第18話 元魔王軍を引き連れての行軍
私とデイジーは交代で魔法を使うことにした。
だが、さすがに全力で走りながらだと難しそうだった。特にデイジーは体力が少ない。一人で十時間以上も魔法を行使しつつ、走り続けられるだろうか?
私が不安に思っていると、グリズリー似の魔獣が私たちに言った。
「すみません。そもそも一日で七〇〇〇キロも移動するのが無理なんですが……」
「仕方ありません。あの手で行きましょう」
デイジーが言った。そして、私たちは森の木々を伐採し、超巨大な人力車を作った。列車のように車同士がつながっている。
そこにみんなで乗り込み、シスルが車夫をやった。
「いや待て! なんでだよ!? おかしいだろ!? どの手だよ!?」
「私は魔法の行使に集中したいんですよ。それに魔獣や魔物の皆さんは、そんなに長く速く走れないって――」
「だからって即席で超巨大な人力車作るか、フツー!? つか、車夫あたしかよ!? いやわかるぜ!? わかるけどよ!? あたしとリリーが適任だって! でも一人で三五〇〇キロも引くのか!?」
「私は参加するから、一人あたり二四〇〇キロもないわよ?」
シスルは胡散臭そうな目を私に向けた。
「お前ほんとなんなの? 大規模魔法を行使した上に長距離移動するとか……。地球で言ったらあれじゃん。フルマラソン完走した直後にトライアスロンやるレベル……」
「たとえの意味がよくわからないんだけど」
私は首をかしげた。シスルはため息をつく。
そしていつものように、肩と一緒に猫耳の先端としっぽが、力なく下がるのだった。私たちはシスルの牽引する人力車で移動した。
道のない荒野をまっすぐ突っ切ることはできない。自然、街道を探して、そこを突っ走ることになった。街道なので、馬車や人と行き会うこともある。透明になっているので見つかることはない。
ただ、高速移動しているから、通ったあとに突風と砂埃が巻き上がって何事かと騒がれた。
シスルは一定の速度を保ちながら、八時間ほど人力車を引いた。リリーと交代し、人力車はふたたび八時間ほど駆ける。最後に私が人力車を引いた。
といっても、私が車夫をやる時間は二人より短かった。
当たり前だが、イプシロンは隠れ里だ。普通なら見つからないような場所にある。イプシロンは山奥にあった。人力車では入れないため、乗り捨てることにした。
デイジーによれば、イプシロンは山脈に囲まれた盆地にあるらしい。
標高が六〇〇〇から八〇〇〇メートル級の高い山々に囲まれている上、山道はほとんど断崖絶壁。なので、必然的に人は寄りつかないそうだ。
もっとも、私たちにとってはさほどの問題にならなかった。そもそも私やデイジーは空を飛べる。八〇〇〇どころか一万メートルの高度でも余裕で行ける。
しかし、どうやら空を飛ぶのは普通ではないらしい。そもそもシスルやリリーでさえ飛べないのだ。もちろん、魔族や魔獣、魔物たちのなかにも飛行できるものはいた。
だが少数派だった。私は言った。
「いい方法があるわ。風魔法でぶっ飛ばす」
「普通に登るぞ」
シスルに一刀両断された。
仕方なく、普通に登山することになった――いい方法だと思ったのだが。走るのと同じか、それ以上の速度で何時間も飛行し続けるのは、一人だったとしても厳しい。
だが、一〇〇人を飛ばして山越えをさせるだけなら、さして時間はかからない。余裕で行ける! しかし、私のこの素晴らしいひらめきは、ダメなアイディアらしかった。
登山の前に、私たちはふもとで一泊した。メーちゃんことメーヴィスが「疲れた、お腹すいた」と駄々をこねたためだ。
もっとも、ほかの魔族や魔獣、魔物たちもだいぶ参っている様子だったので、どちらにせよ移動は無理そうだった。
座って人力車に乗っていただけだが、彼らにとっては結構な苦痛だったらしい。砦から持ち寄った食料を食べ、水を飲むと、彼らは泥のように眠った。
文字どおり、日が暮れてから朝日が上るまで、まったく起きる気配を見せなかった。
私たちは朝食をとると、焚き火とキャンプの跡を消して、断崖絶壁を登りはじめた。ほとんどロッククライミングをするかのような形で登っていた。
元魔王軍のメンバーたちはさすがに強靭で、このくらいの崖は苦にしなかった。半分以上は戦闘兵ではなく、後方支援を目的とした兵たちだったのだが、それでも優秀だった。
特に問題もなく頂上まで登り、下ることができた。
山の天気は変わりやすい。途中、雪が積もっている場所があった。吹雪になりそうな気配がしたので、私は魔法を使って雲をちらして、常時晴天にした。さらに気温もいじって、暖かくした。
すると、シスルが顔を真っ赤にして怒った。
「天候まで変えんなや!」
「じゃあやめる?」
「いや続けろ」
理不尽。私は釈然としない思いに駆られた。
ともかく、一日がかりになってしまったが山登りは終わって、私たちは盆地にたどり着いた。豊かな自然に囲まれた場所だった。
見渡す限りの森で、草原や荒野などは見当たらない。