ジェットの声は、かすれていた。

 傷ついた小さな身体を抱き起こすと、少女は目を細めて、かすかに笑った。


「…父様…。」


 その言葉で、彼は全てを悟った。

 ジェットはその場に膝をつき、震える腕で娘をしっかりと抱きしめた。


「なぜ……なぜ黙ってた……! 俺に……俺に……!」


「……お母さんが、ずっと……言っちゃダメって……。でも、戦ってる父様を……守りたかったの……。」


 息が浅く、肌が冷たい。


「誰か! 医療班を呼べ! 今すぐだ!」


 叫び声が空に吸い込まれていく。

 ジェットは娘の小さな手を両手で包み、震える額をそっと重ねた。


「頼む……死ぬな……俺はまだ、何一つ、お前にしてやれてない……!」


 娘の唇が、微かに動く。


「……いっぱい遊んでくれたじゃん……。」


 腕の中にいる娘は傷だらけで、今にも命が尽きそうだった。


 次の瞬間――


 風が鳴り止み、空気が震える。


 デイジーが首に下げていた宝石から、淡い蒼い光が放たれた。

 焦げた廃墟に疾風が吹き抜ける。


「アリエル……?」


 彼女の気配がした。

 ジェットが震える声で、空に向かってその名を呟く。


 部下たちが地を見ながら、声を上げた。


 地面に、いつの間にか現れていた魔法陣が青白く輝き、彼らを包み込んでいく。


【我が血にして、我が命より生まれしものよ。今ここに、我が命令を実行せよ】


 アリエルの声が、どこからともなく聞こえた気がした。


ーー風が巻き起こる。


 空気が重たくなり、魔力の奔流が周囲に迸る。

 それは明らかに、通常の治癒魔法の枠を超えていた。

 蒼い魔力が少女の傷を包み、裂けた皮膚、砕けた骨を、流れた血を――修復していく。

まるで時が逆流するように、デイジーの命が戻っていく。


「……おかあ、さん……」


 かすれた声が漏れたその瞬間、ジェットの目から、ぽたりと涙が落ちた。

彼女の体温が戻り、胸が上下する。


「ありがとう……ありがとう……。」


 ジェットは心から、深く、震える声でそう言った。










 討伐から数日が過ぎた午後。空は晴れわたり、城門の前には人々のざわめきが戻っていた。


 その中で、アリエル・フォードは深いフードを下ろし、そっと城門の方角を見つめていた。


 目を細めると、帰還する騎士団の先頭に、見覚えのある金の髪が風に揺れている。

そして、その前には――小さな影。


 デイジーは少年の服を着て、ジェットの前に上手に座っていた。

 彼女は顔を上げ、何かを笑いながら話しかけている。頬にはうっすらと傷があるが、その表情は明るく、瞳には生き生きとしていた。


(……元気そうでよかった……)


 アリエルは胸の奥で小さく息をついた。


 ジェットがアリエルの姿を見つけたらしく、団員のひとりに何事か耳打ちして列を離れると、手綱を引いて彼女の方へと向かってきた。


「アリエル、ただいま。」


 彼が馬上から言ったその声は、少し掠れていた。どこかまだ張り詰めている。


 アリエルは小さく頷いた。


「おかえりなさい。」


 その瞬間、父の前にいたデイジーが彼の胸にきゅっとしがみつき、顔を隠すようにした。アリエルはそんな娘の仕草に微笑む。心配をかけたという自覚は、少女なりにあるらしい。


 ジェットは片腕で娘をしっかりと抱えたまま馬から器用に飛び降り、アリエルの前に立った。


「……抱えられるか?」


 アリエルの瞳がわずかに見開かれる。少し迷ってから、静かに笑った。


「ええ。慣れてるから、大丈夫よ。」


 彼女が手を差し出すと、デイジーはすんなりとその腕に渡された。両脇を抱えられ、母の胸元へと移ると、顔を肩にうずめる。


「……母様、ごめんなさい……。」


 その小さな声に、アリエルの指が自然と娘の背を撫でていた。ぬくもりがあること、鼓動があること――それだけで、涙が出そうになる。けれど、彼女は微笑んだまま、そっと抱きしめる。


「……そうか、慣れてるのか……」


 ジェットが小さく呟いた。言葉の意味を反芻しているような声だった。


「アリエル。話がある。……俺の執務室で待っていてくれ。」


 それだけ言い残すと、彼は返事も聞かず、再び馬に飛び乗り、風のように駆け出していった。アリエルは彼の背を目で追う。


「……母様も、父様に謝らなきゃね……。」


 彼女は少女の体をぎゅっと抱きしめながら呟いた。







コンコン――


「アリエル、いるか?」


 ドア越しのその声に、アリエルは小さく目を伏せる。


「……入るぞ」


 扉が開く音。ジェットの重い足音が一歩、部屋へと入り込んでくる。その足がふと止まった。


「……っ」


 ジェットの目の前に広がっていたのは、彼の知らなかった“家族”の姿だった。


 アリエルの横に立つのは、小さなドレスに身を包んだデイジー。つい数時間前までは少年のような格好で討伐隊の先頭に立ち、無邪気に笑っていた少女が、今はきちんとした淑女らしい佇まいで彼を見上げていた。


 その隣には、蜂蜜色の髪を持つ少年――ジョイ。なんだか自分の幼子の頃を見ているようだった。少し不安げな目で彼を見つめるその表情がアリエルににて可愛らしい。


 そして、小さなカートの中には双子の赤子。どちらも白い頬を紅潮させ、興味津々にジェットを見つめていた。目が合うと、二人とも手を伸ばしてきた。


 ジェットは膝を折り、四人全員と順に目を合わせる。


「……俺達の……子……」


 アリエルは、遠慮がちに静かに頷いた。


 ジェットは立ち上がることも忘れたまま、双子の手に自分の指を預けた。小さな手が、彼の指をぎゅっと掴む。あまりにも小さく、温かくて、柔らかい。


「……こんにちは。初めまして、になるのか? 俺は――」

「父様!!」


 デイジーの叫びが部屋に響いた。まるで堰を切ったように、彼女はジェットに飛びつく。ジョイも負けじと父の胸へと駆け寄り、その腕に身を投じた。


「うわっ……!」


 一瞬、バランスを崩して後ろに倒れそうになりながらも、ジェットは二人をしっかりと抱きとめた。


「父様!心配かけてごめんね、もう約束破ったりしないから!」


 ジョイは何も言わず、ただ父の胸に顔を埋めた。震えるような呼吸が伝わってくる。小さな背中を包み込むように、ジェットはそっと手を添えた。


「「だっお、だっお!」」


 カートの中の双子が手を伸ばす。


「……ジェット」


 アリエルが小さく口を開く。


「ごめんなさい。……言えなかったの。」


 ジェットは、ゆっくりと顔を上げた。


「アリエル……ありがとう」


 その言葉は、あまりに静かで、けれど心の奥底からにじみ出るような重みを持っていた。


「俺はやっと、欲しいものを手に入れたよ」


 彼の腕の中には、自分とアリエルを繋ぐ命たち。彼の瞳は、揺れながらも確かな決意を宿していた。


「俺は、ずっとお前たちの傍にいたい。……それでいいか?」


 アリエルは、涙をこらえながら頷いた。


「ええ。ありがとう……」


 陽の光が、窓から差し込む。


 暖かな光の中で、ようやく“家族”が出会った。






正体を隠していたアリエルがついに“魔女ではなく、伯爵令嬢として”ジェットと正式に並び立つ夜。


城の大広間は、百の燭台に照らされて金色に輝いていた。貴族たちは思い思いのドレスに身を包み、音楽と笑い声が宙に舞う。


今宵はデルタ国王主催の舞踏会。


会場のざわめきがふっと静まる。


重く、優雅に開く扉。


そこから現れたのは、黒い軍服に身を包んだデルタ騎士団長――ジェット・デルタ。


その腕に添えられていたのは、銀糸のドレスをまとい、黒髪を結い上げた美しい女。


アリエル・フォード――正体を隠し続けてきた魔女は、今、堂々と伯爵令嬢としてその姿を現した。


「……あれが、フォード伯爵家の……?」


「いや、でも彼女、ずっと姿を……」


「病弱という噂も…」


「騎士団長が、あんな顔を?」


ざわめきがひとつ、またひとつと重なっていく。だが、ジェットは微動だにせず、堂々とアリエルの手を取って進み出た。彼女もまた、上品に微笑みながら一礼して進み出る。


「……大丈夫か?」


ジェットが小さく呟く。


「……ええ。あなたが隣にいれば何でも出来るわ。」




王が入場すると2人の婚約が発表される。


「皆の者、我が弟ジェット・デルタと、アリエル・フォード令嬢の婚約が纏まった。1年後には式を挙げる。みな祝福を!」


歓声と拍手が巻き起こり、ジェットとアリエルがそっと手を取り合い、最初のワルツを踊り始める。


――しかし。


「待って、待ってくださいまし! 納得できませんわ!!」


会場の奥から、甲高い声が響いた。貴族たちがざわつき、振り返る。ドレスの裾を乱しながら入ってきたのは隣国王妃の姪、フィリア・アーノ。


宝石で飾られた緋色のドレスに、金髪を巻き上げた絶世の美少女。彼女の顔には、怒りと混乱と――嫉妬が滲んでいた。


「どうして……どうしてこの女が……!!私こそ、ジェット様の婚約者なのに……っ!」


場が凍りつく。音楽が止まり、空気がピリつく。


「フィリアっ!!」


王妃の焦る声が聞こえた。


「私は、王妃様のお墨付きで……!」


「兵を。」


ダンの低い声が響く中、フィリアの叫びが、まだ大広間にこだましていた


「私が、どれだけジェット様を想ってきたか、知らないくせにっ……!次代も産めない弱い身体のあなたなんか…」


その声が、怒りに震えたとき――


ピシッと、空気にひびが走ったのをアリエルは感じ焦る。だが辺りを見回すが誰もが気づいていないようだ。


「パパとママを――いじめないで!!」


小さな声が、アリエルとジェットの間から聞こえると、蜂蜜色の髪にペリドット色の大きな瞳、純白のシャツにベストを着た、小さな男の子が突然、大広間のど真ん中に現れた。


「ジョイ!」


ジェットが慌てて彼を抱き上げる。


貴族たちのざわめきが聞こえる。


「こ、子ども!?」「どこから現れ……?」


焦るジェットは早口でまくし立てる。


「ジョイ、だ…駄目じゃないか、母様のスカートに紛れ込むのは。かくれんぼの時間は終わりだぞ!」


「ほ、ほんと母様も気づかなかったわ。」


ジョイがぽろぽろと涙をこぼす。


「ママは……すごく頑張ってるんだよ!パパだって……ほんとは、ずっとママのこと想ってたのに……!なのに――いじめないでよ……!!」


王が静かに立ち上がり、声を発する。


「この子は……君たちの息子か?娘の話は聞いていたが、息子も居たとは…。まあこれほどお前と顔が似てれば疑いの余地もないが。……ジェット、後で話がある。」


そういうと王はため息をついて座り直した。


ジェットは、まっすぐ王を見る。


「王、この子は私の息子ですが…」


「安心しろ、その子に王位継承はない。お前はフォード家の入婿になる。詳しくは後で話す。」


事実上の臣籍降下宣言に城内がまたざわめきだす。


その中で、フィリアは小さく歯を食いしばり――疫病神っ――そう呟きながらドレスの裾を揺らし、兵とともに部屋を立ち去ったのだった。

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