第9話 野宿は嫌なので荒野の町へ
すでに日が暮れかけていたが、私たちは大急ぎで南に向けて走った。
次に行く予定の妖精の里デルタが帝都ガンマの南方にあるのだ。一刻も早く帝都から逃げ出したかったというのもある。皇帝にああ言われた手前、あまり長くガンマ帝国にとどまっていることはできなかった。
走ったほうが速いとはいえ、一日に移動できる距離には限界がある。
長距離走なら、私は時速四〇〇キロ前後で一昼夜走れる。つまり九六〇〇キロだ。ちょっとがんばれば一万キロ。
しかし、体力のないデイジーには無理なのだった――と思っていたら、
「いや、あたしらも無理だから」
とシスルやリリーにまで言われてしまった。
仕方なく速度を少しばかり落とし、私たちはその日、五時間ほど走って、帝都から一八〇〇キロほど離れた。だが、まだまだ目的地にはたどり着かない。
早めに休んだのは、なにもデイジーの体力をおもんぱかったわけではない。遅くなると、宿が閉まってしまうからだった。現に、帝国の地理に疎い私たちはうっかり道に迷い、その日は野宿……という憂き目に遭いそうだった。
これにはシスルはもちろん、リリーすら難色を示した。
私やデイジーにとってはなんでもなかったのだが、ふたりはきちんとした宿に泊まりたい、と強く主張した。とはいえ、山や川を無視して突き進んでいたため、街道がどこかすらわからなかった。
辺りはサボテンの生える荒野で、岩と砂に私たちは囲まれている。街道らしいものは見当たらなかった。線路もない。むろん、集落や建物もなかった。
「どうすんだよ? マジに野宿か?」
「探せば大丈夫でしょう」
デイジーが言って、私も人の気配(正確には魔力)を探った。
この世界の人間は魔力を持っている。特に隠していないなら、魔力を感知することができるのだった。
私とデイジーはできるだけ魔力の多い方角を見つけ、そちらにむかって走った。
「本当にあってんのか?」
シスルは半信半疑の様子だったが、私とデイジーは大丈夫だと断言した。現に人の放つ独特の魔力がたくさん感じられたのだ。
私たちは月明かりの照らすなかを駆け抜けた。森や川は見当たらず、大きな岩がいくつもある。
私たちは高低差を無視して進んだ。目の前に巨大な岩壁があっても、特に迂回することなく直進する。高さが五〇メートルだろうと、一〇〇メートルだろうと、私たちにとっては苦もなく上れてしまうのだ。
そうして、いくつかの岩壁を過ぎるうちに、町の明かりが見えてきた。
その周囲でも、ひときわ高い岩の上に立ったときのことだ。おおよそ三キロほど離れた位置だろう。街灯に照らされた町並みが視界に飛び込んできた。
この世界の照明は、かなり明るい。
十九世紀ならガス灯だが、もちろんこの世界で使われるのは魔法だ。光の魔石が埋め込まれた街灯があちこちにあって、町全体を明るく照らしていた。数はそれほど多くないが、光量がすさまじいため街灯のすぐそばは真昼のようによく見えた。
「おおっ……本当にあった」
シスルが意外そうに声を出した。うれしそうに猫の耳としっぽが揺れ動いた。
「何よ? 信じてなかったの?」
私が少しばかり恨みがましく言うと、シスルは目をそらした。
「仕方ねぇだろ。あたしはお前らの言う『魔力で感知』とかよくわかんねぇし、リリーも曖昧な返事するし……」
「ある程度近づけばわかるんだけどね」
リリーが苦笑いで言った。
「さすがに五〇キロ、一〇〇キロも離れてると無理だよ」
「とにかく見つかったんだからいいじゃないですか」
デイジーがうんざりした様子で言った。彼女は甘えるように私の胸にしがみついた。そうして、抱っこしてくれ、と言わんばかりに私の首に腕をまわすのだった。
「早くベッドで休みましょうよ。私も本音を言えば野宿より宿屋派なんですから」
「私だって好き好んで野宿したいわけじゃないわよ?」
そう訂正しつつ、私たちは町へ向かった。
時刻は十一時をまわったところだろう。ガンマ帝国でも、気温はそこまで変わらないらしい。日中の気温はアルファ王国よりも高いが、夜はそれなりに冷え込んでいる。
私たちにとって、気温が氷点下であろうと酷暑であろうと行動に支障はない。
だが、快適さという点ではなかなか大きな問題だった。さいわい、一軒だけある宿屋は酒場を兼ねており、まだ営業していた。
多くの家は寝静まっており、明かりも消されていた。商店も閉まっている。開いているのは、宿のある酒場くらいのものだ。
私たちが入っていくと、おいしそうな料理の匂いに混じって酒の匂いが充満していた。