第31話 魔王城を崩壊させたらなんとかなった
「はじめまして。艶麗王です」
先頭の女が言って、叮嚀に頭を下げる。
「えんれい?」
私は聞き返した。
「今代魔王と言い直したほうがよいでしょうか」
ああ、とシスルが得心した顔で言った。
「『なんとか王』って呼ばれてんのか。そういや艶麗歴とか報告書にあったな」
「元号のようなものかな?」
とリリーが言った。私はあらためて魔王を見た。
艶麗王と呼ばれるだけあって、確かに若く、見目うるわしい。美容魔法が存在する世界ではあるが、その中でも特に素晴らしい美貌の持ち主だった。
「それで、なんの用かしら? あなたの一存で、すべてを決められるわけではないようだけれど?」
「こちらへ」
と言って、魔王は歩き出した。私たちはいったん顔を見合わせると、彼女について行った。案内されたのは、会議室と思しい場所だ。
それなりに年を召した魔族たちが、侃々諤々と言い争っていた。
「そもそもお前が……!」とか、「わしは反対したのだ!」とか、「最終的には折れていただろうが!」とか、「奴らの力が本物かどうかわからん!」とか、なにやら盛大に怒鳴り合っているのだった。
これが長老会らしい。
「どうぞ」
と、魔王は私をうながした。
「え? 何が?」
魔王は無表情のまま首をかたむけた。
「噂によると、殺してから生き返らせて、相手の心を粉々に打ち砕くと聞きましたが」
「どこの噂!?」
「お嬢さま。要は停戦のきっかけになるようなことをやってくれ、という意味では?」
「え? そうなの?」
私が訊くと、魔王は目を閉じた。無感情な声音で彼女は言った。
「ご自由にどうぞ」
「えーと……」
私は少し考えてから、聖剣を抜き放って思い切り振り下ろした。
強烈な一撃で、城が真っ二つに両断される。天井と床がきれいに切断され、衝撃波で壁が吹き飛ばされていった。まるで大爆発が起きたようだった。
窓ガラスが飛び散り、柱も砕け散り――支えを失った城は、ゆるやかにかたむいたあと、轟音を響かせながら崩れていった。
同時にデイジーの回復魔法が飛んで、私の攻撃で引き裂かれ、あるいは衝撃波で押しつぶされ叩きつけられた人々が元通りになっていく。
城そのものが崩壊しているため、人々は瓦礫と一緒に落ちていった。デイジーは風魔法で対象を浮かし、怪我をしないようにゆっくりと地面に下ろしていく。
私たちはそのまま落下し、普通に着地した。
当然ながら、私たちのいる足場も崩れてしまったからだ。瓦礫やら肉塊やらに混じって、生きた魔族や魔獣、魔物など色々なものが降ってくる。しかし死者はいない、怪我人も。
デイジーが治したからだ。
私は長老会と思しい人たちに近づいていった。私の一撃で真っ二つになった者もいれば、攻撃を喰らわず落下した者もいる。だが、やられていようといまいと、デイジーの魔法により無傷だ。
彼らは皆、唖然とした表情で私を見つめていた。私はどう声をかけようか迷った。魔界の流儀など、私は知らない。そこで、先程の魔王の言動を参考にした。
「はじめまして。プリムローズ・フリティラリアです」
貴族令嬢らしく、優雅に一礼してみせる。
「アルファ王国より魔王討伐を請け負った者……だけれど、『魔王軍を降伏させられるなら、やり方は自由』とちゃんとお墨付きをもらっていますわ」
さぁ、どうされますか? と私はにっこり微笑みかけた。
すると、長老会の一人が突然嘔吐した。さらに二人が胸を押さえ、息ができずに苦しみ始めた。残りは、私に向かって大急ぎで土下座をして震えていた。ガチガチ歯を鳴らす音が聞こえる。
うしろから、シスル、リリー、マリーゴールドの会話が聞こえてくる。
「こういうことやってっから、ヤベー奴って評価が消えねぇんだよな」
「でも今回はそれに助けられた形だし、いいんじゃないかな。正直、こういう人じゃないとうまく行かなかったと思うよ」
「そりゃそうだけどよ……。でもいきなり王城ぶった斬った上で、あんな殺気飛ばす必要あったか? 脅すにしても、わざわざやべぇ魔力を放出しなくてもなぁ。全体にやりすぎっつーか……」
「聖剣の使い手は好きに行動していいです! アーちゃんもそう言ってるです!」
「……あの聖剣、子供には悪影響だな。折るか」
「聖剣を折るのは難しいと思うよ」
「アーちゃんは悪くないです! 正直マリーも、プリムローズさまは遠慮しすぎだと思うです! もっとやりたい放題やっていいと!」
「子供って意外と残酷だからね」
私は背後を振り向いた。
「ちょっと……仲間内での私の評価がひどいことになってる気がするんだけど?」
「自業自得だろ? ともかく、長老会の連中は全面降伏してるっぽいし」
シスルは魔王を見た。彼女は相変わらず黙ったまま、表情も変えずに突っ立っている。そして私たちの視線に気づくと、彼女は無言のまま歩き出し、土下座する長老たちにこう告げた。
静かな、抑揚のない、感情のない声音だ。だが、その響きには有無を言わせぬ迫力があった。
「魔王軍は降伏する」
仰せのままに……と、長老たちは頭を地にこすりつけたまま言った。そして彼女は私に向き直り、ひざまずくのだった。