第1話 プリムローズ十六歳
月日はあっという間に流れて、私たちが王立学園に入学する日になった。
デイジーはいつもどおりだったが、私は緊張していた。見つけてしまったからだ。リリー・リリウムという名前を。
公爵家の特権を使い、私は事前に入学者の名簿を入手していた。今年入ってくる――すなわち私と同学年になる人物に、リリーがいるかどうかチェックしようと思ったのだ。正直、期待はしていなかった。
リリー・リリウムはデフォルトネームだからだ。どうせ変わっているだろうと思っていた。
いや、違う。そうじゃない。私は、本当は期待していたのだ。実はゲーム云々というのは私の妄想で、リリー・リリウムなんて人間はこの世にいない。そう、すべては私の弱い心が作り出した悪夢に過ぎないのだと……そう思い込みたかった。
だが、もちろんそんな現実は存在しない。
名簿には、リリー・リリウムという名前がしっかり刻まれていた。顔写真も貼ってあった。人間族の女性で、長い髪をポニーテールにまとめている。年齢は十六歳。顔立ちは凛々しく、騎士を思わせた。
プロフィールには身長や体重、さらにスリーサイズやアンダーバストまで載っている。背丈に関しては一七〇センチメートルあって、これは私が記憶している通りの数字だ。
そして、私はスリーサイズのほうに目を向けてほくそ笑んだ。といっても数字が載っているわけではない。ウエストを七とした場合の比率が掲載されているだけだ。
「ふふっ。バスト、ウエスト、ヒップの比率はおおよそ十三対七対十二といったところね。リリー・リリウム、口ほどにもないわ」
「そうですね。お嬢さまや私は十四対七対十二ですもんね」
そんなことより……とデイジーは冷たく言った。
「いつになったら、その下の部分に目が行くんですか?」
「何を言っているのデイジー? この名簿には、身長やスリーサイズくらいしか見るべき点がないわ」
「その下にかなり重要なことが――」
「私の目には何も映らないわね!」
「なるほど。お嬢さまの目には映らない文字で書かれているみたいですね。代わりに私が読んで差し上げましょう!」
デイジーが私の手から名簿を取り上げた。
「や、やめなさいデイジー! その文章を読んじゃいけない! 不幸になる!」
「現実と向き合いましょうよ、お嬢さま」
デイジーは呆れ顔だ。
「クリノス流剣術(皆伝)、魔術剣(光)、光属性(大魔術)、治癒(大魔術)」
私は耳を抑えてうずくまり、悲鳴を上げた。デイジーは顎に手を置き、なにか考えているふうだ。しばらくして、彼女は言った。
「お嬢さまのほうが強そうですね」
「なんでよ!」
「だってお嬢さま、剣術以外にも色々と皆伝してるじゃないですか。しかもリリーさん、光属性しか使えないんですけど」
「でも大魔術まで使えるじゃない! しかも治癒も! というか闇属性の私に光属性はアカンでしょ! まるで私を殺すために生まれてきたと言わんばかりじゃないのぉ!」
「『聖なる乙女の学園』って、女の子との恋愛を楽しむゲームですよね? なんで殺し合いするの前提みたいな話になってるんですか?」
デイジーは困り顔でため息をついた。
「今さらですけど、ほかの攻略対象はどうなんですか? 入学してきてるんです?」
「いたわ……。シスル・ナスターシャム」
「えーと、シスル、シスル……」
デイジーは名簿をあさった。
「これですかね? シスル・ナスターシャム、獣人族(猫)、十六歳。私たちと同い年なんですね」
「リリーも含めて、生徒に関しては全員同い年よ」
ゲームと違って、現実の王立学園は何歳であろうと入学できる。だがリリーをはじめとして、生徒の攻略キャラはゲームどおり全員同じ年齢だった。
「生徒に関しては……ってほかにもいるんですか?」
「教師のダリア・ダンデライオンと、アイリス・ラナンキュラスも攻略対象よ」
私は教師の名簿もデイジーに渡した。デイジーは書面を確認していく。
「シスル・ナスターシャムはプロートス流の剣術、槍術、拳法の皆伝持ち。さらに補助の上級魔術ですか……。ハイスペックですね。というか、教師陣も相当なものですね」
「ダリア先生は魔術が使えない代わりに、聖王流の剣術、槍術、杖術、拳法、弓術の皆伝。アイリス先生は無属性の大魔術、治癒と補助の大魔術が使えるわ」
「無属性ってめちゃくちゃレアじゃないですか」
魔術の属性は全部で八つあった。
ほとんどの人間は、火、水、地、風、闇、光のどれかに属する。ラオカの雷は特殊属性だ。例外属性とも呼ばれるが、とにかく珍しい。
そして、それ以上に稀少なのが無属性だ。
その名のとおり、属性が無い。普通、攻撃魔術を使う場合、なんらかの属性をつけなければならない。なぜなら、そうしないとダメージを与えられないからだ。
ただの魔力の塊をぶつけたところで意味はない。ところが、無属性魔術はその魔力の塊に攻撃性を付与する。
本来なら、無属性魔術も特殊属性に入る。しかし、あまりにも使い手が少ないため、別枠として扱われているのだ。
付け加えるなら、アイリス・ラナンキュラスの無属性大魔術は伝説の代物といっていい。なにせ歴史どころか神話の時代まで含めても、そんな使い手は数えるほどしかいないのだから。