第30話 出オチの赤黒い魔獣(二回目)
役目を全うした私たちは、学祭を楽しむことにした。舞踏会やミスコンを見物し、出店をまわって、おいしそうな食べ物を探しまわった。途中でラオカも合流した。
学祭と言いつつ、武闘会のように外部参加者も多い。
というより、学祭に便乗して金儲けをしようと、花火大会やらゲーム大会やら一緒に開催されているのだった。学祭といいつつ、王都全体がお祭りになっているような状態だ。むしろ学祭がおまけといってもいいくらいだった。
私たちは一通りお祭りをめぐった。
ゲーム大会では、ポーカーを始めとしたカードゲームや、チェスなどのボードゲームの試合が展開されていた。
武闘会が終わったあとの闘技場でも、剣闘士たちによる戦いが始まっている。公園に行けば、たくさんの屋台がずらりと並んでいた。劇場では、遠方から来た劇団の特別公演も行なわれている。
一日では回りきれないほどの量だった。適当にあちこちに顔を出しているだけで時間が過ぎ去り、あっという間に日が落ちた。
いよいよ花火大会が始まる時間となった。私たちは人気のない高台にいた。
間近で見ることはできないかわりに、花火の全体像がよく見える場所だった。私たち以外に人はまばらにしかいなかった。私たちを見ると、彼女たちはそそくさと距離を置くが、別の場所へ行くことはなかった。
そして、ちょうど花火大会が始まった頃だった。背後から魔獣の気配がした。振り返ると、例の赤黒い魔獣がいた。周囲から悲鳴が上がった。
が、その声は花火の音にかき消されていた。
「見つけたぞ! 我が一族の仇!」
赤黒い魔獣が叫んだ。私はシスルにむかって訊いた。
「エリュトロン・メランって一族なの?」
「知らねぇよ。あたしも初耳だ」
「我が名はエリュトロン・メラン・ダディ! 貴様らに殺された息子と孫の仇、今こそ討たせてもらおう! 喰らうがいい! 我が最強の一撃を!」
赤黒い魔獣は、右腕に魔力を集中させた。右腕が禍々しく巨大化した。くくく……と赤黒い魔獣は笑いながら、私たちに目を向けた。
「どうだ? 卑劣な人間どもよ! 貴様らにこの一撃を受ける自信があるか!? 所詮、不意打ちで息子と孫を倒した弱者どもに、この一撃を正面から受けることなどできまい!」
シスルの猫耳が片方だけ下がる。呆れたように彼女は言った。
「不意打ちって……あたしらは正々堂々とやり合ったし、孫のほうも余裕の返り討ちじゃねぇか。つーか、こいつのこと知らねぇのかよ?」
シスルは私を見た。だが、赤黒い魔獣はお構いなしにしゃべり続けた。
「逃がしはしないぞ! 我が前に現れた時点で、貴様らに『生き残る』という選択肢はなくなったのだ! 貴様らを殺すだけでは許さん! 家族も! 友人も! この王都そのものも! 破壊し尽くしてくれよう!」
「聞いてねぇな、こいつ」
「殺していいのかしら?」
私が言うと、シスルが面倒臭そうに手を振った。
「いいんじゃねぇの? つーか、ほかの客の迷惑だから、さっさとやっちまえば?」
「ご自分でやる気はないんですね?」
デイジーが茶化すように口をはさむと、シスルが嫌そうに言った。猫耳が両方とも伏せられている。
「しょうがねぇだろ。あたしがやるよりプリムがやったほうが確実だし、手っ取り早い」
「じゃあ遠慮なく」
私はすたすたと赤黒い魔獣に近づいた。
「ほほう? 命知らずな女だ。よかろう! まずは貴様から血祭りに上げてくれる!」
巨大化した腕が私に振り下ろされる。私の頭部に一撃が入り、骨の砕ける音がした。
赤黒い魔獣が悲鳴を上げた。殴りつけた腕が見事に折れていた。
「わざわざ正面から喰らってやるのかよ……」
うしろから声がかかった。シスルだった。
「だって、当たりさえすれば絶対に負けない、みたいなこと言うから……」
食らったところで大した意味などないようだ。
赤黒い魔獣は苦痛にうめき、自身の右腕を押さえている。私は躊躇なく叩き斬った。血が飛び散り、地面がよごれるが、すぐに魔石に変化してきれいになった。
魔石を回収すると、私たちは花火大会の続きを見た。
まわりの人間は、最初こそ戸惑いの様子を浮かべていた。だが、あまりにもあっさりと魔獣が討伐されたせいか、何かのイベントだと誤解したらしい。特に気にすることもなく、花火の見物に戻った。