第26話 聖剣に選ばれたプリム
「思ったよりもろいのね」
「いや、真横と背後から強襲されたら普通はこうなるだろ? 特にマリーゴールドが撃ったアレ、リリー以上の威力じゃねぇか。無事で済むかよ。つーかアレ喰らって平気な連中なら、そもそも聖都の結界もぶっ壊せるだろ?」
「意外と魔王軍って質は高くないのかしら?」
首をかしげる私に、シスルは呆れたような顔を向けた。彼女は盛大にため息をついて、こう言った。
「……お前の基準で高いか低いかは知らんけど、メーヴィスが四天王筆頭なんだろ? じゃ、あとは推して知るべし、じゃねぇか」
「ああ!」
と私は思わず手を打った。
確かに彼女がトップクラスの使い手なら、魔王軍の力はそれほど高くないという証明になる。時間停止が有効なことから、魔王の戦闘力も低いと見ていい。
「お前やデイジーより強かったら、とっくにプロートス大陸まで来てると思うぞ?」
シスルはそう言って、また地上に目を向けた。残党を追撃する聖騎士たちの姿が見えた。
だが、マリーゴールドは森のそばに佇んで、動こうとしない。彼女はまた空を、私たちをじっと見ていた。まわりの騎士が、いぶかしげにそんな様子を見ている。
「で、どうすんだ? 聖剣を手に入れるんなら、ちょうど巫女さんがいるが?」
「無視して魔界に突入する手もありますけどね」
冗談めかしてデイジーが言った。
「そっちのほうが手っ取り早いかもしれませんよ?」
「いえ、順番は守っておきましょう。ひょっとしたらとんでもないイレギュラーが起こる可能性もあるんだから。それにあの魔術を見るに、マリーゴールドって結構強いでしょ。戦力としても期待できるわ」
「彼女は『英雄』の仲間キャラですからね」
「話はまとまったか?」
ラオカが言った。私たちがうなずき、隠密魔法を解除すると、彼女はゆっくりと降下した。
高度が下がるにつれて、地上が騒がしくなった。追撃していた聖騎士はもちろん、逃げている真っ最中の魔王軍すら一瞬足を止めた。
この大陸の竜たちは、聖王国と揉めているという話だった。
だからだろうか。マリーゴールドに近づいていくと、幾人かの騎士が彼女を守るように走り寄ってきた。だが、マリーゴールドは首を横に振って、自分から私たちに近づいた。
地上に降りながら、ラオカは人の姿になった。空中に放り出された私たちは、それぞれ地面に着地する。
マリーゴールドは私の前に来た。二メートルほどの距離で立ち止まると、彼女は短いスカートの裾をつまみ上げて一礼する。
「お待ちしてたです」
「その反応はつまり、私が聖剣の使い手ということでいいのかしら?」
「はいです」
彼女はうなずいた。まわりから抗議の声が上がる。
「お待ちください! 彼女はいったい何者ですか!」
一番近くにいた聖騎士が走り寄ってきた。私の顔を見て、ぎょっとした表情を浮かべる。
「プリムローズ・フリティラリア……?」
彼女の言葉に、聖騎士たちが警戒をあらわにした。遠巻きに、私たちを囲うように陣形をととのえる。魔王軍を追撃していた聖王国軍も、異状に気づいたらしい。
続々と走り寄ってきて、私たちを取り囲んだ。
「あまり歓迎されていないみたいだけど?」
「それはプリムローズさまのせいだと思うです。マリーは聖剣の言葉を伝えただけですので。聖剣の巫女ですから」
「聖剣って意思持ってるの?」
「マリーには話しかけてくるです。アーちゃんはあなただと言ってるです」
「アーちゃん?」
「聖剣アスプロ・クリノスのことじゃないかな」
リリーが口をはさんだ。
「確か、そういう名前だったよね?」
デイジーを見ると、彼女はうなずいた。私は言った。
「ふぅん……リリーではないのね」
「やっぱりゲームとは違うんだろうね」
リリーは、どうしたものか、と困った様子でまわりの騎士たちを見た。
「あの……なんと言ったかしら。えぇと」
と、私はデイジーに目を向けた。彼女は私に抱きついてきた。
「女神アントスのことですか?」
「そう、それ。女神さまの声が聞こえるわけじゃないのね?」
私はマリーゴールドを見た。彼女は首を横に振った。
「女神の声は聞いたことないです。そもそも本当にいるですか?」
「え? さぁ……」
私が言うと、彼女はいささかがっかりした様子を見せた。
「そうですか……」
「期待はずれだったかしら?」
「いえ……。アーちゃんは、プリムローズさまはすごい人だから、マリーの疑問にもきっと答えてくれるって」
「申しわけないけど、私はそこまですごい人物じゃないわよ? 知らないことも多いし」
「いや、知識はともかく、お前は十分すごい人物だぞ。いろんな意味で」
シスルがどこか疲れた様子で言った。それから彼女はまわりを見て、
「んで、この状況はどうすんだよ? すんなり聖剣もらって魔界へ……ってわけにも行かなそうだが」
「ある意味、ゲームどおりですけどね」
デイジーが、ふふっ、と楽しげに笑った。