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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第4章 聖なる乙女の覇者
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第5話 プリムさん、うっかりサインしてしまう

 絶対に死にたくない女王陛下は、魔王と長老会を相手に交渉を進めた。


 私たちとの話し合いが一段落したあとのことだ。女王は、魔王軍をそのまま自国――つまり、アルファ王国の傘下に収めようとしていた。


 私は半信半疑だったが、女王は絶対に聖王国やガンマ帝国と戦争になると思っているらしい。魔王軍はそのままヒュスタトン大陸に駐留させ、聖王国との戦いも続行……。


 完全に、私たちがメソン大陸とプロートス大陸を支配する前提で話し合っていた。


 魔王軍や城下町に住む魔族たちの反応は、あっさりしたものだ。てっきりもっと反抗されるかと思っていたのだが、彼らはごく自然に降伏を受け入れた。


 女王が交渉しているあいだ、私たちは暇だったので城下町を散策した。


 魔族や魔獣たちは、私にむかって平伏した。攻撃したり、文句を言ったりする輩は一人もいなかった。思いのほか、従順な種族らしい。


 お上の決定には粛々と従う様子だ。


「やはり、四天王トップを易々と下したこと! さらに魔王城を崩壊させたのが大きかったようだな! 素晴らしい脅しだ!」


 女王は豪快に笑った。そして、彼女は書類を一枚、私に差し出した。修繕途中の魔王城の一室で、私がお茶を飲んでいるときのことだ。


「なんですか、これ?」


「条約締結のためのサインだよ。本当は御璽もほしいところだが、やはりデザインは世界を制したあとで、じっくり決めたいと――」


「なんで私が書くんですか?」


「もちろん、プリムローズ・フリティラリアの署名が必要だからだ」


「アルファ王国の君主は、マーガレット陛下ですよね?」


「私はもう退位した身さ……。そう、今の私は『アルファ帝国初代皇帝プリムローズ陛下』の忠実なる宰相マーガレットだ」


「なに言ってんですか!?」


「名前は『フリティラリア帝国』とか『プリムローズ帝国』のほうがよかったか?」


「違います! 名称について文句があるわけじゃありません! なにをしれっと退位してるんですか!? 勝手に私を皇帝にしないでください!」


「しかし、前も言ったがほかに適任者はいないぞ? 身分的にも、王家の血を引く公爵令嬢と、平民のリリーやシスル、子爵令嬢のデイジーでは――」


 私はばんばんとテーブルを叩いた。卓上に置かれたデイジーたちのカップが揺れる。


「陛下がいるじゃないですか!」


「私はダメだ。聖剣の使い手じゃないし、名声もそこまで高くない。なにより!」


 と、女王は私に顔を近づけた。


「死ぬのは『アルファ王国女王マーガレット・ハイアシンス』だ! ならば私が退位して、ただのマーガレットに戻れば死なない可能性が――!」


「この期に及んでまだそんな心配してるんですか!? あなた、皆伝持ってて大魔術も使えるんですよね!?」


「もちろんだ! 殺されないよう、懸命に努力してきたぞ! アルファ流剣術の皆伝に、地水火風と治癒と無属性の大魔術が使える!」


「完全にぶっ壊れキャラじゃないですか! 完全に『英雄』の隠しキャラ並みの戦闘力じゃないですか! どうやったら死ぬんですか!」


「それ、お嬢さまが言うんですか?」


 デイジーが口をはさんだ。シスルも頬杖をつきながら、


「すげーなぁ……さすが女王サマ。あのプリムに常識的なこと言わせてやがる」


 リリーがくすくすと笑った。


「まぁプリムさんも、今回の旅でだいぶ常識を身につけたということじゃないかな」


 シスルはちょっと考えるように顎に手をおいた。


「確かに……。別にプリムもアホじゃねぇしな。一応、ちゃんと言われたことは理解してるし。この女王さまは違うような気がすっけど」


「話がいっさい通じない場合のプリムさんだね」


「なんでそんなに落ち着いてるの!?」


 私が必死で訴えると、デイジーがゆっくりとお茶を飲んでから言った。


「突拍子もないこと言い出すのは、お嬢さまで慣れてますから」


「ちょっと待って!? みんなから私ってこう見えてたってこと!?」


「そのへんは自覚なかったのかー」


 シスルが天井を見ながら、どうでもよさそうに言った。


「わけわからん行動力持ってる、って点ではよく似てるよなー」


「嘘でしょ!?」


「マジだぜ」


 嘘でしょ……私は内心で頭を抱えた。女王は笑顔で書類を差し出してくる。


「さぁ、サインをくれ。でないと条約を結ぶことが――」


「イヤです!」


「女王さまの最後の命令だから! これで終わりだから!」


「撤回してください!」


 私は粘った。なんとか説得しようと試みた。だが、ダメだった。どうしようもなかった。三時間に及ぶ討論の果てに、私が得られたものはなにもない。


 あきらめて署名すると、彼女はうれしそうな笑顔でスキップしながら帰っていった。

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