第13話 召喚できたからといって返せるとは限らない
「しかし、なぜ日本人が多かったんでしょう?」
「それはよくわからない。察するに波長が合っていて、お互いに転生しやすい……とかそういう理由じゃないか。彼女も」
と閣下は召喚した少女を親指で示した。
「日本人だしな。もしかしたら、まったく記憶していないだけで、相互に輪廻転生している可能性すらあるぞ? いや、地球が複数あるように、この世界のパラレルワールドも大量に存在するのだろうが」
「この世界で死ぬと、パラレルワールドを含む日本で生まれ変わって、日本で死ぬとパラレルワールドを含むこの世界に生まれる? となると、向こうにもこっちの世界の記憶を持った――」
ああ、とリリーは納得するような声を上げた。
「『聖なる乙女の学園』とか『覇者』ですか」
「おそらく、としか言えんがね」
閣下は肩をすくめた。
「それらの作品を作ったのは、間違いなくこの世界から転生した何者かだと私は考えている。もちろん、どの程度まで記憶していたのかはわからない」
閣下は思案げな口調で、独り言のように語った。
「それこそ私たちでさえ無理だった、人格を引き継ぐレベルで覚えていたのかもしれないし、あるいは薄ぼんやりとした知識でしかなかったのかもしれない。とにかく、間違いなくこの世界か、類似したパラレルワールドの出身者であるはずだ」
「あのさ……」
遠慮がちにシスルが手を上げた。
「語ってるとこ悪いんだけどさ……、先にこの子どうにかすべきじゃね? めっちゃ困ってるぞ」
シスルは召喚された少女に目を向けた。彼女は困惑の表情を浮かべ、所在なく両手を合わせて、不安げにあたりを見回している。
閣下が、ふっ、と笑った。
「空気の読めない女だな、シスル。私が必死にそれっぽい理論を語って、現実から目をそらしているというのに……」
「なんで現実から目ぇそらしてんの!? つーか適当理論だったのかよ!」
「いや、調査そのものはちゃんとしたよ? ただ、きちんとした検証はできていない。なにせ異世界召喚自体、今やったばかりだから」
閣下は腕組みしてしみじみと語った。
「当然、根拠となる裏づけもない。現時点ではあくまでも『推定だがこんな感じになってるんじゃないか?』っていう仮定の理論であって……」
「そんなふわっとした話だったんかい!? というかなんで現実から目を背ける必要が……!」
デイジーが答えた。
「まさか異世界召喚するとか思ってませんでしたからね……。ぶっちゃけ送還できないと言いますか、どうすんねんこれ、って状況ですからね」
「え!? 無理なのかよ!? いや、呼べたんだから返すことも――」
「無理ですよ」
デイジーは断言した。
「まず私たちの例から、パラレルワールドの地球がたくさんあることは確定です。彼女がどの日本から来たのかわからないので、適当に送り返すとパラレルワールドの地球に到着する危険が高いんです」
「……調べらんねぇの?」
「あらかじめ目印を付けておいたならともかく、普通に召喚してしまったので、そもそも異世界の地球にアクセスできません。まぁ『体ごと召喚』を連発すれば、たぶん異世界召喚も何回かできるでしょうけど――」
「さらなる大惨事が起きそうなんだが」
「なのでおすすめしません。さらに二つ目の問題点として、ちゃんと召喚直後に戻せるのか? というのがありまして」
「どういうことだ?」
シスルは怪訝な顔をした。デイジーは人差し指を立てて、少女を見た。
「彼女はこちらで死亡してから一年も経っていません。にもかかわらず、転生から十年も経過しています。つまり、未来世界から召喚してしまった疑惑が濃厚なわけです」
デイジーは真面目な顔で言った。
「普通に送還した場合、召喚直後でなく一〇〇年、二〇〇年経った未来とか、逆に一〇〇〇年前の過去の世界に送ってしまう危険があるんです。召喚直後、もしくは多少ズレてもその前後に戻せる保証がないんですよ」
「最悪、帰還したら原始時代だった……という可能性もあるわけね?」
私が言うと、デイジーはうなずいた。
「そのとおりです」
それからデイジーは少女のほうを見て、
「よって、帰るのはおすすめしません」
「お前、自分でやっといてしれっと……!」
シスルの責めるような目線に、デイジーは顔をそらした。
「仕方ないじゃないですか……。まさか異世界召喚になるとは思ってなかったんですよ。衣食住とか、ちゃんと面倒見ますから!」
「犬猫じゃねぇんだぞ!」
「まぁいいじゃない」
私があいだに入った。
「ほら、本人もそんなに嫌がってる様子はないし」
「あれ戸惑ってるだけだろ? まだ状況つかめてないぞ、たぶん」
「意外とこっちでの暮らしを気にいるかも知れないし、しばらく様子を見ましょう。どうしても帰りたいようなら、何か手を考えるということで」
あ、と私は手を打った。少女にむかって、こうたずねた。
「一番大事なことを聞き忘れてたわ。あなた、『聖なる乙女の』っていうタイトルの作品に心当たりある?」
少女は首を横に振った。よかった……と私は息をついた。
「それ重要なことか!?」
「大切なことでしょう? また変な話が増えたら事だもの」
私はうんざりして言った。