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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第3章 聖なる乙女の英雄
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第14話 とりあえず敵は殺そうとする系女子

「よくわからないけれど、今のうちに逃げたらいいんじゃない?」


「お前ほんと他人の反応に興味ねぇのな!? もう少し相手の気持ちも考えてやれよ! あれたぶん、はじめて時間停止が通じなかったときの反応だぞ!」


 シスルは女を指さした。


「そうだよな!? 今まで時間停止でどんな相手も叩きのめしてきたのに、それがまったく通用しない敵が出現して困り果ててるんだろ!? たぶんだけど!」


「い、いえ……どんな相手でも叩きのめせたわけでは……時間停止を無視した人は、はじめてですけど……」


 じりじりと後退しながら、女はつぶやいた。


「魔王様にも、時間停止そのものは通じたのに……」


 女は目を伏せながら言った。私が首をかしげた。


「あなた、魔王軍なの?」


「あ、はい、一応……魔王様からプロートス大陸侵略の足がかりにって――」


「じゃあ殺しておきましょうか」


 え? と女は呆けた顔をした。私はじっと相手を見つめた。


「あの、え? さっき、逃げるって――」


 女は小さな悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。


 そうして、彼女は不思議そうな顔をしていた。私が闇の魔術で足を拘束したのだが、理解できていない様子だ。


 魔術を攻撃以外に使うのは難しいが、捕まえる程度のことなら私にもできる。


 私は真っ黒い闇を触手のように操って、器用に彼女の体を縛りつけた。闇がうごめいて、足から腰へ、腰から腕へと這い上がっていく。


 十字架に磔になるように彼女を拘束した。


 倒れていたのを無理やり立ち上がらせると、彼女はようやく自分の身に起きたことを理解したらしく、恐怖をあらわに長く高い悲鳴を上げた。


 蜘蛛の巣に囚われた虫のようにもがき、必死に逃れようとしている。魔族の女はガチガチと歯を鳴らし、目に涙を浮かべていた。


 シスルが呆れた顔で私を見る。


「お前、少しは説明してやれよ……。そして容赦なさすぎだろ?」


「ちょっと待って。私まだ何もやってない」


「お前基準だと、ものすげー殺気飛ばして『殺しましょうか……』って言った挙句、明らかにやべー魔法で拘束するのは『何もしてない』扱いなのか」


「殺気って、そんな漫画じゃあるまいし」


 私が呆れて言うと、シスルは大きくため息をついて、顎で女を示した。


 女は、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、「やだ、やだ、やめて、やめてください……!」と呪文のようにつぶやいていた。


「あんだけビビらせといて何を言ってんだよ」


「いや、でも……魔王軍なら敵じゃない? 殺しとくのが礼儀というか……」


「なんの礼儀だよ!? お前の辞書には『投降』とか『降参』って言葉はねぇのかよ!? あれ、どう見ても戦える状態じゃねぇだろ!? 完全に心へし折られてるし!」


「そうですよ、お嬢さま」


 デイジーが口をはさんだ。


「殺す前に拷問して、できるだけ多くの情報を引き出すべきでは?」


「何を訊くんだよ!? この期に及んで!?」


「魔王の……」


 デイジーは首をかしげながら言った。


「強さとか? 弱点とか?」


「訊く意味あるかそれ!? つーかお前が『強者は時止め無視標準装備』って言ったんじゃねぇかよ! 時間停止が通じる時点で、魔王はあたしら以下確定じゃねぇか!」


「言われてみればそうですね。じゃあ訊くことないですね。殺しましょうか」


「なんでそう物騒な方向に行くんだよ? というか魔獣ならともかく、相手人型なんですけどぉ思いっきり!? なんで躊躇もなく殺す方向にいけるのこいつら!?」


 デイジーは天使のようなほほ笑みを浮かべた。


「シスルさんは優しいですね。私たち、魔王軍と戦争してるんですよ?」


「『大義名分さえあればやっていいんだろ?』理論から離れろシリアルキラーども!」


「じゃあ捕虜にするとして……」


 と私は女を指さした。女は「ごめんなさい、ごめんなさい……!」と謝りながら、ぎゅっと目をつぶってガタガタ震えていた。


 私の何がここまで彼女を怯えさせるのか?


 とりあえず拘束を解けばいいのだろうか、と私は魔術を解除した。女は地面に転がった。


「具体的にどうするの? とりあえず手足斬り落として、目とノドつぶしとく?」


「なんで!?」


「いやだって……逃げられたり、抵抗されたりするとまずいでしょ?」


「それ捕虜虐待で国際社会から非難されるヤツ!」


「ここは地球じゃないわ。というか魔法で簡単に治せるじゃない」


「心の傷は治せない! つーか、手足の復元とか上級魔術じゃねぇと無理だろうが!」


「数万人に一人ってことは、アルファ王国だけでも数千人から一万人くらいはいるってことよね?」


「そんな『才能あるやつは全員鍛えてる』理論を出されても……」


 頭痛がすると言わんばかりにシスルは頭を振り、肩を落とした。猫耳やしっぽも力なく垂れ下がっている。


「あ、姉御!? い、いったい何が……!」


 魔獣の声がした。恐怖が臨界点に達したのか、時間停止が解除されたのだ。女の隣にいた魔獣が、必死に声をかけている。


 赤黒い魔獣と同じ、熊の――それもグリズリーに似た姿だ。こちらは目が六つあり、前腕だけが異常に大きくふくらんでいた。女は立ち上がれず、苦しそうに胸を抑え、浅く荒い呼吸を繰り返していた。


「貴様らぁ! 姉御に何をしやがったぁ!」


 グリズリーを思わせる魔獣が、叫びながら突進してきた。ほかの魔獣や魔物も突っ込んでくる。


 やめてぇ! 殺さないでぇ! と女が涙声で叫んだ。


 私は抜剣し、刃を払う。魔獣と魔物の体が、真横に引き裂かれた。私が剣を鞘に収めると、ようやく風切り音と一緒に、肉が引き裂かれる音が響いた。

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