第9話 シスルさん、男女比に納得がいかない
シスルがカップを手にしたまま勢いよく立ち上がり、私たちを指さした。
「この世界おかしくね!? もしかしたらお前らのせいなのか!? いや、お前らのせいっていうか――!」
「『学園』や『英雄』の影響なんじゃないか、という疑問だろう?」
リリーがシスルの肩に手を置き、ゆっくりと座らせた。
「実際どうなのかな? 地球時代の知識があるせいか、わたしもずいぶんと《《いびつな世界》》に思えてしまうんだけど」
「どのへんがです?」
デイジーが首をかしげると、コーヒーを飲んでいたシスルがむせた。
「おまっ! マジかよ? なんの疑問もねぇのか……? お前、ホントに前世の知識あんのか? それとも前世の『あたし』とは違う、まったくのパラレルワールド出身ってオチじゃねぇだろうな?」
「だから、どこがです? 言ってくれないと、さすがの私たちも……」
「男女比! 言われるまでもねぇだろ!? プリムもか!?」
私はココアにふうふう息を吹きかけて冷ましながら言った。
「確かにこの世界は殿方が少ないけど――」
「少ないけど――って少なすぎだろ!? っていうか、んなあっさり済ます問題かコレ!?」
「シスルもわたしも、地球を知ってたからだいぶ戸惑ったんだけどね」
リリーがコーヒーを一口飲んでから言った。
「わたしたちのいた地球だと、男女比は一対一だったんだ。そっちは違うのかな?」
「一対一ではなかったですね。出生性比は一〇五:一〇〇という関係でしたから」
「なんだそりゃ?」
シスルはいぶかしげに訊いた。デイジーはカップを置いて答えた。
「生まれてくる男女比ですよ。女一〇〇人に対して、殿方は一〇五人生まれてくるということです」
「ほぼ一対一じゃねぇか!」
「いえ、違いますよ。女が一〇〇万人いたら、殿方は一〇五万人いるということです。女が一億なら、殿方は一億五〇〇万人ですよ? まぁ平均寿命は女のほうが長かったので、殿方はどんどん死んでいって、最終的に逆転しますけど」
「確かに数字がでかくなるとだいぶ差が出てくるけどさぁ……つーか、それでもこの世界の男女比と比べたら全然普通じゃねぇか!」
「単に効率化の結果に文句言っても仕方ないじゃないですか」
シスルは口をあんぐりと開けた。
「ちょっと待てや! 効率化ってどういうことだよ!?」
「ちょっと考えたらすぐにわかるでしょう?」
シスルの反応に、デイジーはきょとんとした。それから、彼女はシスルにむかって人差し指を立てて、こう説明した。
「女ひとりに対して、殿方が五人十人いたって仕方ないでしょう? 地球基準なら、妊娠期間は確か二八〇日前後でしたっけ? 仮に毎年出産したとしても、十年で十人しか産めませんよ」
デイジーは諭すように言って、テーブルを人差し指でコツコツと叩いた。
「逆に殿方ひとりに対して女が五人十人いれば、一年で五人十人産むことも可能です。数を増やす、繁殖する、という目的で考えた場合、メスが多いほうが圧倒的に効率がいいんですよ。実際、これは極端な話ですが、オスが一匹いれば、メスが何匹いようと繁殖自体は可能ですからね」
「なるほど。そういうふうに考えれば……」
と納得した素振りのリリーに、シスルが抗議するようにばんばんとテーブルを叩いた。しっぽが不機嫌そうに揺れている。
「ちょっと待てよリリー! でもやっぱ不自然じゃね!?」
「シスル、そうは言ってもアリやハチみたいな生き物は地球にもいたし、それにこの世界は実際にそうなっているわけで……」
「うるせー! 前世の『あたし』が読んでた『聖なる乙女の騎士』は、メインは女ばっかだったけど、男のモブキャラもそれなりにいたぞ!?」
「『英雄』だと、女が多い世界だから戦う人も女ばっかり。魔王討伐するメインキャラが女だらけなのはそういう理由です、って設定がありましたね」
シスルは目をむいた。
「そのせいかよ! 余計な設定つけやがって!」
「そういえば『学園』も、女の子が多い世界だから、女の子同士で恋愛するのは普通だよ、っていう設定があったような……」
「そっちもかよ! ふざけんな!」
ばんばんばん、とシスルは手のひらをテーブルに打ちつけた。カップに入れた液体が衝撃で揺れ動いている。
「つーか、女のほうが多いからって武官も女だらけになるか普通!?」
「殿方が貴重なんですから仕方ないでしょう? 心理的に、稀少な殿方を危険にさらしたくない、と女が考えるのは普通です。地球とは逆で、女の数がずっと多いわけですからこっちは多少死んでも……となるのは当たり前のことですよ」
「いや、だとしても……!」
「だいたい向こうと違って、こちらには魔法がある上に身体能力も別に男女で差がないでしょう? 数で勝り、戦闘力でも優劣がなく、ついでに言えば妊娠状態でも特に支障なく戦える生態なんですから、そりゃこうなるでしょう」
そう言ってデイジーは呆れ顔で吐息を漏らした。