第13話 常識を代償に得た力
「くっつけるんじゃなくて生やすのかよ!?」
「え? これもおかしいの?」
私は切断された足から靴と靴下を取り外そうとしていた。シスルは頭を抱えている。猫の耳を押さえ、しっぽが苛立ちを示すようにゆらゆらと激しく動いていた。
「もうこいつらヤダー! なにひとつ常識が通じないぃー!」
「常識を代償に、手に入れた力ですからね」
デイジーが自慢げに胸を張って言った。大きな乳房が揺れる。
「うっせーな! ってか、お前はわかってんだろ!? なんかこいつは!」
とシスルは靴下を履く私を指さした。
「天然っぽい! けど、お前は面白半分にわかっててやってる感じがする! 大好きなお嬢さまに合わせてるだけっぽい気配がする!」
「失礼ですね、私とお嬢さまは同類ですよ?」
「そんなセリフが出る時点で! ある程度自分を冷静に見てんじゃねぇの!? くそぁ!」
ひとしきり叫んでから、シスルは大きく肩で息をついた。
「とにかく周りに合わせろ! 周りに! 普通の訓練をしようぜ!? もうコレ以上の強さはいらねぇだろ!? お前ら、何と戦うつもりだよ!?」
「私は戦わないわ。絶対に逃げる!」
靴を履いた私は断言した。
「じゃあ、なんでこんな強くなってんのぉ!? 護身術レベルだったら、それこそ初伝と下級魔術とった時点で十分すぎるだろうが! 中伝とか中級魔術でも過剰なのに、皆伝とか大魔術まで会得しやがって! やることなすこと全部ズレてんじゃねぇか! お前ほんとは戦いたくて戦いたくてたまらないんだろ!?」
「中伝なんて誰でもとれるじゃない。それじゃさすがに――」
シスルが信じられないものを見る目で私を見た。猫の耳が驚きを示すようにピンと立っている。
「お前それマジで言ってんの?」
「だって、武術の師範に『中伝をとるのに、初伝と合わせて十六年から二十年かかる』って言われたから。違うの?」
「それは! ある程度の! 才能があるやつの話だろうが!」
シスルは私の胸ぐらをつかんで揺すぶった。
「努力が通じるのは初伝まで! 中伝とれるやつなんて一割もいねぇよ! 数十人に一人とかのレベルだよ! つーか中伝がそんなお手軽なもんなら、あんなきれいにお前の手足ぶった斬れるわけねぇだろ!? お前そこに転がってる――!」
と切断された私の右腕と左足をシスルは指さした。
「自分の手足の切断面をよく見てみろ! こんななめらかに斬れるかってんだよ! つーかお前の防御突破できる時点で、こいつ明らかに中伝レベルじゃねぇけど! どう見ても奥伝っつーか、パワーだけなら皆伝クラス……!」
「そうなんだ……」
「ってかな! この学校の卒業要件が! なんらかの武術、学識、社交、魔術の中伝相当を二つ、または上級魔術や武術の奥伝を一つ会得ってなってるだろうが! そんな簡単なら条件にならねぇ!」
「ご、ごめんなさい……。てっきり婚活メインなのかと……」
ゲーム(『学園』のほう)と違って、王立学園は条件さえ満たせばいつでも卒業できる。三年以内に条件を満たせないと退学になってしまうが、条件そのものは簡単だ。
だから、ちょっとおかしい、と内心で思ってはいたのだ。
私やデイジー、それにリリーやシスルなど、入学前から卒業資格を得てしまっている。だから、私はこう考えた――ここは異性との出会いの場なのだと。
三年間で、お互いに結婚相手を見つけましょうね、できなくても女は相手探しのチームを組みましょうね、という意味なのだと。
「入学者の名簿を見ても、みんなすぐに卒業できそうだったから……」
「まぁ確かに男目当てのやつも多そうだけどな。でも、この学園って入るのも大変だからな? もともと優秀なやつしか入れない学園で、より高度な技を身につけたいと考えているやつ向けの場所だぜ、ここは」
「でも、それだったら奥伝や上級魔術を必須条件にしたらよくない?」
「それだと退学者だらけになるだろうが! お前ほんとにわかってんの!? 上級魔術だ奥伝だなんて、数万人に一人とかの規模だろうが! しかも普通は二、三年で身につけられねぇから!」
「そうなの? 私やデイジーは二、三年で……」
「お前らを基準にすんなや!」
「でもシスルやリリーだって……!」
と私が唇を尖らせると、シスルは地団駄を踏んだ。
「あたしやリリーも、一〇〇〇年に一人の天才少女って言われてんだよ! お前らが『人類史上最強の怪物』とか『魔神の生まれ変わり』とか恐れられてるから全ッ然目立たないだけで!」
「なんでそんなに差がついてるの?」
デイジーは違うが、三人とも武術の皆伝持ちだ。魔術にしたって、シスル以外は大魔術が使える。年齢も同じなのだから、差があるとは思えなかった。
「実績と無茶苦茶な風評のせいに決まってんだろ!? 伝説の神竜とバトルして、天変地異起こしたり、手足ぶった斬るような苛烈な訓練やったり……! そりゃ『こいつらやべぇな』ってなるわ! だいたい同じランクの魔術でも、魔力とか練度とかで威力が全然違うだろうが! 差があるんだよ! ちゃんと!」
「シスル、そのくらいに」
見かねた様子のリリーが口をはさんだ。
「彼女たちも悪気があったわけじゃないんだ」
「だから問題なんだろ!? 悪いことしてるって意識がねぇからダメなんだよ! 絶対に反省できねぇじゃねぇか!」
「いや、まぁ、うん……」
リリーは目をそらしながら、歯切れ悪く答えた。が、すぐに前を向いて、
「と、とにかく! これからは、ふたりにも普通の訓練をしてもらうということで!」
「わかったわ。負傷させての訓練はしないことにする」
私は宣言した。さすがにチームの仲間に迷惑をかけるわけにはいかない。