第17話 一〇〇人の勇者と大魔王
ところが、そこに立ちはだかったのだ。
一〇〇人の勇者たちが、ガンマ帝国の最精鋭たちが。
驚くべきことに彼女たちは勇者を名乗った、まるで私が魔王であるかのように。
シスルがからかうように言った。
「実際、魔王を部下にしてるんだから、大魔王じゃねぇの?」
「そんなものになった覚えはないわ」
「でも相手は勇者を名乗ってるぞ? ある意味間違ってねぇし」
私たちは荒野でにらみ合っていた。
というか、閣下が「ここは大魔王さまの力を見せつけるとき……!」とか言って、私を最前線に配置したのだ。
ひどい部下だ。
「で、実際どうするんです?」
デイジーが問うた。私は深くため息をついた。
「仕方ないでしょ……」
私はちらりと背後を振り返った。
魔王軍と、聖騎士団と、ヒュスタトン大陸から駆けつけた諸王国連合軍と、竜の巣のドラゴンたちが、きれいに整列して待機していた。
威風堂々たる構えは、彼女たちの練度がいかに高いかを示している。皆、期待に満ちあふれた目で私を見ていた。
「ノーと言えない女だね」
リリーが真顔で言った。私は口を開いた。
「だって、なんか……そういう流れになっちゃってるし」
「全力で拒否すれば、無理強いはできんと思うけどな」
シスルが呆れ顔で言った。私は叫んだ。
「仕方ないでしょぉ!? 私が相手したほうが手っ取り早いし、被害も少ないんだから! それにここで力を見せつけておくことで、皇帝の求心力が――って説明されたら『嫌だ』って言えないじゃないのぉ!」
嫌がる私に、閣下は二時間以上にわたって懇切丁寧に解説したのだ。
ここで私が敵を叩きつぶすことの有用性、そして味方の損害がいかに少ないかを。
勇者を名乗る一〇〇人は、文字どおり一騎当千の怪物たちだ。全員が武術の皆伝、もしくは大魔術を操る使い手で、普通に軍勢をぶつけたらとんでもない被害が出る。
味方を守るには、私がさっさと撃破するのが一番いい。
加えて、私一人で強敵を打ち破ってみせれば、皇帝の強さをより強烈に印象づけられる。その上、味方を守るために皇帝陛下が体を張ってくれたという事実が出来上がる。
これにより、私の好感度と支持率が跳ね上がるのだと……閣下は辛抱強く、まるで家庭教師のように一つ一つ説き起こしていくのだった。
「確かにプリムが片づけたほうが効率的だよなぁ」
シスルが敵陣を見回しながら、のんびりとつぶやいた。
敵も、私たちと同じような配置だ。一〇〇人の勇者たちが前方に突出し、その背後に距離を置いて、ガンマ帝国軍がいる。
敵兵はライフルを持ち、さらに車輪のついた移動式の砲台を大量に用意していた。
私は恨みがましくシスルに目を向けた。
「ちょっと、私のこと心配じゃないの? 相手、皆伝持ちなんだけど? 皆伝持ってない奴は全員、大魔術使えるんだけど?」
「んなこと言ったって、そいつら全部下位か中位だろ?」
同じ皆伝、あるいは大魔術使いでも、格差があるという話だ。
「お前、皆伝最上位じゃねぇか。大魔術も最上位だろ? つーか、闇以外の四属性も、限りなく大魔術に近い上級魔術だよな」
「威力を考慮すると、正直大魔術と変わらないけどね」
リリーが小さく笑った。
「魔力の高さが圧倒的すぎるせいで」
「人の気も知らないで……」
リリーが微苦笑を私に向けた。
「大丈夫だよ。いざとなったら、わたしもシスルもデイジーさんも、それにマーガレットさまや、アイリス先生たちも加勢するんだから」
私は不機嫌に頬をふくらませた。
だが、いつまでもそうしているわけにもいかなかった。勇者たちは、攻撃を仕掛けようと機をうかがっている。敵に先制されるのはまずかった。
「あー! もう! ヤバくなったら絶対に助けてよね! 見捨てたら七代祟るから!」
「猫かよ!」
「猫はシスルだけどね」
「やかましいわ!」
私は全力で走り出した。途端、体が軽くなる。デイジーの補助魔法だ。