第5話 恋愛育成ゲームなら知ってる
「お前と同じってことか?」
「たぶん違う。わたしやシスルとは別口だ」
意味わかんねぇ、とシスルのしっぽが不機嫌そうに揺れた。
「デイジーさん、わたしたちは君の提案を受け入れた。事情を説明してほしい」
「お嬢さま」
デイジーが私を見た。私はおずおずと知っていることを話した。前世の知識を持つことと、その中にある『聖なる乙女の学園』というゲームについての情報を。シスルが叫んだ。
「まさかの恋愛育成ゲーム! しかも百合ゲーかよ!」
「ちょっと、そんな非難するみたいに言わないでよ。確かに凡作だったけど、少なくとも実況動画を見かけたら見てもいいかなって思えるくらいには面白かったわよ」
「自分で買ってプレイする気ゼロかよ!? つーか凡作扱いって、前世のお前がやり込んでたゲームじゃねぇのかよ!?」
「だってどこがどう傑作なのかわからないんだもの。きっと異世界人だから感性がバグってたんじゃない?」
「お前、自分の前世にめっちゃ辛辣だな?」
そうかしら? と私は首をかしげた。リリーが口をはさんだ。
「ともかく、プリムローズさんは――」
「プリムでいいわ。親しい人はみんなそう呼ぶから」
「じゃあ、プリムさん。君は『聖なる乙女の騎士』という漫画のことは知らない。恋愛育成ゲーム『聖なる乙女の学園』だと思っていた、ということだね? エリュトロン・メランのことも当然……」
「知らないわ。そもそもリリーに詳細な過去設定なんてない。プレイヤーの分身なんだもの」
「わたしの姿も、違ったんだね?」
「その姿にもなれたでしょうけど……。ただ、キャラクリで自分好みに変えるのが普通だったみたいだから」
「『聖なる乙女の騎士』じゃ、確かリリーはこの恰好だったぜ?」
シスルがリリーを指さした。
「漫画作品はキャラクリエイトできないからね。わたしの姿も故郷の場所も、そもそも赤黒い魔獣に襲われ、それに復讐するという物語もなかったわけだ。道理で二人が来ないわけだよ、前世の知識があるのに」
「確かにおかしいとは思ってたけどさぁ……。まさかまるっきりの別作品、しかも百合ゲーで恋愛ゲームってまたマニアックな……」
天を仰ぐ様子のシスルに私はたずねた。
「『騎士』のほうに百合要素はなかったの?」
「あるわけねぇだろ」
「でも主人公名『リリー・リリウム』なんでしょ? リリーとリリウムで百合がかぶってるじゃない。百合と百合のあいだじゃない」
「どんな発想だよ!? 意味わからんわ!」
「いやだってそこまで露骨に『百合』って名前に入れてたら、普通はなにかしら百合っぽい要素が入るものじゃない? 作者は何考えてんの?」
「リリーの故郷が百合の名産地なんだよ! 百合の咲き乱れる滅んだ故郷に帰ってきて、『聖なる乙女の騎士』と呼ばれるようになった、って墓前で報告するラストなの!」
「うわっ、なにそれ? 作者のドヤ顔が浮かぶようだわ。『名前に百合って入れたけど、あえて百合要素はなし。最終話で主人公名の由来を明かすおしゃれな構成』とか思ってんでしょ、どうせ」
「うっせーな、実際よくできてんだよ! 読んでもいねぇくせに語るなや!」
「あなたも読んでないじゃない! 前世の自分でしょ、読んだのは!」
「読んでないけど、覚えてはいるんだよ! つーか名前に百合要素があるから――ってそれ、リアルに百合ってるお前らだからこその発想だろうが! 前世の『お前』も百合ってたんだろどうせ!?」
シスルが私とデイジーを指さした。
「前世の『私』は、リアルで女の子とお付き合いしたことはないはずよ」
「嘘つけや! じゃあなんで百合ゲーなんてプレイしてたんだよ!」
はぁ……と私は深々とため息をついた。
「リアルとフィクションは別という言葉を知らないのかしら? そもそも私とデイジーの関係も男前提だから百合とは違うし」
「その可哀想なものを見る目やめろや!」
「前世の『あなた』って、超人バトルができるように日夜修行してそうよね?」
「んなわけねーだろ!? つーか異常な鍛え方してんの今のお前じゃねぇか! 自分のこと棚に上げて何を言ってやがる!?」
「私は普通よ、普通。確かに熱心だと自覚はあるけど――」
「自覚ねぇのか!? つーかお前ら、やることなすこと色々おかしいんだよ! どっかズレてんだ! 魔王殺すんじゃなくて、逃げるために鍛錬とか意味わかんねぇわ!」
私は神妙な顔で、シスルとリリーを見た。
「そうだったわね。魔王討伐、がんばってね」
「お前らも手伝えや! なんのための力だよ!」
「今、自分で言ったじゃない。逃げるためよ! ねぇデイジー?」
「そうですね。お嬢さまは最初から、それしか頭にありませんでした」
「逃げるより殺したほうが早ぇし、確実だろ!?」
「大丈夫よ。『さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ』って言うでしょ?」
「お嬢さまにハードボイルド探偵とか無理な気がしますけどね」
「誰のセリフだよそれ! 意味わかんねぇわ!」
「私は別れを告げて、しばらく死んでるから……ってことよ。ほら、死人に助けを求めることはできないわ」
「お嬢さま、おそらく前世の『彼女』は学校の教科書でしか小説を読んだことがないような人間です。レイモンド・チャンドラーとか『長いお別れ』とか、たぶん名前すら聞いたことありませんよ」
「馬鹿にしてんだろ、てめーら! 前世の『あたし』だって教科書以外の小説くらい読んでたわ! ただ、その言葉は知らなかっただけ!」
「シスル、ほら落ち着いて」
リリーがなだめた。シスルは、ぐぬぬ……と悔しそうに歯噛みしていた。