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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第4章 聖なる乙女の覇者
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第6話 押しに弱くてぐいぐい来られると断れない

 私はテーブルに突っ伏してだらりと腕を下げ、死んだようにその場に留まっていた。扉の開く音がしたので目を向けた。


 掃除用具を持った魔族の姿が見えた。私と視線がかち合うと、彼はびくりと一歩退いて、慌てた様子でどこかへ去っていった。


 しばらくすると、魔王がやってきた。私のそばに立つと、彼女はいつもどおりの感情を抑えた声音で話しかけた。


「何かございましたか、陛下」


「陛下じゃないです」


「ご希望があれば、なるたけ叶うように努力いたします。陛下」


「陛下じゃないです」


 いつの間にか、外堀が埋められている。私が「皇帝陛下」になっている。聞けば、魔界とアルファ王国だけでなく、ヒュスタトン大陸各地も「私の国」になっていた。


「メソン大陸攻略は遅れていますが、戦力の要であった聖女はこちらの手にあります。なにも問題ないでしょう。聖剣も我々が所有しており、敵は精神的支柱を失いました。ガンマ帝国に動きはないようですが、今後も監視は続けます」


 横で聞いていたリリーが言った。


「これ、わたしたちが魔王軍側についたと思われるんじゃないかな。魔王軍の攻撃、まったくゆるんでないわけだし」


「そのとおりじゃないの!? どうすんのこれ!?」


 ようやくヤバい事態だと気づいて、私は狼狽した。


「直接行けばよいのではないでしょうか!」


 聞き慣れない声がした。見れば、ウェデリアが右手を元気よく上げていた。まるで子犬のようだ。期待に満ちた笑顔で私を見つめている。


「面倒くさいんで、ぶっ飛ばしちゃいましょう!」


「また、過激なやつが出てきたな」


 シスルが漫画雑誌を読みながらつぶやいた。最近、魔界で流行っているらしい。


「もうここまで来たら、そっちのほうが早いんじゃねぇの?」


「大丈夫なのそれ!? 私、暴れちゃっても平気!?」


「今さら体裁とか気にしても遅いだろ。天下無双の女帝さま、って印象を与えちまってるんだから。変更不可だよ」


「まだ女帝とは知らされてないはずでしょ!? サインしちゃったけど!」


「通信魔法で、プリムローズ陛下に服従した、と布告済みです。アルファ王国も同じく、支配下に入ると宣言しています」


 魔王が言った。


「初耳なんですけど!?」


「別段、お耳に入れなければならない情報でもありませんでしたので」


 魔王は淡々としていた。


「私の意志を無視して話が進んでいく……!」


「しかし、条約に署名なされたのでは? はっきり書いてありますが」


「そうでした!」


 確かに書いてあった。速やかに、プリムローズ・フリティラリアが主となったことを布告するように、と。


 だが、ついさっきサインをしてすぐさま行われるとは、なんというスピード。お役所仕事なんだから、もっとスローでもいいのではないか。


「じゃあ、行きましょうか」


 座っていたデイジーが、ふわりと浮かび上がった。


「とりあえず、聖王国まで行って蹴散らして、ガンマ帝国つぶしましょう」


「決断早すぎじゃない!?」


「すみません。思ったより振り回されてるお嬢さまが面白くて」


「わりとひどい理由!」


「でもここまで来ちゃったら、いっそ行くとこまで行ってしまえばいいのでは?」


「他人事だと思って……」


「当事者じゃないですからね。私もリリーさんもシスルさんも」


 デイジーは楽しげに笑った。


「あれだけ嫌がっていた魔王討伐だって、結局行くことになったんですから。抵抗しても無駄だと思いますね。むしろ、さっさと終わらせてしまったほうがよいかと」


「でも、皇帝って……私のガラじゃないわ」


「魔王討伐だって、お嬢さまの思い描く『理想の自分』から、だいぶかけ離れていたのでは? それにたぶん傀儡というか、祭り上げるための対象がほしいだけでしょう? 実務的なことは、いっさいやらせないと思いますよ」


 私は少しばかり黙った。


「それもそうね! じゃあ、皇帝やっちゃってもいいかしら?」


「お前ちょっと単純すぎじゃねぇ?」


 シスルはページをめくりながら言った。


「ダメかしら?」


「いやまぁ、グダグダ言われるよりゃ、いいんじゃねぇの?」


「ちなみに私が皇帝やることについて、思うところはないの?」


「順番逆だろ!? なんで決意してから訊くんだよ?」


「だ、だって、よく考えたらサインしちゃったし……。なんか無理っぽいから」


 今さら間違いです、とは言えなそうな雰囲気だ。


「プリムさんって、意外と押しに弱いよね」


 リリーが言った。


「ぐいぐい来られると断れないというか」


「お嬢さまは存外ヘタレですからね。初めてのときもそうでしたよ。口ではダメとか言いつつ、結局本気で抵抗しないというか」


「ああ、そういやデイジーから手ぇ出したって――ってちょっと待てぇ! なんか犯罪臭がするんだが!?」


 シスルはびっくりした様子で顔を上げた。

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