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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第3章 聖なる乙女の英雄
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第20話 船旅はまた今度

 ゼータはガンマ帝国西部にある。


 観光都市という名前からもわかるとおり、風光明媚な場所だった。大昔の遺跡があって見学もできる。都市全体が小さな湖を囲むように作られていて、湖の中央には、一〇〇〇年以上前に建設された城砦があった。


 都市の雰囲気も、西部劇風のガンマ帝国のなかでは異質だ。


 レンガ造りの建物がたくさんあり、街路も石で舗装されている。あちこちに噴水のある小さな広場があって、歩くものを飽きさせない。噴水の形もひとつひとつ違っていた。


 デイジーによれば、魔王軍はこの都市を襲撃してくるらしい。だが、そんな気配は微塵もなかった。


 そもそもプロートス大陸の魔王軍は、メーちゃん率いる部隊だけで、ほかはまだ派兵されていない、という話だった。よって、ここでは何も起こらないだろうと踏み、私たちは早々に観光都市ゼータをあとにした。


 新聞に『魔王討伐は? プリム一行 リゾート地で豪遊』などと書かれた点も大きかったが。


 私たちは三〇〇〇キロ移動して、プロートス大陸北西部にある小さな王国エータにおもむいた。アルファ王国と似た雰囲気の国だったが、デイジーいわく、ここでも魔王軍との戦いが起こるらしい。


 ただ、やはり魔王軍がいない以上、戦いは起きまいと判断し、早々に立ち去ろうとした――ら、例の赤黒い魔獣の一族が襲ってきた。


 デイジーはぽんと手を叩いた。


「そういえば、ここで戦うのってエリュトロン・メランでしたね」


「普通忘れるか、そういうこと?」


「しょうがないじゃないですか。ここまで何もなかったんですから。だいたいエリュトロン・メラン本人は撃破済みですし……」


 そのとおり! と、赤黒い魔獣の親族は叫んだ。


「エリュトロン・メランは死んだ! その息子と父親もだ! なぜか!? 我が一族の奥義を出さなかったからだ! うぬぼれによってな! 見るがいい!」


 すると、王都エータから悲鳴が上がり、次々と赤黒い魔獣が現れた。


 エリュトロン・メランの親類一同なのだろう。一〇〇体くらいいる。全員、腕に人質を抱えていた。おそらくエータからさらってきたのだろう。


「どうだ!? 貴様らがどれだけ強く、卑怯であろうとも! 人質をとられてはどうしようもあるまい? さぁ、ひざまずけ! 人質を傷つけられたくなければ、おとなしく我々に殺されるのだ!」


「なんかあのグリズリー似の魔獣の見たあとだと、微妙に殺しづらいわね」


「名前すら覚えてねぇくせにそんな感想出るのかよ……」


 ちなみにグラントリーな、とシスルは言いつつ、赤黒い魔獣たちを指さした。


「つーか相手、人質とってんだけど? どうすんだ?」


「そんなのどうとでもなるじゃない」


 私は剣を振るい、正確にエリュトロン・メランの首だけを切断していった。一〇〇体いようと、すべてを斬り伏せるのに一秒もいらない。人質がいようといまいと、殺すだけなら労力もかからないのだった。


「殺しづらいとか言っといて瞬殺してるじゃん……」


 シスルは魔石に変わっていくエリュトロン・メランたちを見て、ぼやくように言った。


「生かしておいたほうがよかった?」


「いや、別にいいんじゃねぇの? グラントリーみたいなのが特別なだけで――っつーか、こいつら人質とるような魔獣だしなぁ……」


 助けられた住民は、全員なにが起こったのかわからない顔で茫然としていた。


 ともかく、これ以上は何も起きないだろうと、私たちは港町シータに向かった。さらに西へ五〇〇キロ、やがて海が見えてくる。


 港町が近づくにつれて、波の音が大きくなっていった。磯の香りがして、肌に湿った潮風がまとわりついてくる。


 だが、町に入ると同時に湿気が消え去り、カラッとした空気に切り替わった。塩害を嫌ってのことなのだろう。町全体に結界が張られていて、塩気を含んだ風を遮断しているようだ。


 町には大きな灯台があった。昼間だから明かりはついていないが、それでも目立った。町のどこにいても、真っ白な灯台を目印にできる。


 港には帆船がいくつも停泊していた。大きいものから小さいものまで揃っている。マストの数も、一本だけのものから三本以上のものまで、いろいろだ。


 プロートス大陸とメソン大陸を行き来する旅客船や貨物船、地元の町民が使う漁船まで、実に様々な船があった。


 私たちはここで船に乗り、メソン大陸へ渡る――つもりだったのだが、ラオカと再会したことで船旅はまた今度になった。


「待っていたぞ」


「なんでいるんですか?」


 私がいぶかしげに訊くと、ラオカは口元を手で隠して上品に笑った。


「以前、我も魔王討伐を手伝ってやろうと言ったであろう? メソン大陸まで連れて行ってやろうと思ってな。それと……竜たちへの紹介もな」


「紹介?」


 私が眉根を寄せると、ラオカは苦々しくため息をついた。


「どうやら思った以上に人間と揉めているようでな。お主たちにも突っかかりかねん。力量差もわきまえぬ馬鹿が死んだところで、我の知ったことではない……が、手伝うと言った手前、余計なトラブルを放置するのも気が引けてな」


 そんなわけで、私たちは竜になったラオカの背に乗って大陸に渡った。


 プロートス大陸とメソン大陸の距離は、だいたい七〇〇〇キロくらいだ。仮に私とデイジーが飛行するとしたら、丸一日以上はかかってしまう。だが、ラオカの力で飛ぶと、わずか半日程度で移動できてしまった。

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