第2話 全然の話の通じない女王さま
リリーは口を開こうとした。
だが、女王は片手をリリーの前に突き出して、言葉を止めた。
「わかっている! 皆まで言わないでくれたまえ! 君たちの疑問と戸惑いはよくわかる! なぜ終盤であっさり死ぬモブキャラがこんなところにいるのか? 同じ状況に立たされたら私だって戸惑うだろう!」
え? この人、死ぬの?
私はデイジーやリリーやシスルを見たが……もちろん、彼女たちも『聖なる乙女の覇者』なんてゲームのことは知らない。
なんのことか、さっぱりわからなかった。
わかっているのは、目の前の女性がひどく興奮して、こちらの様子など一顧だにしていないという事実だけだった。ただ、まわりの人間はさすがに感づいている。私たちに戸惑いの視線を送ってくる。
どういうわけか、ウェデリアだけは目を輝かせて私を見つめているが。
なぜ、彼女は私に尊敬の眼差しを向けてくるのだろう? それとも、これは単に自意識過剰なだけで、もともと彼女はこういう目つきなのだろうか?
私たちの困惑をよそに、女王の演説は続いた。
「だが、私の恐怖も理解してほしい! 私は常に最善手を打ち続けてきたつもりだ! 君たちだってそうだろう? なにせ魔王を討伐できなければ、スタート地点に立つことさえできないのだから! そして!」
と女王は、相変わらず無表情を貫く魔王を見た。動じない女だった。女王の唐突な登場や語りに、いっさい動揺していない。落ち着き払って事態を見守っている。
「今回は魔王軍を無傷で降伏させた! すなわち、魔王軍を支配下に置くことが可能となった! いいぞ! これで我がアルファ王国が世界を制する――!」
そこで女王はハッとした顔で、咳払いをした。
「いやいや、勘違いしないでくれたまえ!」
女王は芝居がかった調子で、また語りだした。
「私の動機は保身だ! 死にたくない、というシンプルな想い! それだけが目的だ! だが一方で、私は女王でもある! アルファ王国を預かるものとして、やはり国の繁栄を願わずにはいられない! ゆえに!」
彼女は両腕を大きく広げると、正面から私を見た。
「プリムローズ・フリティラリア! 王位継承権を有する君こそが、世界の覇者たるにふさわしいと思っている!」
デイジーが私の耳元でささやいた。
「『困ったなぁ……。すごく厄介なことに巻き込まれてるぞ、私……』」
「いつから読心術が使えるようになったのかしら……?」
「お嬢さまの考えてることくらい、わかりますよ。もういっそ開き直ってはいかがですか。神輿を担ぐ気まんまんみたいですけど、この女王さま」
「精一杯の抵抗はするわよ?」
私は静かに息をつくと、うるわしの女王陛下に言った。
「待ってください、陛下。私の王位継承権は大変低いものです。なにより――」
「いや! 君でなければならないのだ、プリムローズ!」
女王はリリーを手で示しながら言った。
「確かにゲーム本篇では彼女こそが主人公! つまり、世界の覇者となる女……! しかし、だ!」
ここで女王は私にぐっと顔を近づけてきた。
「現実的に考えて、それは難しいのだよ! まず、彼女は平民だ! アルファ王国の王となる血筋を有していない! 第二に名声! 確かに彼女も音に聞こえた使い手だ! しかし!」
ここで彼女は私に背を向けた。
「その評判もプリムローズ・フリティラリア! そして、その従者たるデイジー・ロータスの輝ける光の前では霞んでしまう! 第三に!」
と彼女は指を三本立てながら、振り返って私を見た。
「現実の彼女は聖剣の使い手ですらない! 世界を救う英雄ではないのだ! あくまでも『英雄の仲間』という立ち位置! そんな彼女が世界を統べるのは難しい――そう結論づけざるを得ない!」
女王は真剣きわまりない目を私に向けた。
「君しかいないのだよ、プリムローズ! プロートス大陸はもちろん、メソン大陸やヒュスタトン大陸にまで鳴り響く圧倒的な名声!」
踊るようにステップを踏んで、彼女は私の持つ聖剣を指先で軽く弾いた。
「聖剣の使い手という唯一無二の存在! そしてアルファ王国王家の血を引く正統なる血統……! すべてが君を覇者にするために用意されている。いやいや!」
女王は笑った。
「わかっているよ、プリム……。君は表面上、遠慮してはいるが、実のところこの状況を狙っていたのだろう?」
仕方のないやつだ、と言わんばかりの表情だった。
「幼き頃からの鍛錬により、圧倒的な力を身につけ、神竜と戦い、武勲を高める……。聖剣の使い手となり、魔王軍を傘下に収め、世界を制する……!」
女王は愉快そうに笑った。
「ふふふ、確かに言葉にすると高慢きわまりないな! 我こそ世界の支配者であると! だが、君はそれにふさわしい実力を示している! 安心したまえ、プリムローズ! 謙遜する必要などないのだよ! 君こそ世界の覇者だ!」
ダメだ、話が通じない――私は早くも挫けそうだった。どうあがいても結果は変わらない。そう宣告されているかのようだ。私は肩を落とし、地面に手をついて倒れそうだった。
リリーが割って入らなければ、たぶん本当に倒れていただろう。
彼女は埒が明かないと思ったらしく、強引に女王の肩をつかんで自分のほうを向かせた。本来なら、不敬罪に問われてもおかしくないような暴挙だ。
だが、私はもっとやってやれ! と思っていた。