第13話 時間停止が通じない怪物たち
私たちは道なき道を突っ走り、妖精の里デルタまでたどり着いた。
豊かな森のなかにある里だった。ジャングルを思わせる場所で、大木にツル植物が巻きつき、コケが生えていた。シダや雑草が大量に生えていて、土が見えない。
樹高が五〇メートルを超える木もあれば、一メートルもない木もある。
沢や川もあった。たいていは膝下までしか水がない。だが、時おり大きな川に出くわす。低いところでも、腰まで浸かる深さだ。私たちは跳躍して(ただし、普段から浮いているデイジーはそのまま)渡った。
妖精の里デルタは大樹林の真ん中にあった。
里の様子は、アルファ王国にある妖精の里とそっくりだった。ただ、こちらに侵入を拒む霧の魔法は存在しない。だから……というわけでもないのだろうが、この里では最近、魔獣の襲撃に手を焼いているらしい。
魔獣たちは森の奥で何かやっているそうだ。
詳しく調べようにも、気づかれると襲われる。さらに森から出ようとしても襲われる。つまり、帝国に連絡できない。長老は困り果てた様子で、私たちにそう語った。
「ゲームとちょっと違いますが、一応同じといえば同じですね」
妖精の里から帰る途中、デイジーが言った。
長老は帝国に助けを求めていた。よって、私たちは早々に森から出ることにした。ゲームでは、魔獣を倒すことでイプシロンの情報が得られるそうだ。しかし、今の私たちには必要ない。
なにより妖精の里デルタは、ガンマ帝国の領土に属している。
私たちに与えられた限定的な軍事行動許可証は、あくまでも「自衛」と「魔王軍との戦闘」のみを許すものだ。魔王と無関係の魔獣を相手取るのはまずかった。
そもそも迂闊に大暴れすると、あとで新聞にどう書かれるかわかったものではない。
もちろん、デルタまでわざわざ取材に来る新聞記者がいるかどうかは不明だ。しかし、憶測で記事を書く可能性はある。
しかもガンマ帝国側がこのことをどう判断するか? という問題もあった。諸々の可能性を考慮すると、結局は素直に撤退して、ガンマ帝国に事態を伝えたほうがいいだろう。
――などと思っていたら、向こうから襲ってきた。
そういえば、外部と連絡がとれないように襲撃してくる、と長老は言っていた。
だったら行きの時点で襲ってしまえばよいではないか、と私は思うのだが、相手の思惑などわかるはずもない。
戦えないので、私たちはさっさと振り切って逃げることにした。だが、用心深いのか先回りされていた。迂回してもよかったが、一応どんなやつか顔だけ見てみようという話になった。
私たちはまっすぐ敵のほうへ向かう。
私とデイジーは風魔法で飛行し、木々のあいだを高速移動した。短時間ならば、走るよりも速く移動できる。ただ、リリーとシスルは風属性に適性がないので無理だった。彼女たちは器用に太い幹や枝を蹴って加速し、樹海を疾走した。
やがて光が見え、私たちは森を抜けて草原に出た。
敵はそこにいた。魔獣ではない。魔族の女だ。まわりにはお供と思しい魔獣や魔物もいたが、中心にいるのは魔族の女だ。羽もしっぽも角もあるタイプで、胸と太ももが丸見えな煽情的な服を着ていた。
女は妖艶な笑みを浮かべると、小さく笑った。
「逃げられるとお思いですか? 申しわけありませんけれど、森に帰っていただきます」
女が言葉を発した途端、時が止まった。
比喩ではない。女を中心に、半径一〇〇メートル程度の空間が時間停止したのだ。風が消え、梢の音が消え、草花が静止し、魔獣も魔物もまばたき一つしなくなった。ただ、女だけがあでやかに髪を揺らした。
「へぇ、時間停止なんて使える人いるんだ」
私が感心して言うと、女はぎょっとした様相で止まった。自分の能力に巻き込まれ、自分の時間まで止めてしまったのだろうか?
そう思っていると、シスルが絶叫するように叫んだ。
「いや、何しれっと時止め無視してんだよ!?」
「シスルさんも無視してるじゃないですか」
デイジーは空中で逆さまになり、シスルの顔をのぞき込んだ。
「それはそうなんだが――というか、なんで無効化できるんだよ!?」
「別に驚くことはないでしょう? かの剣豪、上泉伊勢守だって『忍法時よどみ』を使う忍者を一太刀で斬り捨てているんですよ? 強者にとって、この手の時間干渉は無視できて当然なんです!」
「それは山風ワールドだけだろうが!? 何を史実みたいに語ってんだお前ぇ! ってか『信玄忍法帖』の『時よどみ』って対象の時間感覚を狂わせるヤツだろ!? こいつの時間停止と明らかに別カテゴリーの能力じゃん! 同じかこれ!?」
「上泉伊勢守ってあれだっけ? 柳生新陰流の祖になった人?」
リリーの疑問に、上下を戻したデイジーが答えた。
「正確には新陰流の祖ですね。お弟子さんに柳生石舟斎という人がいまして、この人が伝えた新陰流を俗に――」
「そんな細かいことどうでもいいだろ!? 相手がリアクションに困ってるじゃねぇか!」
シスルが女を指さした。女は呆然とした表情で口を開け、私たちを見ていた。