第27話 魔神と認識されているプリム
「数十体のドラゴンと聖都に来て、一悶着あった上で聖剣をゲットするんですから」
「そういやそうだったな……。で、どうすんだよ。ぶっ飛ばして進むか?」
「へぇ、意外ね。シスルの口からそういう発言が出てくるなんて」
私の言葉に、シスルは目を丸くした。
「あたしはプリムの反応にびっくりだよ。てっきり『面倒だから蹴散らしましょうか』って言い出すかと思ってたわ」
「私だって学習するのよ? 竜の巣とかメーちゃんの部隊とか相手に暴れたの、あれ結構まずいことなんでしょ?」
私は自慢げに人差し指を立てて言った。
「ここは穏便に――」
「どうやって?」
私は黙った。シスルは半眼でじっと私を見つめてくる。
私は目をそらすように辺りを見回した。聖騎士たちの包囲網は、すでに完成していた。彼女たちは剣を抜き、油断なくこちらをにらんでいる。
さすがに私たちに刃を突きつけるようなことはなく、切っ先は地面を向いている。だが明らかに、これから一戦まじえることになりそうだ……と覚悟を決めた表情をしていた。
「離脱して、こっそり盗み出すとか?」
「強盗から窃盗にジョブチェンジか?」
シスルが言った。リリーが苦笑いで応じる。
「凶悪犯から普通の犯罪者になったね」
「そもそも罪を犯さないという発想にはならねぇのか、こいつ」
「なによ! だって割とどうしようもないじゃない! ほかに方法ある!?」
「そこでキレるなよ……」
シスルは呆れた様子でため息をついた。猫耳としっぽも一緒に伏せられるが、耳のほうはすぐにぴんと立って、辺りを探るように動いた。
「そもそもなんでこんなに警戒されてんだ? まずはその理由を知るほうが先決だろ? いくらプリムとデイジーが無茶苦茶やった実績あるっつっても過剰反応だろコレ」
確かに、とリリーが包囲する騎士たちに見ながら言った。
「最初から敵と見なされているみたいだ」
「ドラゴンと揉めてたらしいですし、ラオカさまと一緒だからじゃないですかね?」
デイジーが言った。リリーは首を横に振った。
「違うよ。だって明らかにわたしたちを警戒してるんだから。竜が原因なら」
リリーは貴婦人姿のラオカに目を向けた。
「彼女を見るはずだ」
ラオカは口元を手で隠して、上品に笑った。
「直接訊いてみたらどうだ?」
ラオカは聖都オミクロンに顔を向けた。
見れば、豪壮な馬車が城門を出たところだった。周囲を腕利きと思しい聖騎士たちが守っている。馬車は軽やかな足取りで跳ね橋を渡り、魔王軍が蹴散らされたばかりの草原を進んだ。
馬車は私たちの前までやってくる。
周囲の騎士たちは、私たちへの警戒はそのままに、豪壮な馬車に敬意を払うように立礼した。馬車が停まると、騎士の一人が扉を開けた。
中から一人の男性が出てくる。法服を着た男だ。見た目は三十すぎで、私も知っている人物だった。聖王だ。写真で見たことがある。
「彼女が、本当にそうなのかね……?」
私をちらりと一瞥してから、彼はマリーゴールドに問いかけた。
「間違いないです。アーちゃんがそうだと言ってるです」
彼は無表情のまま、黙ってマリーゴールドを見据えていた。
誰も、何もしゃべらなかった。先程までの喧騒が嘘のように、しんと静まり返っている。衣擦れや足音や、鎧の音すらせず、ただ時おり草花が風に揺れる音色だけが響いた。
やがて、聖王はゆっくりと深呼吸をした。
息を吐くとき、彼は目をつぶり、小さく首を振って肩を落とした。マリーゴールドに背を向けると、聖王は馬車へ歩き出した。
「お行きなさい、剣のもとへ」
周囲からどよめきが起こる。だが、聖王はなんの反応も返さなかった。
「お待ちください、陛下! 魔神の手に聖剣が渡るのは……!」
騎士の一人が一歩、聖王に詰め寄る。
聖王は振り返らない。まるで、それが自分の仕事であるかのように、彼は馬車に乗り込みながら淡々と言った。
「剣が選んだ。剣の意志は我々では変えられぬ」
聖王は扉を閉めた。
そして、来た時と同じように馬車は出発させた。騎士たちを連れて、ゆるゆると馬車はオミクロンへと引き返していく。
私たちを包囲していた聖騎士たちも、悔しそうな表情を浮かべながら、一人、また一人と聖王を追っていった。
マリーゴールドの護衛をしていた騎士すら別れの挨拶をして、名残惜しそうに去っていった。
私たちが戸惑っていると、マリーゴールドが言った。
「聖地パイへ行くです。アーちゃんが待ってるです」
「えーと……よくわからないけど、いいの?」
私の言葉に、マリーゴールドはうなずいた。
「マリーもよくわからないですけど『行きなさい』って聖王さまが言ったから、たぶんいいです」
「たぶんかよ。つまり、どういうことなんだコレ……」
シスルが困惑の表情で聖都を見た。
馬車は跳ね橋を渡っているところだった。聖騎士たちも続々とオミクロンへ入っていく。全員が渡り終わると、橋が上げられ、城門も閉まった。
リリーが言った。
「魔神の手に聖剣が……って言ってたから、本当に魔神の生まれ変わりだと思ったんじゃないかな。魔族に連なる存在というか」
「いくらこいつらがめちゃくちゃだからって、そんな根も葉もない噂を信じるか普通?」
シスルは懐疑的だった。だが、リリーは確信めいた様子で答えた。
「聖王国はもともと、初代『聖剣の使い手』が建国した国だからね。『ふさわしい使い手じゃないと絶対にダメだ』って意識が強いんじゃないかな?」
彼女はトントンと自分のこめかみを指先で軽く叩いて、
「外国の……しかも明らかに評判の悪い人間が選ばれるなんて、すごく不名誉なことなんだと思う」
「それであの反応かよ……」
「たぶんだけどね」
リリーは聖都を見た。
城門は固く閉ざされている、何人も通さないように。そして私たちを拒むように、結界の強度が跳ね上がるのがわかった。
「不満だろうがなんだろうが、『かまわない』ってお墨付きもらったんだからいいんじゃないかしら? とりあえず、聖地パイへ行きましょうよ」
私はそう言って、南を指さした。そこに聖剣がある。