第14話 異世界を満喫する召喚少女の凛ちゃん
幸いにも少女(名前は凛ちゃんである)は、この世界を堪能していた。
最初の一週間こそ怯えと寂しさの入り混じった表情を浮かべていた。しかし一ヶ月も経つと、新しい生活に慣れた様子だ。
すっかりくつろいで、大浴場、ふかふかのベッド、おいしい食事に舌鼓を打ち、幸せそうな顔で過ごしていた。
「いや、もう少し悲壮感持てよ……。家族や友達が恋しいとか、なんかあるだろ……」
シスルが呆れ顔で言った。談話室でのことだ。私は肩をすくめる。
「ここは素直に喜ぶべきところでしょ? 暗い顔をされるより、明るく笑っていたほうがずっといいじゃない」
「そりゃそうだが……」
「私も最初はびっくりしましたし、不安に思いました」
と凛ちゃんはプリンを食べながら言った。
「でも正直のんびりできるので、これはこれで悪くないかなって思い始めてます! プリム陛下めっちゃ優しいし綺麗だし! っていうか美人でスタイルいい人ばっかりの世界ですよね、ここ! 天国ですか?」
「召喚したのが日本人で助かった、という感じですね」
デイジーがしみじみと言うと、シスルが半眼になって訊いた。
「そこ関係あるか?」
「大ありですよ。美的感覚は日本と海外でだいぶ違いますからね。ほら、ハリウッド映画とか欧米製のゲームとか思い出してください。美人の基準が明らかにおかしかったでしょう?」
デイジーは真顔で言った。
「おそらくですが、どこぞの『一〇〇〇年に一人の美少女』と言われた『奇跡の一枚』ですら、欧米人あたりが見たら『どこが美少女なの?』とか言い出すに決まってますよ」
「偏見まみれじゃねぇか!」
「ともかく、私たちと美的感覚が合致していたのは朗報です。ブサイクだらけだったら間違いなく地獄でしょうからね」
「それは確かに嫌だが」
言いつつ、シスルは少しばかり心配そうな目で凛ちゃんを見た。
「あんま帰りたがらないってことはさ、もしかして家族仲が悪かったり、いじめられてたり、そういうのあったのか?」
凛ちゃんはきょとんとしたあと、苦笑いで首を横に振った。
「違いますよ。ただ、本当に忙しくて忙しくてたまらなかったので、ちょっと休みたかったんです」
「小学生なのにか?」
「だって学校終わったら、塾とかピアノとか料理とか英会話教室とかに行かなきゃならないんですよ! 土日も夏休みも関係ないし! 分単位で行動を決められてるから、ものすごい疲れるんです!」
「分単位ってなんだ!? 一国の首相か!?」
「ママが勉強ばっかりだとダメだからちゃんと運動もしなきゃ、睡眠も取らなきゃって言うんですよ! お菓子とかも健康に悪いからって食べられないし! っていうか食事も好きなの全然食べられない!」
思い出して怒りが湧いてきたらしい。凛ちゃんはぷんすかと頬をふくらませた。
「夜十時には寝なきゃいけないし、そのくせ帰ってきたら習い事が何時まで、塾が何時まで、散歩は三十分、夕食は七時に食べて、寝るまでに宿題と今日の復習、明日の予習もやって――って毎日決められてるんですよ!」
凛ちゃんは声を荒らげた。
「当然、テレビとかゲームとか動画とか漫画とか――全然やる時間ありません! っていうか買ってくれないし!」
そう言って凛ちゃんは怒りを爆発させる――が、その怒り方はどうにもかわいらしく感じてしまうのだった。
「そのせいで学校でも話題についていけないし、っていうか放課後全然遊べないから友達できないんですよ! 休み時間にアレやれコレやれって毎日なんかいっぱい課題渡されるし!」
「わりと虐待されてねぇか、それ?」
シスルは深刻そうに言った。が、凛ちゃんは自覚がないようで不思議そうに首をかしげた。
「そうなんですか? でもとにかく――忙しくてやってらんないんですよ! 正直、結構絶望してたんです! ああ、この忙しさが一生つづくんだ……って」
それから凛ちゃんはちょっと恥ずかしそうに目を伏せた。
「だから――ちょっと背徳感ありますけど、のんびりできるのはすごく嬉しいんです」
凛ちゃんはそう言って、やわらかく微笑んだ。
「ああ、こんな生活してていいんだ、もう休み時間のたびに課題全部こなさなきゃ、給食さっさと食べて、昼休み中に全部終わらせとかないと……放課後になったらすぐ帰らなきゃだから……とか頭悩まさなくて済みますから」
凛ちゃんはため息を吐いた。
「帰りの会が長引くたびに忙しいんで帰ります! なんていちいち恥ずかしい宣言しなくて済みますし、帰れなくてママが怒鳴り込んできてひと悶着、周りから白い目を向けられて――ってこともないですし」
「いややっぱコレ虐待されてるだろ。周りの人間なにも言わなかったのかよ?」