第8話 皇帝陛下との面会
城そのものにも、あちこちから大砲が生えている。
私たちが来ると、威嚇するようにたくさんの砲塔が向きを変えた。集中砲火されそうな状況だが、もちろん砲弾が発射されることはなかった。
さすがにそこまで短慮ではないらしい。
城の壁は鋼鉄製で、分厚い鉄板を何枚も重ねてあった。床には絨毯が敷かれていたが、靴越しでも硬い金属の感触が伝わってくる。陸に戦艦でも建造するつもりで造ったような城だった。
私たちは金属製の無機質な階段を登って、皇帝の執務室まで行った。
謁見の間ではない。執務室で直接会うのは、あまり私たちと会ったことを公にしたくないからだろうか。そんなことを考えながら、私たちは保安官に案内されるまま、皇帝の御前までやってきた。
さすがにイスやテーブルは木製だった。見える範囲にいる護衛は二人だけだった。
もちろん、実際は違う。壁にかかった大きな絵の裏、棚の陰に天井、さらには彫像の下からも人の気配がする。隠れているつもりなのだろう。
私は気づかないふりをした。デイジーたちも、なにも言わなかった。
帝国側も、この件には一言もふれない。
皇帝は、見た目は若い男だった。優男ふうにも見える。常在戦場なのか、王冠の代わりにカウボーイハットをかぶり、ガンベルトを身につけていた。すぐうしろの壁にライフルがいくつも立てかけてある。
護衛の女二人もカウガールスタイルで、ホルスターに拳銃を、手にライフルを持っていた。
代表として、私が前に出て挨拶をした。デイジーたちはうしろに控えていた。
私が一礼すると、皇帝は値踏みするように油断のない視線を送ってきた。警戒していることを隠そうともしていない。皇帝は口を開いた。
「アルファ王国の最終兵器が、我が国になんの用だ?」
「このたび、マーガレット女王より魔王討伐の勅命を受けました」
私は委任状を差し出しながら、アルファ王国からの指令について説明した。
魔王は魔界にいる。ヒュスタトン大陸へ渡らねばならないが、都合上どうしてもガンマ帝国を通過する必要があったことなどを伝えた。
皇帝陛下は一言も口をはさまず、黙って私の話を聞いていた。一通り話し終えたところで、彼はようやく委任状を手にとった。
ざっと一読すると、彼は委任状を私に返し、それから大きく息をついた。
「確かに、事前にあった説明と矛盾する点はないようだ」
「アルファ王国からの協力要請があったのでしょうか?」
私の言葉に、皇帝は探るような視線をよこした。おそらく通信魔法で連絡をしていたのだろう。どのような内容かまでは知る由もなかったが。
「いや……ただ、お前たちが魔王討伐に出たと言ってきただけだ。他意はなく、協力してほしいとも言われていない」
私は黙っていた。皇帝はわずかに首をかたむけた。
「協力は……必要かね?」
「いいえ。あくまでも通りがかっただけですので、我々はすぐにでも出発いたします」
皇帝は答えなかった。なにかを逡巡しているような気配があった。が、それがなにかはわからなかった。
皇帝は静かに息をつき、人差し指で机をこつこつと叩いていた。視線が何度も、引き出しの位置に向いている。
「『すぐに』とは、ガンマ帝国では活動しない、という意味に受け取ってよいか? 魔王軍と遭遇しても、決して武力を行使しないという意味であると」
「それは……」
私は口ごもった。私は軍人ではない。
だが、皇帝陛下はそうお考えではないようだ。私を「最終兵器」と呼称した以上、私をアルファ王国の軍(騎士団)につらなるものと見なしている。
「申しわけございません。自衛のための武力行使についてはご許可をいただきたく……」
「では、帝国臣民が魔王軍に襲われていても手を出さず、我がガンマ帝国軍に任せてくれるのかね?」
私はまた口ごもった。つまり、目の前で襲われている人がいても無視せよ、とこの皇帝陛下はおっしゃるわけだ。
私たちに武力行使をさせたくないらしい。
確かに、自国内で他国の人間が軍事行動をとるのはまずいのだろう。しかも、私やデイジーは過去に天変地異を起こした前科があった。
とはいえ、襲われている人を放置するのは難しかった。少なくとも、その状況に立たされて、見て見ぬふりをする自信は私にはない。
なんとも言えず押し黙っていると、皇帝は微笑とも苦笑ともつかない笑みを浮かべた。そして、引き出しから書類を取り出すと、手早くサインをして御璽を押した。
「限定的な軍事行動の許可証だ。自衛と魔王軍と戦うときのみ、武力を行使してもよい」
「よろしいのですか?」
「かまわぬ。ただ……できれば、早々に魔王討伐におもむいてもらいたい」
それはつまり、ガンマ帝国内にいつまでもいないでさっさとヒュスタトン大陸まで行け、ということか。私はうやうやしく書類を受け取ると、一礼して下がった。
城から出ると、保安官たちも立ち去り、私たちはようやく自由になった。