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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第1章 聖なる乙女の学園
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第5話 レースでの敗北

 レースは初夏の季節に行なわれた。


 スタート地点となった王都の南門には、参加者と見物客が押し寄せていた。大勢の参加者が門前に並び、スタートの合図を今か今かと待っている。


 ただ、そこにリリーらしき人物はいなかった。


 代わりに目立っていたのが、マーガレット王女殿下だ。参加するつもりなのかと半ば呆れていたら――私は結局、一度も彼女に勝てなかった。驚いた。


 私自身の速さにも驚いたが、それ以上に王女の凄まじさに仰天した。彼女は三年連続で一位だったからだ。しかも年を追うごとに記録が伸びる。


 私は最初、デイジーと一緒に走っていた。十三歳のときの話だ。今回は四十八時間ちょうどで走る必要はない。


 デイジーも嫌がっていたし、速く走れば早く終わるからと言って速度を上げた。


 デイジーは自分に補助魔法をかけていた。他人にかけるのは反則だが、自分に使用するのは問題ない、と公式に許可されていた。


 結果、記録は二十八時間十六分四十三秒だった。私はさらに一秒ほど早い。


 ところが、一位の記録は二十七時間五十三分十一秒だった。私たちはぶっちぎりの速さでゴールした。だが、マーガレット殿下はもっとぶっちぎりだったのだ。


 だから、翌年は本気を出した。


 デイジーに合わせるのをやめて、私は全力で走った。前年一位の記録を超える二十六時間十五分四十九秒だ。でも二位だった。一位は二十五時間三十七分四十三秒だ。


 その翌年は、事前に練習を重ねた。


 千キロマラソンの選手を呼んで、走り方を指導してもらい、長距離用のフォームを完成させた。さらに専用のランニングシューズを何足も作っては履きつぶした。それまでは適当に市販品を履いていたのだ。


 事前にコースの下見もした。試走もだ。


 何度もタイムを測り、そのたびに自己ベストを更新し続けた。これなら勝てる。私は確信していた。今の私ならば、誰が相手だろうと勝つことができると。


 そして、私は負けた。二位だった。


 記録は二十三時間十七分五十一秒……王女殿下は、私がゴールする十分も前に完走していた。勝てなかった、最後まで。その年が最後だったというのに。


 マーガレット殿下は陛下になった。


 彼女はとんでもなく優秀だった。武術、魔術、学識、社交、美貌にいたるまで、欠点らしい欠点を持たず、天才の名をほしいままにしていた。


 国王陛下は、王女殿下の優秀さを認めていた。だから、彼女こそ王冠にふさわしい、と早々に退位を決めた。そうして、マーガレット陛下は主催者として参加することになった。


 彼女は、もうレースに出ない。私は永遠に勝てなくなった。


「ドラゴン退治に行きましょうか」


「腹いせですか」


 デイジーが言った。


「違うわよ。別に王女様に勝てなくて悔しいとか、そういう話じゃないの」


「でも『今年こそは絶対に勝つ!』ってめちゃくちゃ燃えてたじゃないですか。負けてしばらく引きこもってましたし。だいたい今も私を抱きまくらにしてるじゃないですか」


 デイジーは呆れた様子だ。私はベッドの上で彼女を抱きしめていた。敗北から数日が経過していた。


 私はその間、一歩も自室から出ず、レースの疲労を癒やしていたのだ。私は彼女を離すと、ベッドのうえに立ち上がった。


 下に目を向けるが、自分の大きな乳房に邪魔され、彼女の顔は見えなかった。


「今は五月の下旬よ。私たちが王立学園に行くまで、あと一年もない……そろそろ実戦経験を積んでおくべきじゃないかしら?」


「魔物や魔獣退治ならしょっちゅうやってるでしょう? あまりにも頻繁すぎて、もう誰も止めなくなるくらい……」


「そうね。最近は誰も止めないわね」


 はじめ、私たちが魔物や魔獣との戦いに出ると、父や母が血相を変えたものだ。幼かった、というのもあるのだろう。同腹の兄や姉たちはもちろん、使用人たちですら、両親に同調した。


 別荘でのんびり暮らしていた祖父母まで呼び寄せて、危険なことはやめなさい、と説得されたものだ。私たちの味方は、デイジーのお母さまくらいだった。


 妖精族は長生きだ。


 一〇〇年以上生きているだけあって、デイジーのお母さまは並大抵のことでは動揺しない。武術や魔術に熱中し、ひたすら己を鍛え上げる私たちを見て、彼女は笑っていた。

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