第7話 聖王国最大の切り札だったが、びっくりしたの一言で終わる
デイジーは優しげな微笑みを浮かべ、まっすぐにシスルを見据えた。
「ダメですか?」
「主人だろ!? お前、『王位継承者の従者』として、信用できるからってんで選ばれたんじゃねぇのかよ!? 手の出し方が犯罪っぽいんだが!?」
「行けるかなって思ったんで、つい……」
「お前、普通に最低だな」
「でもお嬢さま、めっちゃ喜んでましたが。最終的にノリノリでしたが」
「正当化すんなや!」
「まぁ聞いてください、シスルさん。お嬢さまは本質的にヘタレなんです」
デイジーはため息をつくと、真剣な調子で語りはじめた。
「悠長に手を出されるのを待っていたら、いつまで経っても前に進みません。それに最初の一歩さえ踏み出してしまえば、お嬢さまはやっているうちに楽しくなってしまうタイプでもあるんです。やむを得ない処置だったんですよ」
「真顔でなに言ってんだ……?」
悲しげに語るデイジーを、シスルは呆れた様子でながめた。それから、彼女は漫画雑誌をテーブルに放り投げて立ち上がった。
「ともかく、行くならさっさと行こうぜ。あたしやリリーは見てるだけだろうけど」
「そこは『あたしらに任せとけ!』とか言ってくれないの?」
シスルは手を横に振った。
「どうせお前とデイジーのいつものコンボだろ? 皆殺しにしてから蘇生して、んで相手がビビって戦意喪失する流れ」
「そうなるとは限らないじゃない!」
なった。
もしかしたらものすごく強い相手がいて、とんでもない苦戦を強いられるんじゃないかと戦々恐々としていたのだが、思いのほか簡単に事が運んだ。
これといったトラブルもなく、怖いくらい順調なすべり出しだ。
そもそも魔族すべてがあっさり軍門に降ったのが、私にとっては意外だった。シスルの言うとおり、降伏を受け入れられず、抵抗する魔族もいると思ったのだ。
しかし、蓋を開けてみれば、そんな軍勢はいなかった。反抗的な態度をとるものはおらず、忠犬のように従順だった。
メソン大陸に向かう前、一応ヒュスタトン大陸の様子を見ておこう、という話になった。それで各地をまわったとき、私の力を見せてほしいと頼まれた。
彼女たちの望むことを私はやった。特段、難しい要求はなかった。
海を割ってほしいとか、山を崩してほしいとか……。
中には「本当に火炙りになった状態で戦えるのか?」といった、普段――といっても、リリーやシスルの忠告で最近やっていなかったが、ともかく日常的な訓練風景を見せるだけで納得する者すらいた。
私は要望に応じて、一太刀で海を真っ二つに斬り裂いたり、闇の大魔術で山を消し飛ばしたり、火だるまになった状態で一時間ほど戦闘訓練を行なったりした。
ほかにも、自分たちと戦ってほしい、という要求もあった。
ハプニング的なものといえば、聖王国から超長距離攻撃をされたことくらいだろうか。一万キロ以上も離れたヒュスタトン大陸中部に、大規模な魔術攻撃を仕掛けてきたのだ。
それも、わざわざ聖騎士が海を渡って私たちの位置を確認した上で、だ。
聖騎士曰く、光の柱が天から降りそそぎ、半径一〇〇キロを灰燼に帰し、衝撃波だけで一〇〇〇キロ圏内の建物が全壊するという。
聖騎士の言葉どおり、ゆるやかな放物線を描きつつ、巨大な光の柱が上空数万メートルの高度から落ちてきた。
だが、着弾まで何十秒もかかったので、対応自体は簡単だった。
まず、デイジーに全力で補助魔法をかけてもらい、能力を徹底的に強化した。その後、私は闇の大魔術を二〇〇以上ぶっ放しつつ、闇属性の魔術剣を何千と連発した。
光の柱は、二〇〇を超える巨大な闇の龍と激突して勢いを失った。さらに聖剣の刃から放たれた幾千もの真っ黒な斬撃によって、ばらばらに引き裂かれる。
「びっくりしたわね」
突然、はるか彼方からすさまじい魔力が迫ってきたのだ。
さすがの私も、あれ? 私たちのほうに向かって来てる? と少しばかり焦った。
「今のを『びっくりした』の一言で済ませんな!」
シスルが叫んだ。
「つか大魔術って、んな連発できるようなもんだったっけ!? 聖剣で力が跳ね上がってるとはいえ、秒間六発くらいの勢いで連射してなかったか!?」
「え? でもみんなこのくらいやってなかった? リリーとか、光の下級魔術を十六連射とか、六十連射とかしてたじゃない」
「下級魔術と大魔術を同じに扱うんじゃねぇ!? つーか剣のほうもおかしいだろ! 即死級の技を大魔術と一緒に連発すんなや! どんだけ超強化されてんだよ!?」
「ダメだった?」
「いえ、素晴らしいです!」
ウェデリアが口をはさんだ。
「この調子で、聖騎士たちも蹂躙しましょう!」
女王も満足そうにうなずいていた。
「うむ。力の差を見せつければ、それだけ降伏させやすいからな! 素晴らしいぞ!」
「つーかマーガレット陛下はともかく、ウェデリアはなんでこいつになついてんだよ!? おかしくねぇか今さらだけど!」
シスルは私を指さした。ウェデリアは目を輝かせる。
「美人で強くて恰好良いとか、憧れる要素しかないじゃないですか!? 私もこんなふうになりたいです!」