第22話 瞬殺すると相手に強さが伝わらない
「まぁ人に竜の性別を見分けるのは至難の業であろうな!」
「おい、聞いているのか! なんだそいつらは!?」
大きな竜は怒った様子だ。ラオカは笑いをこらえながら答えた。
「前に話したであろう? 例の、我に勝った人間――プリムとデイジーだ。二人の仲間であるリリーとシスルも一緒だぞ」
「勝ったことにするの、勘弁してほしいんですけど?」
私が抗議すると、ラオカは楽しげに笑う。
「別によいではないか。減るものでもなし」
「私の変な噂が増えていくんです! っていうか、ラオカさまの名声は確実に下がってるじゃないですか! 減ってますよ思いっきり!」
「我は気にせん。それに畏敬の念と恐れの感情はワンセットだ」
「どっちもいらないんで返品させてください! 単品注文もしません!」
「おい! 私を無視するな!」
竜が怒鳴り声を上げた。
「貴様に勝ったことなど自慢になるか! そもそもお前は魔王との戦いから逃げた! そんなやつに勝ったところでなんになる!? 魔王を倒すことなど――!」
「方針変更で魔王軍は追い払うが、魔王は倒さぬらしいぞ?」
「なんだ、そのふざけた理由は!? 魔王を倒さず、どうやって魔王軍を駆逐する!?」
「長老会っていうのが――」
私は説明しようとしたが、
「矮小な人間の話なぞ聞いておらん!」
と相手は聞く耳を持たなかった。困ってラオカに目を向けると、彼女は楽しげににやりと笑った。
竜の顔は意外と表情豊かで、思っていることがすぐにわかるのだった。
「ひとつ勝負をして、納得させてやればよいではないか。お主らの実力を知れば、あやつも認識をあらためると思うぞ?」
ラオカの言葉に、長老が大きくため息をついて頭を振った。
「最初からそれが目的か……ラオカミツハよ」
「わかりやすくてよかろう? 人の力を理解すればおとなしくなるであろうし、一石二鳥よ。悪い手ではないと思うが?」
「そのための犠牲はどう考える?」
「犠牲など出んよ、デイジーがいる限りはな」
ラオカは不敵に笑ってみせた。大きな竜は、自分が馬鹿にされたと思ったようだ。
「まさか、そこの脆弱な人間ふぜいに私が負けるとでも――」
「実際苦戦しているのだろう? 聖王国の誇る聖騎士に。力づくで従わせようとしたが、思いのほか相手が強く、うまく行かない――」
「黙れ! 戦いから逃げたものにとやかく言われる筋合いはない! そもそも奴らが我らの戦いを邪魔してくるのだ! ドラゴンに任せておけばよいものを、横からしゃしゃり出てきて鬱陶しい!」
「えーと……やっちゃっていいの?」
舌戦が続いているので、私は竜を指さした。相手は駄々をこねるように空中で手足と翼を動かした。
「何をだ!? 貴様ごとき人間に誇り高きドラゴンが倒せるか!」
「攻撃していいのかしら……?」
「まだ言うか! やれるものなら――」
「あ、やっていいんだ」
私は闇の大魔術を放った、全力で。
仮にもラオカを雑魚扱いしているのだ。かなりの使い手だろう。私は警戒し、本気で撃った。一〇〇〇メートルを軽く超える闇の龍が現れる。
目の前のドラゴンを喰らい尽くそうと、渦を巻きながら突進していく。あらためて見ると、東洋の龍と西洋の竜が戦っているかのようだ。絵になる光景である。
闇の龍は大口を開けて、ドラゴンの体を飲み込んだ。
そのまま勢いを殺すことなく、後方に見える海に突っ込んでいった。山にぶつかりそうだったので、私が方向をそらしたのだ。
何千メートルにも及ぶ巨大な水柱が上がって、大地が激しく揺れた。大気に衝撃が走る。振動した空気が拡散して、山脈の巨樹を大きくしならせた。枝葉が折れそうなほどに揺れ動いて、嵐のような轟音を立てる。
ドラゴンの姿は跡形もなかった。
デイジーの治癒魔法が飛んだ。どうやら喰らった時点で体が吹き飛んでいたらしく、竜はその場で再生した。
気を失っているようで、復活と同時に地面に落ちていった。だが激突直前で気づいたらしく、慌てた様子で元いた高度まで戻ってきた。
「な、なんだ!? 何が……!」
竜は明らかに焦っていた。自分に起きた出来事を把握できていないらしい。混乱した様子で忙しく首を動かし、まわりを見ていた。