第9話 人間にも魔族にも恐れられている
聖騎士たちは、魔族ほど従順ではなかった。
聖都にいる者は、素直に降伏を受け入れた。しかし、それ以外の場所で戦っていた聖騎士たちは納得できなかったらしい。各地で戦いが巻き起こっていた。
聖王は神妙な様子で、粛々とマーガレット陛下の要求に応じていた。聖都の聖騎士たちは武装解除し、武器も鎧も身につけずにいた。
彼女たちは抵抗する気配をまったく見せない。ずっと肩を落とし、うなだれていた。ただ、私の姿を見かけるとぎょっとして硬直する。
そしてしばらくすると、そそくさとどこかへ行ってしまうのだった。
聖都は魔王軍によって占拠されている。城内はもちろん、大通りや広場を武装した魔族や魔獣、魔物たちが我が物顔で闊歩していた。
やはり魔王軍への嫌悪感が強いようで、店で買い物をしたり、食事をしたり、酒を飲んだりする魔族たちを、聖都の住民は苦々しい顔で見つめていた。
別段、魔族たちは暴れているわけでも、住民を威圧しているわけでもない。
私が「手荒なことはしないように」と言った影響なのだろう。魔王軍は聖都で問題を起こさないよう、極力気を使っている様子だった。
子供たちが悪ふざけで魔物にちょっかいを出したときなど、上官である魔族が青い顔で親御さんに土下座していた。怪我をさせたわけではない。魔物はただ、子供たちのほうに顔を向けただけだ。
だが、相手がびっくりして泣いてしまったのだ。で、上官がすっ飛んでやってきた。
申しわけありません! と上官は地に頭をこすりつけた。
泣きじゃくる子供たちとその両親は、不気味なものを見る目で魔族をながめている。私はたまたま現場に居合わせた。
すると、上官は私にも土下座し、「今後はこのようなことがないよう精進いたしますので、どうか、どうか……!」と懇願してきた。
「いや、別に処罰とかしないから」
と言ったのだが、相手は聞き入れる素振りを見せない。仕方がないので親子に顔を向けると、こちらも話を聞く姿勢をまったく見せなかった。
「お許しください! まだ分別のつかぬ年頃なのです! よく言って聞かせますから……!」
と泣くのだった。
私はなにを許せばいいの? 言い聞かせるってなにを?
私が困惑していると、どこからともかくウェデリアが現れた。
「プリム陛下は寛大だ。だが、その寛容さに甘えていいわけではない……わかるな?」
もちろんでございます、と上官と両親たちは声を揃えた。
親御さんは子供たちの頭を押さえ、一緒に土下座している。ウェデリアは鷹揚にうなずいた。
「うむ。では今後、陛下をこのような些事でわずらわせないように」
はい、と言って彼女たちは嵐のように去っていった。
「なにやってるの?」
私が訊いた。ウェデリアはとびっきりの笑顔で答えた。
「プリムさまに代わって、威厳を示してます!」
「あなた、虎の威を借る狐って知ってる?」
「プリムさまはお優しい虎だから安全ですね!」
「そういう問題じゃない!」
「あと、マーガレット閣下から『できるだけ偉そうにしてろ』って言われました!」
「そっかぁ、陛下の指示かぁ……というか、さらっと陛下じゃなくて閣下になってる」
「宰相は陛下じゃなくて閣下だって言ってました!」
「そうね。正しいけど間違ってるわね」
私はため息をついた。押し切られて条約にサインしなければ……と思うが、今さら悔いても遅い遅い。後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
なんという含蓄のある言葉だろう。
私はこのことわざの意味を、胸の奥でこれでもかと噛みしめていた。
あとで陛下あらため閣下に訊くと、ウェデリアは私直属の部下、という扱いになっているらしい。上に立つものとして、相応に威厳のあるところを見せないといけないのだそうだ。
あまり下手に出ると、仕える側が困惑するから……と。
私は公爵令嬢かつ王位継承権持ちだが、人の上に立つとは思っていなかったので、その手の心得はまったくない。が、ウェデリアのほうはそういった才能に恵まれているのか、楽しそうにこなしていた。
デイジーやリリー、シスルは面倒くさがって人前に出ようとしない。
本来なら教師という立場で私たちを教え導く(そう、一応まだ、私たちは学園に所属していた)ダリアとアイリスは、私たちに関わろうとしなかった。
形式上はウェデリアと同じ幹部という扱いなのだが、マーガレット閣下の側近という感じだった。補佐役として忙しく動きまわっている様子だ。
ただ、私と出会うと「仕事があるから」と避けられている印象だ。