第15話 ラオカのツッコミ
「伝説の神竜ラオカミツハさまとお見受けします。相違ありませんか?」
「我を『神竜』などと呼ぶ輩がまだいるとはな」
ラオカは意外そうに答えた。
「そんなふうに呼ばれたのは数百年ぶりだぞ? しかも伝説だと?」
「その力は神にも届く、と謳われておりました。伝説になるのは当然でございます」
ラオカはじっと宰相を見つめた。
「それで? 我がその『神竜』だとして……どうだというのだ?」
「確認をとっただけでございます。あなたさまが神竜であるとするならば、プリムローズ・フリティラリア公爵令嬢と、デイジー・ロータス子爵令嬢は伝説と相まみえたということです。そして、ラオカミツハさまがお住まいになっているあの場所は、我がアルファ王国の領土であるわけです」
ラオカは考えるように小首をかしげ、それから納得したように笑った。
「ああ、そういうことか。つまり、我はお主らの国の一部を不法占拠していて、それでプリムとデイジーが文句を言いに来た。我が出ていったり、この国に恭順したりするのを嫌がったから実力行使に出た。そういう筋書きか」
「それ、どういう意味があるんです?」
デイジーが口をはさんだ。
「要は、あれであろう? 我が数百年前、隠居した原因と同じだ。我を倒して素晴らしい栄誉を手にしようと、挑んでくる阿呆どもが大勢いた。『偉大なるドラゴンスレイヤー』、それも『伝説の神竜を討ち果たした者』の称号がどうしてもほしい」
ラオカはにやりを笑った。
「ほかの――この場合は人間の国か? に、我と互角に渡り合うほどの凄腕がいるんだぞと、そうやって威嚇したいのだろう? 権威を、威光を得たい。そうすることで様々なものが手に入る。富、名声、地位……いや」
言いながら、ラオカは小首をかしげた。
「この場合は国の安全か? あるいは交渉を有利に進めたいのか? それとも他国に対し、自分たちのほうが強国だと示したいのか? いずれにせよ――《《我を倒すことで得られるリターンがほしい》》、そういうことであろう?」
「そういう理由で隠居したんですか?」
私の問いに、ラオカはしかりとうなずいた。
「正直なところ、最初はプリムもそういう目的かと思ったのだがな。我を倒し、『神竜を討ち滅ぼした女』として歴史に名を刻みたいと……」
「腕試しという人はいなかったんですか」
そんな奇特なやつはおらん、とラオカは軽蔑するように言った。
「皆、我を倒したときに得られる名誉のことばかり考えておった。しかも我の力を思い知ると、すぐさま逃げるか命乞いをするかの二択だ。単に力比べがしたいから、などという理由で挑んできた者はプリムくらいよ。しかもお主の場合、やられてもやられても果敢に立ち向かう。まったく戦意が落ちなかった。あんなやつは初めてだ」
デイジーもな、とラオカは笑った。
「今まで戦ってきたやつは、みんな旗色が悪いと見るや、仲間を見捨てて逃げたり、無様に土下座して許しを請うたりする臆病者ばかりよ。形勢不利と見ても、最後まで逃げ出さず、力尽きるまで戦ったのはお前たちだけだ」
「だいぶお気に召したようですな」
宰相の言葉に、ラオカはうなずいた。
「気に入ったとも。お主らがこの二人を排斥するようなら、我が連れ帰ろうと思うくらいにはな」
「伝説の神竜と戦った英雄です。厚遇をお約束しましょう」
ラオカは大笑いした。
「なんだったら『我を倒した』と喧伝してもよいぞ?」
「よろしいのですか?」
「かまわぬ。生涯無敗の誓いなんぞ立てておらんからな」
「それはダメですよ」
私が横から口をはさんだ。
「勝ってないのに、勝ったことにされては困ります」
ラオカは私を見てほほえみ、それから面白げに宰相を見た。
「だそうだ。残念だったな?」
「いえ、伝説と相まみえただけで十分でございます。ラオカミツハさまは、これからどうなさるおつもりですか?」
「そうだな……。せっかく来たのだから、適当に観光でもするか。終わったら帰るが、それでよいか?」
「お心のままに」
宰相は一礼し、次に私とデイジーを見た。
「プリムローズ・フリティラリア公爵令嬢、ならびにデイジー・ロータス子爵令嬢。おふたりは我々の依頼で、神竜ラオカミツハさまと一戦まじえた――そういう扱いになりますゆえ、どうか相応しい振る舞いをお願いいたします。では」
彼は騎士二人に目配せし、一緒に出ていった。
「助かったみたいですね、お嬢さま」
「そうね」
「危うく魔王より先に、故郷から逃げることになってましたね」
「そうね」
私は神妙に答えた。ラオカが上品に笑った。
「お主たちなら、この国に無理やり言うことを聞かせるくらい、たやすくできそうに思えるのだがな。我も協力するぞ?」
「勘弁してください。私は平穏な日常を望んでいるんです」
「平穏な日常を望むものは、老竜に戦いを挑まぬぞ」
くすくすとラオカは笑った。