第12話 異世界召喚するデイジー
「魔族じゃねぇじゃん!? つーか年齢!」
「異世界に転生していたようだな」
閣下が言った。
シスルが、はい!? と説明を求めるように閣下を見た。
「別におかしな話でもないだろう? 我々のような存在がいるのだから」
「いや、でも……! 年齢……!」
シスルは少女を指さしながら、閣下に顔を向けた。
「そんなに驚くことかね?」
閣下は肩をすくめた。それから指を一本立てて、
「いいかね? 異世界と、こちらの世界の時間の流れが一定だという保証はどこにもない。そもそも『今』召喚したからと言って、『現在』の地球から召喚されるとは限らない」
閣下は少女を見つめながら語った。
「十年後、一〇〇年後の『未来』である可能性も、逆に一〇〇年、二〇〇年前の『過去』である可能性もあるわけだ。それに一口に地球といっても複数存在しているわけだろう?」
閣下は意外そうな顔をするシスルに笑いかけた。
「私は『聖なる乙女の学園』とか『騎士』とか『英雄』とかは知らない。君たちも『覇者』という作品を知らなかった。つまり、それぞれパラレルワールドの地球から転生してきたわけだよ」
閣下は息をついた。
「この世界の言語を見ても、むしろ時間の流れはめちゃくちゃだと思ったほうがいい」
「なぜか言語が日本語な点ですか?」
リリーが訊いた。閣下はうなずき、それから独り言のようにつぶやいた。
「そうだな、確かめてみるか……」
閣下は少女を指さして、はっきりと問うた。
「君、名前と出身は? 日本人か?」
少女は戸惑った様子をしながらもうなずき、自分の名前を言った。閣下はさらにいくつもの質問を浴びせかけ、少女のほうは戸惑いながらも回答を続けた。
それから閣下は、両腕を大きく広げて言った。
「君はこの世界のことを覚えているかね? あるいは」
と閣下は私を手で示した。
「彼女のことは?」
少女は首を横に振った。閣下はうなずいた。
「やはりな……」
「どういうこと!?」
シスルが眉根を寄せた。
「彼女はこの世界のことを覚えていないんだ。転生したが、この世界での記憶はいっさい持っていない――実を言うと、君たちの件があって、私も少し気になってね。ちょっと調べてみたんだよ」
閣下は微苦笑を浮かべた。
「すると、面白いことがわかった。どうもおぼろげながら地球のことを覚えている人が、少数ながらいるみたいなんだよ。もちろん、私たちのように鮮明に記憶している者はいない。あくまでもぼんやりした知識として、前世のことがあるだけだ」
「もしかしてフランスパンとか、そういうのを作ったのも?」
私が問うと、閣下は愉快そうに笑った。
「ああ、フランスパン――あれはちょっと面白い事例だよ。なんでもフランスパンを考案した男は、最初から『フランスパン』を作ろうと思ってパン職人になったそうだ」
私が首をかしげると、閣下は笑いをこらえながら説明した。
「つまりだな、その男は漠然と『フランスパン』という食べ物のことを記憶していたわけだ。もちろん、当時のこの世界に『フランスパン』なんてものは存在しない。にもかかわらず、彼は『なぜパン職人になりたいのか?』と聞かれて、『フランスパンが食べたいからだ』と答えたそうなんだよ」
お手上げ、といった様子で閣下は軽く両手を上げた。
「当然、まわりの人間はわけがわからなかったそうだ。実際にフランスパンを作ってみせることでようやく納得されて……それまでは、半分気が狂っているんじゃないかと疑われていたという話だ」
ふふっ、と閣下は笑いを噛み殺した。
「これはちょっと極端な例だがね。だが探せば、漠然と前世の知識を持っている人がちらほらいるんだよ」
「となると」
リリーが言った。
「言語が日本語なのも――」
「言葉については古すぎてなんとも言えないが、おそらく相対的に日本人が多かったのではないかと考えている」
「ほかの国の人もいたわけですか?」
リリーの問いかけに、閣下はうなずいた。
「少なくとも外国語をしゃべれる子供はいたよ。もっとも、日本語を浴びて育つから、ある程度成長すると忘れてしまうようだがね。ただ、幼児期に不思議な言葉をしゃべる子供の話は、どこの国にも伝わっている」