第15話 せめて人間の変わり者レベルになってほしい(切実)
「ちょっと、デイジーさんとどういう稽古をしているか、見せてもらっていいかな?」
「負傷状態でやるのはダメなのよね?」
「それはなしで……。ふたりとも、五体満足な状態で始めてほしいな」
「わかったわ! まかせて!」
私とデイジーは、リリーたちから少し離れた位置で向かい合った。お互いに剣を抜く。すると、シスルが大声で叫んだ。
「だからなんでお前ら真剣使うんだよ!? 木剣か、せめて刃引きを……!」
「落ち着いてくれ、シスル。とりあえず見てみよう? 止めるのは、あとでもできるから」
リリーの言葉で、シスルは不満そうに黙った。
はじめていいの? と私が問いかけると、リリーがうなずいた。あらためて、私は剣を構えた。リリーも剣を構える。距離は五メートルほど。
私は一息に間合いを詰め、デイジーを斬りつけた。紙一重でデイジーはかわした。身をひねり、態勢が崩れている。私は追撃を――
「待てや!」
シスルが慌てて止めた。
「今、完全に殺すつもりで斬りやがっただろ!?」
「そりゃデイジーは斬っても大丈夫だし」
「なにが!? なに言ってんのお前ぇ!?」
「あー……プリムさん、大丈夫の意味を説明してほしいんだけど……」
リリーが軽く手を上げて訊いた。私は無言でデイジーの首を斬った。切断された頭部が地面に落ちる。シスルが叫んだ。
「何やってんだこの人殺しぃ!?」
「騒ぎすぎですよ。たかが首を斬られたくらいで」
頭部の再生と同時に、デイジーが呆れ顔で言った。
斬られたほうの頭が地面を転がって、ゆっくりと止まる。シスルが唖然とした表情で目を見開いていた。猫耳がうしろに倒れている。リリーが半眼で私たちを見た。
「とりあえず、仕組みを教えてくれるかな?」
「よくあるトラップを応用しただけですよ?」
リリーがいぶかしげな顔をする。
「トラップ?」
「ほら、たまに仕掛けてあるでしょう? 地雷みたいに、踏んだら魔術が発動して、爆発したり指定した場所にワープさせたりするタイプの罠があるじゃないですか」
「つまり?」
「同じことを、私自身の体に仕込んでるんですよ。もし私の心身に異常が発生したら、即座に再生、修復するように魔術をかけてあるんです」
デイジーは得意げに胸を張った。大きなふくらみが揺れる。
「傷を負うのはもちろん、毒を食らったり精神に悪影響を受けたりした場合も、即修復します。リリーさんだって治癒魔法の使い手なんですから、このくらいのことはやっているでしょう?」
「ごめん。全然やってない」
「ダメですよ。不意打ちされたら死ぬじゃないですか。お嬢さまみたいに治癒できない人ならともかく、できるならやっておきましょうよ」
「私はそのへんの問題をカバーするために、重傷を負っても動けるように日頃から訓練してるのよね」
「二度とやるなぁ!? いいか、二度とやるんじゃねぇぞ!? わかったな!? おら、早く返事しろよ!? もうやりませんって言えぇ!」
固まっていたシスルが突然叫んだ。私は困惑して言った。
「え? で、でも……ほら、デイジーは傷一つないのよ? 見てのとおり、デイジーの力なら完全な修復が――」
「そこに転がってる生首ぃ! 突然スプラッター映像見せられるほうの身にもなれや! お子様に絶対見せられないやつだろコレ!?」
シスルは必死な様子だ。
「『すぐに治るんだから別にいいだろ?』理論からは卒業しろや! もうこの際だ、あたしも普通のやつになれとか言わねぇよ! もう! 言わねぇから、せめて変人レベルになってくれ! 頼むから!」
「変人になれと言われても……」
「現状のお前ら、すでに色々と手遅れで、怪物とか化物なんだよ発想っつーか思考が! 頼むから『人間の変わり者』レベルに留めてくれ! 頼むからマジで!」
シスルは私の肩をつかみ、がくがくと揺すぶった。
「わ、わかったわ。とにかく負傷させなきゃいいのよね?」
「そうだよ!? いいか? 訓練はな、命がけでやらないんだよ! 命の危険があるものを訓練とは呼ばねぇ!」
「でもこれ、安全性はちゃんと――」
「あたしが悪かったぁ! あたしの言い方が悪かったな! 訓練はな、怪我しないものなんだ! 事故で怪我することもあるけど、基本は怪我しないようにメニューを組むものなんだよ! 怪我して治すの前提の訓練とか訓練じゃねぇ!」
ぜぇはぁ、とシスルは荒く息をついた。