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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第3章 聖なる乙女の英雄
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第19話 元魔王軍同士の交渉

 私たちは樹海を突き進み、盆地の中央を目指した。


 そこに大きな大きな湖があり、さらに中央にいくつかの島があるという。島の一つが隠れ里だとデイジーは語った。私たちは一路、イプシロン目指して旅立った。


 といっても、元魔王軍メンバーの疲労を考え、その日はふもとで一泊。翌朝に出発した。移動速度はかなり遅かった。


 時速にして、五十キロもないだろう。


 歩きづらい樹海で、しかも大人数だったから行軍速度が下がっていた。だが、この移動であっさり湖まで到着できた。


 まだ日が高く、昼になる前だった。湖は深く、遠く彼方に水平線が見えた。島の姿は影も形もない。だが、私とデイジーで飛行し、空から湖を見ると、確かに中央にいくつかの島があった。


 ゲームでは、集落があるのはそのうちの一つだけだったらしい。だが、上から確認するとすべての島に集落があった。


 船を使って、頻繁に行き来している。自ら飛行したり、空を飛べる魔物に乗って移動したりする者もいた。争っている様子はない。


 むしろ盛んに交流しているようだ。


 私とデイジーは島の一つに降り立った。事情を説明して、岸辺にいる元魔王軍について話した。彼らは最初、私たちを警戒していた。魔王軍についての話をすると、里の魔族たちはざわつき、互いに顔を見合わせた。


 埒が明かないので、私たちはいったん戻って、グリズリー似の魔獣とメーちゃんを連れてこようとした――ら、ここでトラブルが!


「やっ、やっ!」


 とメーちゃんが私を避けるのだ! グリズリー似の魔獣にひっついて、警戒した小動物のように私をにらんでいる。


「くっ……! どうして? この旅でメーちゃんとの距離を縮める予定が……!」


「お前そんなこと考えてたのかよ……」


 やたらコイツらと一緒に旅したがると思ったら、とシスルは呆れた様子だ。


「だって! なんか私だけ怖がられてるし!」


「トラウマ与えた張本人なんだから当たり前だろ。つーかそんなに気にしてたのかよ。なんで変なところで真っ当な感性してるんだお前」


「確かにファーストコンタクトでちょっと怖い思いさせたのは事実かもしれないけど、でも私はこんなに優しげな美少女なのに!」


「優しげ……?」


 シスルやリリーはおろか、デイジーまで首をかしげている!


「なんでデイジーまで裏切るの!? そもそもデイジーはそこまで警戒されてないのに私だけ露骨に避けられてるのが納得いかない!」


「わたしもなんだかんだ距離を置かれてますけどね」


 結局、メーちゃんとグリズリー似の魔獣はリリーとシスルが連れて行った。ふたりとも飛ぶことはできなかったが、水面を走るだけなら余裕だったのだ。


 私たちは飛行していたが、里の魔族にとっては飛ぶよりも水上を走るほうがインパクトが大きかったらしい。水面を――それも魔族の女と巨体の魔獣をかかえて何十キロも走ってきた二人を見て、里の魔族は顔を見合わせて困惑の様子だった。


「私たちって普段、あんな感じに見られてるのかしら?」


「今のあたしら見て言うセリフがそれかよ……」


 シスルが半眼で私たちを見た。主な交渉はグリズリー似の魔獣がやった。


 私――というより、シスルやリリーなども含めて初めて知ったのだが、魔族にとって魔獣や魔物は猟犬や軍馬のような存在らしい。


 主であるはずのメーちゃんを無視して、魔獣が単独で交渉することに違和感を持つ者が少なくなかった。あくまでも主導権は魔族が握るものらしい。


 また、元魔王軍にはメーちゃんを含めて五人の魔族がいた。どうやら魔族一人に三体の魔獣がつき、魔獣一体につき七から八程度の魔物が部下としてつく仕組みらしい。


 元魔王軍にはメーちゃん以外の魔族もいたので、そちらが交渉のテーブルに着くべきでは? との意見が噴出した。


 しかし立場上、メーちゃんの副官であるグリズリー似の魔獣のほうが偉いようで、魔族たちは難色を示した。それでなくとも一〇〇を超える大所帯なのだ。


 いきなり受け入れるのは無理なようだ。里長は語った。


「我々も元は魔王に仕えていた者たちです。様々な事情から魔王軍を抜け、この地に移住してきました。しかし、それは常に少人数だったのです。一〇〇を超える団体が来たことはありません。あなた方が、我々を始末しに来た刺客でないという保証がないのです。どうか理解してください」


 里の住人は、メーちゃんたちが島に住むことに難色を示した。


 だが、この点は最初から織り込み済みだったようで、グリズリー似の魔獣は島ではなく盆地のほうで暮らしたいと言った。


 彼は言葉巧みに、樹海を開拓して暮らすことを認めさせた。そして万が一、魔王軍がここへ来たときは率先して戦うと宣言した。


 交渉は一日では終わらなかった。数日かけて幾度となく行なわれ、最終的に書面で契約を結ぶことになった。


 非公式だが、アルファ王国の貴族である私も一枚噛んだ。というより、頼み込まれて仕方なく引き受けた。もし元魔王軍が里を裏切ったり攻撃したりした場合、私が責任を持って始末する、というものだ。


 内容を確かめると、メーちゃんと里長がそれぞれ調印した。


 その間、すでに魔獣や魔物たちは樹海を切り開いて住処を作っていた。もともと拠点を作るために選ばれただけあって、手際よく作業を進めていく。


 私たちが旅立とうとした時点で、湖のそばに家が建てられ、ちょっとした集落ができていた。


「足止めしてしまって申しわけありません」


 グリズリー似の魔獣は恐縮した様子で頭を下げた。


 見送りに来た里長とその護衛は、くれぐれも契約違反がなされたときには……と釘を差しに来た。


 私たちは彼らに見送られながら出立した。


 私がリリーを、デイジーがシスルを抱えて空を飛ぶ。山脈を越え、そのまま人目を避けて誰もいない荒野に降り立った。次の目的地は観光都市ゼータだ。


「結局、最後まで避けられたままだったわね……リリーやシスルには結構なついてたのに」


「嫌われたくねーならやり過ぎるなよ……」


 シスルがため息まじりにそう言った。

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