第22話 全部の行動が裏目に出てる
「たぶん、聖剣が選ぶのはお主だと思うがな」
「確証がおありなのですか?」
デイジーの問いかけに、ラオカは「ふむ」とクッキーを口に入れた。うまそうに咀嚼してから彼女は言った。
「我もそこまで詳しくはないが……あれは、自分を振るうのにもっともふさわしい者を選ぶ、という話だからな」
「それで、どうして私になるんですかラオカさま! おかしいじゃないですか!」
仕方あるまい、とラオカは人差し指を立ててゆらゆらと振った。
「我もちょっと興味が湧いて調べてみたのだが、聖剣の使い手に選ばれるのは、その時代における強者と相場が決まっているのだ。弱者が選ばれたことは一度もないという」
ラオカは人差し指をデイジーに向けた。
「だが、強ければ誰でもよいわけではない。たとえばデイジーもこの時代におけるもっとも強きもののひとりだが、まず間違いなく聖剣はこやつを選ぶまい」
「なぜですか?」
私の疑問に答えたのはデイジーだった。
「剣術が不得手だから、でしょう?」
「そのとおりだ」
ラオカは愉快そうに私を見た。
「確かにデイジーは強い。魔術師としては古今無双といってよい。少なくとも、我はデイジーより優れた魔術師を知らぬ。だが、聖剣は文字どおり『剣』だ。せっかくの使い手が自分を使わぬのでは宝の持ち腐れであろう? ゆえにデイジーは選ばぬ。間違いなく」
「……それで、どうして私なんですか。リリーとか、シスルだって……」
私はふたりに目を向けた。
「確かにお主がいなければ、このふたりのどちらかが選ばれていたかもしれん。しかし総合力で見たら、明らかにお主が上であろう? どうせなら一番強きものを……と考えるのは不自然でない。なによりなぁ……」
とラオカはぼやくように言って、リリーとシスルを見た。
「このふたりは確かに強い。だが覇気に欠けるというか、ヒリつくような威圧感がないというか……こう、戦人としての迫力が物足りん」
「いやいやいや! なんですかそれ!? 私だって――」
ラオカはまじめな顔でさえぎった。
「やはりプリムのような女を知っているとな、そりゃあ聖剣だってそっちを選びたくもなろうよ。責めることはできん。実際、このふたりはあまり好戦的ではない。一向に我に闘いを挑まぬ点を考えても、やはり聖剣としては不満があろう」
ラオカはしみじみと語った。
「たとえ力及ばずとも挑まずにはいられない。闘いを求めるすさまじいまでの闘争本能……聖剣といえど、結局は戦うための武器だ。自らの本分を、存在意義を存分に発揮してくれる使い手――すなわち、相手が伝説の神竜だろうとお構いなしに勝負を挑む、生粋の戦士こそ聖剣の理想なのであろう」
「まぁ確かに神竜に喧嘩を売るのはお嬢さまくらいですが」
デイジーが茶々を入れるように言った。
「つまるところ、お嬢さまが伝説の神竜に嬉々として闘いを挑むような人物でなかったら選ばれなかった、ということですか」
ラオカはうなずいた。
「おそらくな。もっとも、プリムほどの使い手なら、わざわざ聖剣なんぞに頼らんでも普通に倒せるが」
「ちょっとなんで私の行動、全部裏目に出てるんですか!? おかしくありません!?」
「我に言われてもな」
ラオカは苦笑した。
「せっかく手に入れた力なのだから、いっそ有効活用してさっさと済ませてしまえばよかろうに……と、我なら思うのだがなぁ」
「イヤです! 絶対にイヤです!」
私は駄々っ子のように腕を振った。ラオカはため息をついた。
「ならば仕方ない。まぁ竜と人による共同戦線もどうなるかわからぬし、我はもうしばらく見物させてもらうとしよう。邪魔したな」
言いたいことだけ言って、ラオカは去っていった。去り際、クッキーをふたつほど拝借して……。
私は頭を抱え、テーブルに顎を載せた。
「なんでよぉ……。剣術の皆伝持ちなら私以外にもいるじゃない! 大魔術の使い手だっているじゃない! そういう人たちで魔王討伐すればいいじゃないのぉ! リリーとかシスルとか!」
「あたしは上級魔術しか使えねぇぞ?」
シスルがココア片手にクッキーを食べながら言った。リリーも苦笑する。
「わたしは大魔術も使えるけれど……ラオカミツハさまの言うとおり『一番強い人を』という条件なら外れてしまうね。覇気もないし」
ぐぬぬ……と私は歯ぎしりした。デイジーがたしなめるように言った。
「落ち着いてください、お嬢さま。お話を聞くかぎり、まだ魔王軍との戦端は開かれていないようですし、そもそもアルファ王国に救援要請が来たわけでも、お嬢さまに王命が出されたわけでもありません。現実問題として、アルファ王国の公爵令嬢、それも王位継承者が他国で大暴れするわけにはいかないんですから、大丈夫ですよ」
「そういや、お前ら本気出すと天変地異が起こるんだっけ」
シスルがココアを飲み干してから言った。
「そんなん起こされたらたまったもんじゃねぇよな。『世界平和のためでーす』って言いわけしても、『絶対許さねぇ』ってヤツが多そうだぜ」
「なるほど」
リリーが得心した顔でうなずいた。
「確かに、それだとプリムさんが直接魔王と戦うのはまずいね。少なくとも、今はまだ」
「今後も戦う予定はないわよー……」
私は盛大にため息をついた。