第24話 たびたび話題になるが、実際に会ったことはない人物
結論から言えば、ウェデリアの父親は生きていた。
メソン大陸の隠れ里は、山脈と大河と谷と森と草原と高原が複雑に入り混じった場所にあった。上から見るとよくわかる。
大陸南西端に位置するこの隠れ里は、山脈に囲まれた高原にあった。
ここにたどり着くまでに、山や川や谷や森をいくつも越えなければならない。高原そのものの高度は、たぶん五〇〇〇メートルを越えたくらいだろう。
地球だったら森林限界で高木が育たない。だが、ここは異世界だ。地球の法則など無視するように、樹高が三十メートルもある森がいくつも存在していた。
里は川べりにあった。
幅が二十メートルほどの川で、橋がかかっている。対岸に大きな森があった。里そのものは、川から引き入れた水で堀を作り、土嚢を積み上げて壁の代わりにしてあった。
私たちが降りてくると、ちょっとした騒ぎが起こった。が、竜の巣があるだけあって、ドラゴンを見かけることは多いらしい。
子供たちは興奮した様子でラオカを指さして、はじめて近くで見た! と隣にいる親兄弟に話しかけている。
子供たちのあまりのはしゃぎっぷりに毒気を抜かれたか、あるいは逆に頭が冷えたのか、大人たちはすぐに落ち着いた様子で子供たちをたしなめた。
代表らしい、歳をとった壮年の魔族が出てきて挨拶をし、なんの御用でしょうか、と叮嚀にたずねた。
私たちが来訪の理由を告げると、彼は瞬刻、面食らった様子だった。だが、すぐに気を取り直したようで、少々お待ちを……と言って里の者に声をかけた。
ひとりの男が出てきた。頭を下げながら、私たちに小声で、はじめまして、と挨拶をしてくる。どうやら、この男が目的の人物のようだ。
「あんたがウェデリアの親父さんか?」
シスルの言葉に、男は姿勢を正して深々とお辞儀をした。娘が何か粗相をしましたでしょうか? と男は訊いた。
シスルは少しばかり慌てた様子で、
「ああ、違うんだって。その――あんたが無事かどうかを確かめたかったんだ。別にあんたの娘に何かされたわけじゃない……そういや、娘さんは?」
ここにはおりません、と彼は答えた。
しばらく前、魔王軍と聖王国の様子を見てくると言って、出かけたっきりだという。
「捕まってるんじゃねぇよな?」
シスルの質問に、男は首を振って答えた。
ときどき手紙が来るので大丈夫だろう、と。
この里は、完全に外部との交流を絶っているわけではないらしい。月に一度、行商人が情報と物資を持ってきてくれるという。外部でひっそりと暮らす魔族もおり、そういった者たちが新聞や手紙をくれるのだそうだ。
ウェデリアは現在、人間と一緒に行動し、あちこち巡っているという。
外で意気投合したらしい。写真やお土産も送ってきてくれるから、元気そうだと父親は語った。
「それならまぁ……」
とシスルはほっとした様子だ。私は笑った。
「よかったじゃない。お気に入りの子が大丈夫そうで」
「よく考えたら会ったことすらない人ですけどね」
茶々を入れるようにデイジーが言った。
「そういえばそうね」
私は首をかしげた。
「私たちって、たびたびウェデリアのことを話題にしてるけど、実際に会ったことって一度もないのよね」
「というか本人より先に父親と面識を持つってどんな状況だって感じですけどね」
「うるせぇな仕方ねぇだろ出会わなかったんだから!」
まぁまぁ、とリリーがとりなした。
「向こうも『騎士』や『英雄』では関わりのあるキャラだったわけだから、そのうち会う機会もあるんじゃないかな。元気にあちこち旅してるようだし」
「まぁ確かにどこかで会いそうな予感はしますけど」
「私は厄介事にならなきゃなんでもいいわ」
そう言って私は肩をすくめた。