第30話 ノープランで魔王城に突撃した挙句、困っているプリム一行
神殿といっても、立派な建物があるわけではなかった。
ストーンヘンジのように巨大な岩が円状に立ち並んでいる。ヒュスタトン大陸は幕末から明治時代初期を思わせる場所だそうだから、ちょっと異質に見える代物だ。
中央に、直径五メートルほどの淡い光を放つ球状の物体がある。
強大な魔力を感じる。テレビのようにどこか別の場所の風景を映し出していた。魔界の光景だ、とラオカは言った。私の想像とだいぶ違っていた。
魔界というから、てっきりもっとおぞましい……とまでは言わないが、薄暗くて陰気な場所だと思いこんでいたのだ。
ところが、映し出された景色はきれいなものだった。間近に白い花が咲いていて、草原がずっと続いている。遠くには緑の山々と青い空があって、牧歌的な雰囲気をかもし出していた。
実際に魔界へ行っても、その印象は変わらなかった。
ラオカはまっすぐに進み、球状の物体のなかに入った。見たとおり、ここが出入り口なのだ。私たちは足を踏み入れた。
すると、あたたかな春の陽気とそよ風が感じられる。振り返ると、先程まで私たちがいた神殿の光景が目に入った。魔王軍は相変わらずじっとしている。
追ってくる素振りさえ見せなかった。
ラオカは竜になった。私たちは背に乗って、魔界を飛んだ。眼下に広がる景色は、私たちの世界と同じものだった。
平原、山々、谷、川、森……遠くには海や砂浜も見える。空に目を向ければ、白い雲がたなびき、太陽が魔界全土を照らしている。編隊飛行をする鳥の姿もあった。
ラオカは魔界の空を舞い、遠方に見える城にむけて飛んだ。
そこが魔王のいる場所、最後の目的地だった。魔王の居城オメガは、高く分厚い城壁と水堀で囲まれていた。城下町もあり、幾人もの魔族が通りを行き交っている。
家は、木造のログハウスのような一軒家が多く見受けられる。魔獣や魔物の姿もあった。
ラオカが接近すると、魔族や魔獣、魔物たちが一様に空を見上げて私たちを指さした。城のほうでも騒ぎが起きていた。近づいてくる私たちを見て、何事か言い争っていた。
武器を向けようとする者と魔術を撃とうとする者、それを止めようと相手の腕や肩をつかんで首を振る者の二種類がいた。
ラオカは、今まさに争いが起きているバルコニーに突っ込んでいった。
空中で人型になり、いの一番にバルコニーに着地する。私たちも続いた。武器を手にした魔族たちは、一歩前に飛び出した。
だが、それ以上は進めず、彼女たちは攻撃態勢のままその場に留まった。苦悶の表情で汗を流している。
「魔王は?」
ラオカが訊いた。返答はなかった。私たちを見て、ただ黙っている。
だが、一人だけ動くものがいた。そいつは私の隣にいたデイジーに近寄り、ナイフを突き立てようとした。
しかしもちろん、デイジーがその接近に気づかないはずもない。距離一メートルのところで、彼女は風の刃に引き裂かれてばらばらになった。
マリーゴールドがびっくりした顔をし、シスルが彼女の目を手で覆って隠した。
「おい! 子供にスプラッター映像を見せるな!」
「あ、殺したらまずいんでしたっけ?」
デイジーが相手を復元しながら言った。
「そういう問題じゃねぇ!?」
私は硬直する魔族たちに目を向けた。
「そういえば、どうするかは決めてなかったわね。魔王――じゃなくて長老会というか、主戦派を止めるという話だったけど……どうやって停戦させたらいいのかしら?」
作戦は? と私はリリーやシスルに目を向けた。
しかし彼女たちも具体案は思い浮かばないようで、互いに顔を見合わせるのだった。デイジーが、うしろから私の肩に顎を載せて、上目遣いに見た。
「どうするんですか? 完全にノープランなんですけど」
「そうね……。どうしようかしら?」
私は困った。ラオカが上品に笑う。
「面倒なら、その長老会とやらのメンバーを皆殺しにすればよいのではないか?」
「殺しただけで止まります?」
「さて? それは我の関知するところではないな」
「じゃ、ダメですよ」
そのとき、靴音が響いた。誰かが近づいてくる。やってきたのは四人の魔族だった。一人は堂々たる足取りで先頭を歩いている。表情からは、なんの感情も読み取れない。
ただ、まっすぐに私たちのことを見つめてくる。
残りの三人は、露骨に焦りと恐怖を浮かべた顔でうしろを歩いていた。私たちを見ると、ぎょっとした表情で立ち止まる。
だが、先頭の女がなんの躊躇もなく向かってくるので、彼女たちも仕方なく……といった調子で近づいてきた。