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聖なる乙女の××  作者: 笠原久
第3章 聖なる乙女の英雄
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第9話 野宿は嫌なので荒野の町へ

 すでに日が暮れかけていたが、私たちは大急ぎで南に向けて走った。


 次に行く予定の妖精の里デルタが帝都ガンマの南方にあるのだ。一刻も早く帝都から逃げ出したかったというのもある。皇帝にああ言われた手前、あまり長くガンマ帝国にとどまっていることはできなかった。


 走ったほうが速いとはいえ、一日に移動できる距離には限界がある。


 長距離走なら、私は時速四〇〇キロ前後で一昼夜走れる。つまり九六〇〇キロだ。ちょっとがんばれば一万キロ。


 しかし、体力のないデイジーには無理なのだった――と思っていたら、


「いや、あたしらも無理だから」


 とシスルやリリーにまで言われてしまった。


 仕方なく速度を少しばかり落とし、私たちはその日、五時間ほど走って、帝都から一八〇〇キロほど離れた。だが、まだまだ目的地にはたどり着かない。


 早めに休んだのは、なにもデイジーの体力をおもんぱかったわけではない。遅くなると、宿が閉まってしまうからだった。現に、帝国の地理に疎い私たちはうっかり道に迷い、その日は野宿……という憂き目に遭いそうだった。


 これにはシスルはもちろん、リリーすら難色を示した。


 私やデイジーにとってはなんでもなかったのだが、ふたりはきちんとした宿に泊まりたい、と強く主張した。とはいえ、山や川を無視して突き進んでいたため、街道がどこかすらわからなかった。


 辺りはサボテンの生える荒野で、岩と砂に私たちは囲まれている。街道らしいものは見当たらなかった。線路もない。むろん、集落や建物もなかった。


「どうすんだよ? マジに野宿か?」


「探せば大丈夫でしょう」


 デイジーが言って、私も人の気配(正確には魔力)を探った。


 この世界の人間は魔力を持っている。特に隠していないなら、魔力を感知することができるのだった。


 私とデイジーはできるだけ魔力の多い方角を見つけ、そちらにむかって走った。


「本当にあってんのか?」


 シスルは半信半疑の様子だったが、私とデイジーは大丈夫だと断言した。現に人の放つ独特の魔力がたくさん感じられたのだ。


 私たちは月明かりの照らすなかを駆け抜けた。森や川は見当たらず、大きな岩がいくつもある。


 私たちは高低差を無視して進んだ。目の前に巨大な岩壁があっても、特に迂回することなく直進する。高さが五〇メートルだろうと、一〇〇メートルだろうと、私たちにとっては苦もなく上れてしまうのだ。


 そうして、いくつかの岩壁を過ぎるうちに、町の明かりが見えてきた。


 その周囲でも、ひときわ高い岩の上に立ったときのことだ。おおよそ三キロほど離れた位置だろう。街灯に照らされた町並みが視界に飛び込んできた。


 この世界の照明は、かなり明るい。


 十九世紀ならガス灯だが、もちろんこの世界で使われるのは魔法だ。光の魔石が埋め込まれた街灯があちこちにあって、町全体を明るく照らしていた。数はそれほど多くないが、光量がすさまじいため街灯のすぐそばは真昼のようによく見えた。


「おおっ……本当にあった」


 シスルが意外そうに声を出した。うれしそうに猫の耳としっぽが揺れ動いた。


「何よ? 信じてなかったの?」


 私が少しばかり恨みがましく言うと、シスルは目をそらした。


「仕方ねぇだろ。あたしはお前らの言う『魔力で感知』とかよくわかんねぇし、リリーも曖昧な返事するし……」


「ある程度近づけばわかるんだけどね」


 リリーが苦笑いで言った。


「さすがに五〇キロ、一〇〇キロも離れてると無理だよ」


「とにかく見つかったんだからいいじゃないですか」


 デイジーがうんざりした様子で言った。彼女は甘えるように私の胸にしがみついた。そうして、抱っこしてくれ、と言わんばかりに私の首に腕をまわすのだった。


「早くベッドで休みましょうよ。私も本音を言えば野宿より宿屋派なんですから」


「私だって好き好んで野宿したいわけじゃないわよ?」


 そう訂正しつつ、私たちは町へ向かった。


 時刻は十一時をまわったところだろう。ガンマ帝国でも、気温はそこまで変わらないらしい。日中の気温はアルファ王国よりも高いが、夜はそれなりに冷え込んでいる。


 私たちにとって、気温が氷点下であろうと酷暑であろうと行動に支障はない。


 だが、快適さという点ではなかなか大きな問題だった。さいわい、一軒だけある宿屋は酒場を兼ねており、まだ営業していた。


 多くの家は寝静まっており、明かりも消されていた。商店も閉まっている。開いているのは、宿のある酒場くらいのものだ。


 私たちが入っていくと、おいしそうな料理の匂いに混じって酒の匂いが充満していた。

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