第14話 頭を抱える常識人ふたり
「デイジー」
「わかりました」
と言って、デイジーは腰につけたポーチから毒薬を取り出した。私は受け取る。
「ちょっと待て」
フタを開けようとした私を、シスルがまた止めた。
「お前、なにやる気だ?」
「負傷させての訓練はダメって言うから、致死性の猛毒を飲んで――」
「何もわかってねー!」
シスルのしっぽがブワッと大きく逆立った。私は首をかしげた。
「体を麻痺させる神経毒のほうがよかった?」
「そういう問題じゃねぇよ!? なんで余計なことすんだ!? 万全の態勢で訓練しろや! 毒も負傷もなしだ! 普通の! 健康な! 体で! 修行しろや!」
シスルはつつくように何度も何度も私を指さした。私は瓶をデイジーに返した。
「これもダメなのね……。じゃ、デイジー」
「わかりました」
デイジーが水魔法を使う。巨大な、四角い水の塊を作り出した。
「もう聞くの面倒くさくなってきたけど、なにやるつもりだ?」
声に疲労がにじみ出ていた。しっぽと猫の耳の先端が、疲れを表すように垂れ下がっている。
「もちろん水中戦闘の訓練よ。水の中に引きずり込まれても大丈夫なように――」
「却下だ!」
猫耳としっぽが勢いよく立つ。
「ええ!? でも、これなら命の危険は――!」
「窒息するだろ!? 溺死するわ! 人間は魚じゃねぇんだぞ!?」
「慣れれば空気がなくても平気よ?」
「普段は火あぶりですからね。これでも気を遣ったんですよ?」
デイジーが自慢げに言った。私はくすくす笑った。
「あれは服が燃えるもの」
「いちおう、着替えは持ってきてありますけどね」
「お前らが周りから恐れられる理由がよーくわかるな……」
シスルはがっくりとした様子で座り込んだ。うなだれている。リリーが困り顔で言った。
「えーと……そうだ! わたしとシスルで、いつもどおりの鍛錬をするから、二人にはそれを見てもらう、というのはどうかな?」
「他人の訓練風景を見せた程度で、こいつらに伝わんの……?」
シスルは憔悴しきった顔だ。リリーは力強く断言した。
「だ、大丈夫だよ! 今のところ、シスルの言いつけは守ってるじゃないか! 予想の斜め上をいかれてるけど! 実際に見せれば納得してくれるんじゃないかな!?」
はぁ……と、ため息をつきながらシスルは立ち上がった。
二人は倉庫のほうへ歩いていった。そして、木剣を持って帰ってきた。しばらく見ているように、とリリーに指示される。
ふたりは五メートルほどの距離をおいて対峙し、木剣を構えた。
そして、軽い打ち合いを始めた。両者とも間合いを計り、隙をついて木剣を振るった。リリーもシスルも相手の攻撃を避け、反撃をする。ときおり木剣を打ちつける音が響いた。
しばらくすると、まわりに生徒たちが集まってきた。私は意識して見物人を観察した。すると、みんなシスルとリリーの動きに見入っていた。
三十分ほどで、打ち合いは終わった。周囲の生徒たちが、感嘆したように吐息を漏らす。どうだ? と近寄ってくる二人に、私は首をかしげて訊いた。
「これが正しい準備運動?」
「んなわけねぇだろ!? お前の頭ほんとにどうなってんの!?」
「え、待って? まさかこれが本格的な稽古なの? というか三十分くらいしかやってないんだけれど、本当にこれでいいの? 最低でも一日四時間はやるんでしょ?」
「普通は休憩をはさみながら……なんだけど」
リリーは半ば呆れたような口調で言った。
「もしかして、四時間ぶっ続けで打ち合ってるのかい?」
「まさか、ちゃんと組太刀もしているわよ」
「いや、そういうことじゃなく――」
リリーは頭痛がするとでもいうように、額を指で押さえた。