第3話 そんな漫画知らないんですけど?
「誰だ、てめぇ! って、プリムローズじゃねぇか!?」
目玉が飛び出しそうなほどに目を見開いている。見た目はかわいらしいのに、態度や仕草はだいぶ粗野だった。
「だから言わんこっちゃねぇ! 逃げっぞリリー! ここはヤバい!」
「まぁ待ちなって」
逃げようとするシスルのしっぽをリリーが優しくつかみ、先っぽを撫でた。シスルは発情した猫みたいなものすごい嬌声を上げた。
「なにしやがんだ!? しっぽは弱いって言ってんだろ!? ぶっ殺すぞてめぇ!?」
「だから落ち着きなって。ちょうどいいじゃないか。デイジーさまも、そこにいらっしゃるんでしょう?」
リリーの言葉で、デイジーも姿を現した。
「よく気づきましたね?」
「わずかに魔力の反応がありましたから。僭越ながら、次からは魔力もごまかしたほうがよろしいかと……」
「私とお嬢さまに敬語は不要ですよ。様もいりません。昔なつかしい同胞のようですので」
デイジーが私を見たので、うなずいてみせた。リリーは一瞬戸惑ったようだが、
「では、私的な場では砕けた口調で話すよ」
とあっさり順応した。デイジーはシスルに目を向けた。
「シスルさんも、魔力で気づいたんですか?」
シスルは頬をかき、明後日の方向を見た。
「いや、あたしは、なんか変な気配を感じたから……。魔力とか、よくわかんねぇし」
「シスルは感覚派なんだよね。なんとなく、で魔法も使ってる」
「うるせーな! 使えてんだからいいじゃねぇか!」
シスルは拗ねたように言って、自分のしっぽをお腹にくっつけ、守るように手で握った。
「くそっ! 本当にどうすんだよ? 絶対に接触したくなかった二人組と会っちまったじゃねぇか。マジで何考えてんだよリリー!」
シスルは声を荒らげたが、リリーはひょうひょうとしていた。
「ここまで来たら素直に会ったらいいじゃないか。同じ学園にいて、まったく関わりを持たないのも不自然だし、無理がある。さいわい、向こうから会いに来てくれたんだ。腹を割って話せばいいじゃないか」
「けどよ!」
「どのみち、わたしたちは二人と出会った。それが結論だ。この状況で逃げる選択肢はないとわたしは思うよ?」
シスルは押し黙った。デイジーが手を上げた。
「お二人は知り合いなのですか?」
リリーがうなずいた。
「そうだよ。わたしとシスルは幼馴染でね。十歳の頃、彼女がわたしの住む村まで来て、警告してくれたんだ」
「さっき言ってた前世の知識がどうこうというやつですね」
デイジーが私を見ながら言った。私は首を横に振った。
警告? 何に対して? それにどうやってリリーの居場所を?
確かに前世の情報があれば、リリーがどんなやつか見物に行くだろう。場所がわかっているなら、だ! 主人公の出身地はプレイヤー次第だ。事前にどこに住んでいるかなど、わかるはずがない。
「で、警告というのは?」
リリーは怪訝な顔をした。
「赤黒い魔獣だよ。ほら、エリュトロン・メランのことさ。どうせだったら手伝いに来てくれればよかったのに」
リリーは苦笑いを浮かべた。
「ほう、赤黒い魔獣ですか」
デイジーは私を見た。私は首をぶんぶんと横に振った。リリーはいぶかしげに私を見た。
「君たち、前世の知識があるんだよね? シスルと同じ『聖なる乙女の騎士』っていう漫画についての情報を知る人たち。それとも、わたしのように知らなかった口かい?」
「漫画、漫画ですか……」
デイジーは私を見た。私は何度も右手を顔の前で振った。
知らない! そんなタイトルの漫画、私は聞いたことすらなかった!